第104話 アルドの兄
「復讐……?」
ソフィアは不思議そうに小首をかしげると、無精ひげの男の言葉を繰り返した。
「何だ、興味があるのか?」
男が薄笑いを浮かべて尋ねたので、ソフィアは鼻で笑った。
「興味があるわけではないが、復讐する相手が違うのに恨まれるのは筋違いなんでね。ご遠慮願おうと思っていたところだよ」
護衛業をしている限り、復讐やら敵やら、逆恨みというのは常に付きまとう。
しかし、同業者が相手であると、やられたことに対する腹立たしさはあっても、相手に復讐するために行動に起こすことはほとんどない。
自分たちは依頼され、人を守ることでお金を得て飯を食べている。お互いそれにより生活が成り立っているため、戦った相手を恨むことなどしてはいけないと考えているからだ。
だがこれが護衛業をしている者の家族であったり、本人が自分のためや自分の仲間たちの利益のためだけに戦っていると、戦った相手に対する恨みや怒りというものが生まれるようになる。それが大きくなると復讐することになるのだ。
黒い服に身を包んだ相手も、兄の復讐をするためにここに来たと言っている。よほど兄思いの弟だったのかもしれない。
「いやいや、あんたはそう言うかもしれないが、可能性はないとはいえないだろう。相当な連中と戦ってきたんじゃないのか? そしたらアルドの兄もあんたと戦ったことがあるかもしれない」
ソフィアは軽く肩をすくめる。
「戦ってきた数の多さは否定しない」
「だったら、話を聞いてくれてもいいんじゃないか?」
「そこまで言うなら聞いてやってもいい」
ソフィアは彼らの状況を利用しようと考えていた。
「シンファ」に復讐をしたいという相手ならば、一度戦ったことのある者との繋がりが見えてくる。繋がりがあれば、戦う際の対策になるかもしれないと思ったのだ。
すると、無精ひげの男は「そう言ってもらえるのはありがたいね」と言って話を続けた。
「アルドの兄であるバルトルは、十年前レスター伯爵に仕えていた護衛人だったんだよ。とても強くて負け知らずの彼が、侵入してきた女に負けたっていうんだ。そして伯爵が大事にしていた人は奪われ、バルトルも負傷した。それも護衛として復帰できないくらいにね」
(もしかして、エレナのことか?)
無精ひげの男が話す内容は、彼女が闇取引の潜入捜査から手を引くことになった事件によく似ている。
ソフィアがグロリア侯爵の命令で助けようとしていたエレナのことも、「伯爵が大事にしていた人」とも捉えることができるだろう。
だが、男の話からは詳細は分からない。
ソフィアは護衛であったという「バルトル」という男の名前も知らなければ、侵入した屋敷はどこかの「伯爵」のものであることは知っているものの、「レスター伯爵」のものであったのかはうろ覚えなのである。
また、護衛の男がどれほど負傷していたのかも分からない。エレナを連れて窓から出ようとしたときには、ソフィアの意識は朦朧としていただけでなく、エレナを助ける一心でほかのことには目もくれなかったからだ。
(あっちも確信があるってわけじゃなさそうだ。ということは、私が『シンファ』である証明を、うっかり口にするのを待っていると考えるのが妥当かな)
「悪いけど、人違いだよ。レスター伯爵なんて聞いたことがない」
ソフィアは、相手の的外れな話とばかりに苦笑してみせる。
だが無精ひげの男は、さらに言葉を重ねた。
「そうかな? 女は棍と拳銃でバルトルと戦ったらしい。伯爵が大事にしていたのはセレイアヌ人の『エレナ』という女だったそうだが、それでも知らないと?」
(何だ……。知らないように装っていたわけじゃなくて、私が「レスター伯爵」の名前を聞いただけで反応すると思ったから、あえて他の情報は伏せていたんだな。……となると、こいつらが『シンファ』のことを知っているのは本当のようだ)
ソフィアは余裕の笑みを貼り付けながら、体が少しばかり強張るのを感じる。
(唯一失敗した任務が、まさか十年後の今となって自分に返ってくるとはね……)
昨夜の闇取引に出入りしていた「レイグス」と、十年前まで出入りしていた「シンファ」。これが同一人物であることを知られると、グロリア侯爵に影響が出る。
ソフィアはあくまでしらを切った。




