第103話 黒色に身を包んだ男たち
「ぐっ……!」
呻く男の腹に、今度は棍で突くような攻撃を素早く入れようとする。
しかし彼はそれをまともに受けると、内臓に影響があると悟ったのだろう。ソフィアの攻撃を少しでも緩和しようと数歩後ろに下がった。
が、そこには男の仲間であるイグマンがいる。
(このまま突っ切る)
ソフィアは二人を廊下のほうまで押し出すつもりで、棍に力を入れた。
しかし、彼女の意図に気づいたイグマンに、男の肩越しから銃を撃たれてしまう。
「くっ」
相手との距離が五十センチもない状況のため、さすがのソフィアも避け切れず、左の二の腕に被弾する。
だがソフィアはこの程度の怪我くらいでは動揺はしない。もう一発くるのを想定し右に避けると、イグマンの左足の内側に棍を差し込んで外側に払った。
「うわっ!」
均衡を崩されたイグマンは、顔から滑るように床に倒れる。
「イグマンさま!」
男はイグマンのことが心配で一瞬後ろを振り返った。
ソフィアはその僅かな隙を捉えると、男に強烈な蹴りを入れて、扉の外まで吹っ飛ばした。お陰で、ドンッという派手な音が周囲に響く。
「ぐっ……!」
「エレイン!」
イグマンが床から頭だけ起こすような状態で、外に飛ばされた男を心配そうに呼ぶ。ソフィアはそれを好機ととらえ、彼の背後を狙って攻撃しようとしたときだった。
次の瞬間、イグマンの体が凍り付いたように固まったのである。
彼が動きを止めた理由は、廊下から聞こえてきた足音の主たちが姿を現したからだ。
ソフィアは警戒をし、廊下付近からさっと離れると棍を構え彼らの姿を捉える。
全身黒い服に身を包んだ同じ背丈の二人組の男だった。
一人はランプを持ち、長い髪を無造作に結び、顔には無精ひげを生やしている。もう一人はフードを被っていて顔がよく見えない。
「やあ、皆さん。こんばんは。元気にしてる?——って、だいぶやられてんな」
無精ひげを生やしているほうが、周囲を見ながらへらへらと笑って言った。
「あんたがやったのかい?」
男がソフィアを見て言うので、「そうだよ」と軽く答える。
「へえ、リルにセレイラ、エレインも伸びてるね。イグマン、この始末どうしてくれる?」
男は、唯一意識のあるイグマンのほうを見て言った。名前を知っているということは仲間のようだが、やはりイグマンの様子が尋常ではない。手が震え、額には脂汗をかいている。
「……申し訳ございません」
無精ひげの男の声は、軽かった。それにも拘わらず、イグマンを頭から押さえ付ける様子を見て、無精ひげの男は余程の実力者か、スビリウスの中でも地位が高いのかもしれないとソフィアは思った。
「まあ、仕方がないか。相手はあの『シンファ』っていうじゃないか」
思いがけず、ソフィアにとって懐かしい名の音が部屋に響く。
(何故、十年前の私の偽名を……? いや、それよりもスビリウスは『シンファ』のことを追っていたのか?)
予想外の出来事に、ソフィアは初めて心の中で動揺した。
仮に自分がリョダリの人間であることが分かったとしても、スビリウスと戦うことは問題ない。それよりも「シンファ」がグロリア侯爵と繋がっていることが分かってしまうほうが気がかりだった。
(そうなれば、オブシディアンの次の標的は、アレクシスになる……。闇取引に敵対する相手として……。だが、そんなことは絶対にさせない)
「そうなんだろう? 女」
返答をしないソフィアに、男は重ねて言った。
それに対し、彼女はくすっと笑う。
「私は『レイグス』だ。『シンファ』という名前ではないよ」
「偽名はいくらでも作れる。シンファであることを隠すために、レイグスと名乗っているのでは?」
「あんたの言っていることは分からないでもないが、『シンファ』というのは私ではない」
すると男は、「ふーん。そうなんだ」と言って何度かうなずいた。そして隣に立つ恰幅のいい男の肩に手を置き、慰めるように言う。
「だってよ、アルド。残念だな、兄貴の代わりに復讐しようって話だったのにできないらしいぜ」




