第101話 リルとセレイラの拳
ソフィアは男の姿を確認するや否や、手にしていた自動式の拳銃のスライドを引いた。そして流れるように銃口を男の方に向けると、安全装置を外す。
当然、カーテンを開けたことで窓の外の男もソフィアに気づき、太ももに付けていたホルスターから拳銃を取り出して彼女に対抗しようとする。
だが、彼は間に合わなかった。ソフィアのほうが引き金のが早かったのである。
バンッという乾いた破裂音が聞こえたのと同時に、ガラスに貫通する派手な音が聞こえた。
「わっ」
男が僅かに声を上げた。
ソフィアは窓越しに上から男を支えている太い縄が見えており、それを狙っていたのである。弾は見事にそれを打ち抜き、男は体勢を崩したのだ。
縄は完全に切れたわけではなかったが、一八〇センチ近くありそうな男の体を支えるには強度が足りなくなったのだろう。銃弾で切れたところからちぎれそうになったため、男は窓の縁に飛び移り、間一髪で下に落ちるのを防ぐことができた。
「ふう……」
彼がほっとして動きを止めたときである。ソフィアは拳銃を持った右手で窓を開けると、左手で男の襟首をむんずと掴み部屋の中に引きずり入れる。
「はっ、何⁉」
男が動揺している間に彼の体をうつ伏せになるように押し倒す。次に彼の右手を踏みつけ、持っていた拳銃を手放させるとベッドがないほうへ蹴り飛ばした。
さらに腕を背中側に回すと、羽交い絞めにしようとする。
「うっ、くっ……」
男が痛みに呻いた。だが、技が決まらない。ぎりぎりとのころで抵抗しているのだ。
(力尽くだな……)
ソフィアがそう思ったときだった。男は勢いよく体を仰け反らせると、頭を振ってソフィアの顔を殴ろうとした。
しかし彼の攻撃はソフィアには当たらなかった。彼女は瞬時に察して、軽く避けたのである。
(やるな)
ソフィアが感心していたのも束の間、先ほど悪態をついていた若い男が扉を蹴破り、壊れかけたランプに火を灯して入ってきた。イグマンという男が持っていたものに、もう一度火を入れたようである。
彼らは戦いに慣れている。そのため「気配」を使えば、暗闇の中でもソフィアの位置をある程度把握できるはずだ。
だが、それでは対抗しきれないと思ったのだろう。
ソフィアが暗闇でも相当に動けることを、相手はセレレインの森で対峙した際に気づいているはずだ。正確に耳たぶの下を弾で掠ったのである。一度ならまだしも、二度も。これほどのことを体感している者が、ソフィアのことを侮るはずがない。
ゆえに、多少なりとも明かりがなければ互角に戦うのは難しいと考えたのだろう。
「リル!」
ソフィアに下敷きにされている男が、出入り口の前に立つ男を見てぱっと明るい声を出す。
「セラ、お前何やってんの……」
リルと言われた男が呆れたように言う。うつ伏せになっている男は、セラと言うらしい。
「ごめん、上手くいかなかった」
セラは顔だけ上げると、へらへらとした様子でリルに訴える。
「全く……これじゃあ、計画が台無しじゃないか――!」
リルはそう言い切る前に駆け出すと、ソフィアに向かって素早い蹴りを繰り出してきた。彼女はそれを避けるため、セラから距離をとることになってしまった。
「ちっ」
思わず舌打ちをすると、リルが「いいねぇ」と楽しそうに笑う。
そしてそのままソフィアに向かって、次から次に鋭い拳を繰り出してきた。さらに、リルの次の攻撃が出るまでのわずかな間に、床から起き上がったセラが左隣から拳の攻撃をしかけてくる。
ソフィアは彼らの攻撃を避け、時には棍で受け流した。
(リルという男の攻撃、動きは早いが単調なお陰で筋が分かりやすい。だが、時折入って来るセラという男の動きが、こちらの予想を乱してくる。拳を繰り出す間合いが違うんだ。お陰で棍で仕返しをしようにも難しそうだ。その上、セラの拳が重くて、こちらの次の動きが僅かに鈍る……)
ソフィアがリルとセラの攻撃を受けじりじりと壁際に追いやられていくと、開いた扉からイグマンともう一人の男が入って来た。彼らはソフィアに銃口を向け、近づかせないようにしている。
(なるほどな)
ソフィアの動きを封じて、部屋の中にいるユーインとアルフィを連れ出そうという魂胆なのだろう。
(さて、そんなに上手くいくかな?)
壁が近くなった辺りで、リルの右手の拳が飛んできたときだった。
ソフィアは体を瞬時に屈ませ棍を手放すと、リルの右腕と胸倉をぐっと掴む。そして繰り出してきた拳の勢いを利用し彼を自分の背中に乗せると、思い切り壁のほうに向かって投げつけた。ダンッという派手な音が部屋に響く。
「ぐっ……!」
リルの声を聞く限り、ここから壁までの距離では受け身は取れなかったようである。
(よし)
ソフィアは体から無駄な力をすっと抜くと、次にセラのほうに取り掛かる。
リルを投げ飛ばした勢いでセラには背を向けてしまっているため、振り向こうとする間にセラの拳の攻撃を受けてしまう。
そのため彼女は背を向けたまましゃがみ、そのまま後転すると、腕の力を使って勢いよく足を天井に向かって蹴り出した。
お陰で彼女の蹴りが、セラの頬の辺りにめり込む。
「っつ……!」
ソフィアはその勢いのままの立ち上がると、よろけているセラの頸動脈の辺りに向かって、手刀を打った。
「うっ」
セラは短くうめき声を出すと、その場に倒れてしまう。動かないところを見ると気絶したのだろう。
「これで暫くは起きない。——残りは二人かな?」
ソフィアは床に置きっぱなしだった棍を、足の甲に引っ掛けながら手元に戻すと、イグマンともう一人の男に目を向ける。
明かりは出入り口にリルが置きっぱなしにした壊れかけのランプだけ。そのため彼らにはほとんどソフィアは見えていないはずである。
しかし気配は読めるのか銃口を向けたまま、ソフィアのことを強張った表情でじっと見ていた。




