第106話 炎
(速い!)
ソフィアは床を蹴って左に前転して避けると、すぐに攻撃に備える。そう思っている間に目の前にはアドルがいて、刃渡り五十センチの剣をゆったりと振りかざしていた。
(そこか!)
ソフィアは瞬時に判断し、アドルのがら空きになった胴に棍を使って攻撃しようとする。
だが彼の攻撃は思ったよりも速く、ソフィアが棍で薙ぐ前に上から刃が落とされた。そのため、転がるように左へ避ける。
(緩急の差が大きい。気を付けないとやられるな)
体勢を立て直し、起き上がったときだった。ソフィアは異臭を感じる。
(あいつが撒いた液体からだ。このにおいは毒じゃない……多分、可燃性の液体だ)
今のところ部屋にある火の気は、無精ひげの男が持っているランプぐらいしかない。それさえ近づけなければ問題なさそうだが、警官や宿屋の従業員がランプを持ってきた場合、気化したものに引火する可能性がある。
(人を近づけさせないようにするために、先に燃料を撒いたということか……)
彼らの正体が知られないようにするには、大きな混乱を作ったほうがいい。
それには現場を火事にするのが一番合理的だ。燃やしてしまえば、彼らがいた痕跡を見つけるのは困難になる。
また火事になってしまえば、宿屋の中の人々も部屋に籠っているわけにはいかない。その上、武器を持った者たちがここを出入りしていることが分かれば、客たちが混乱するであろうことは容易に想像がつく。そうなればユーインとアルフィを連れ去りやすくなるだろう。
(早いとこ決着をつけないといけないようだな)
ソフィアが頭の中でどう戦うかを考えていたときだった。無精ひげの男が、ランプを手にベッドの陰のほうへ向かっているのが見えたのである。
彼女は髪の毛が逆立つのを感じた。
(させるか!)
ソフィアはアドルの脇を左から掻い潜ると、わざと声を出して男の背後を取る。
「うおおお!」
男はソフィアの声に反応して振り向くと、上から振り下ろされた棍を左腕で受けて跳ね返す。そして持っていたランプを扉のほうへ放り投げた。ソフィアはランプが描く放物戦を目で追いながら舌打ちをする。
(やられた……!)
ランプは男が先ほどまで立っていたところに落ちて割れた。蝋燭の火は消えず、代わりに大きな火の柱が一瞬にして出現し床に燃え広がる。立ち上がる炎は熱く、赤赤しい光が眩しい。
「あんたはどうやら闇の中で目が効くらしいね。だから、相手に不利になるようにランプを壊していたんだ。だが、部屋が全て炎に包まれたらどうだろう? さすがに消せないよね、レイグス?」
(なるほどな……)
ソフィアは口元を歪めて笑う。
男が可燃性の液体を撒いたのは、人が来るのを阻止したり、自分たちの痕跡を消したりすることだけではなく、ソフィアに光を消させないための策だったということだ。
「燃えてしまえば、あんたたちの仲間もただじゃすまないんじゃないか?」
ソフィアは少し視線を動かして辺りに倒れているスビリウスの者たちを示す。だが、無精ひげの男は余裕の笑みを浮かべた。
「俺たちのことを気にしている余裕なんてあるのかな?」
男と話している隙に、アドルがソフィアの後ろから大振りで攻撃を仕掛けてくる。
だが彼女はすぐに気が付き、棍で素早く剣を振り払うと頸動脈の辺りに棍を打ち込もうとした。
そのときである。ソフィアの背後でバンッと拳銃が発砲する音がした。
「くっ……!」
左の二の腕の辺りに鋭い痛みが走る。背後にいた無精ひげの男に左肩を撃たれたのだ。
ソフィアは被弾により体勢を崩されそうになったが、歯を食いしばってアドルの首筋に右からの攻撃で一発お見舞いする。左腕が使えなくなったため、右腕の力だけで何とかしなければならなかったが、勢いよく打ったお陰でアドルはそのまま倒れて伸びてくれていた。
だが安心している暇はない。ソフィアはすぐに後ろを振り向き無精ひげの男を生やした男と対峙する。
床や天井に燃え広がっていく炎が部屋を明るくしているため、照準が定まりやすいのだろう。彼はソフィアに対し銃口を向けていた。




