第98話 握られた手
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しん、とした静かな夜。
蝋燭の火も消え、ユーインとアルフィが窓側のベッドに二人で入り規則正しい寝息を立てていた。もう一つのベッドにはアレクシスが眠っており、こちらも静かに布団を上下させている。
しかし、一人椅子の上で浅い眠りについていたソフィアは、ある異変に気が付いて目を覚ました。棍を手に持って、厚手のカーテンで覆われた窓のほうへ向かう。
「……」
ユーインたちを起こさないように、ベッドが置いてあるほうとは反対カーテンをそっと開けて二階の部屋から外を見た。
新月の翌日ということもあって、星は瞬いているものの町は月明かりのない暗夜に包まれていた。この状態であれば、人は明かりなしに移動はできない。
そのため彼女が慎重に通りの道を観察していると、ランプに明かりを入れた者たちがこの宿屋の前に集まっているのが見えた。宿屋の高い塀の陰に隠れて人数は分からないが、少なくとも二人はいそうである。
(来たね……)
ソフィアはカーテンから静かに手を離すと、テーブルの上に置いてあったランプに明かりを点け、それを持ってアレクシスの傍に寄るとゆすって起こした。
「起きてくれ」
ソフィアが静かな声で二度ほど言うと、彼は横になったまま寝ぼけ眼の状態で彼女に問うた。
「どうかした?」
「襲撃がありそうだ。すぐに着替えて戦いに備えてくれ」
「しゅうげき……?」
アレクシスが体を起こし眠気と驚きの混じった声で尋ねると、ソフィアは「静かに」と言って話を続けた。
「外に人が集まっている」
「……それって追って来ていた四人組? それとも別の人たち?」
アレクシスはベッドから起きると、眠気が抜けきっていない状態でありながら、手早く上着を羽織り靴下の上に革靴を履く。子どものときから非常事態に備えて動けるように訓練しているので、頭で考えなくても体が勝手に動くのだろう。
「どちらかは分からない。ただ、少なくとも二人はいる」
ソフィアはもう少しで着替えが終わるアレクシスにそれだけ言うと、彼にランプを渡す。本当はもう一つランプを点けたほうが明るくていいが、厚手のカーテンがどこまでの光を隠してくれるか分からない。
またこの瞬間にも敵が入ってきたら明かりを消さなければならないし、ソフィアは光が無くても戦うことができるので、不必要に付けないようにしていた。
「ユーイン、アルフィ、起きてくれ」
ソフィアがもう一つのベッドに近づきユーインの肩をとんとんと叩くと、彼は目をこすりながら不思議そうな声で「ソフィアさん?」と言った。アルフィも、ユーインが起きたことに気づいて目を覚ます。
「悪いけど、ちょっと起きてもらってもいいかな?」
「どうかしたんですか……?」
目を瞬かせながらユーインが尋ねるのと同時に、アレクシスが明かりをこちらに向けてくれた。着替えが終わったのだろう。
すると明かりを向けられたユーインとアルフィは、少し眩しそうに目を細めソフィアを見上げた。
「二人ともよく聞いて。今からちょっとした戦いが起きそうなんだ」
「戦い、ですか……?」
ユーインがきゅっと眉をひそめてソフィアの繰り返すと、アルフィも困惑した表情を浮かべる。
彼女は彼らの表情を見ながら目線が同じになるようにかがむと、真剣な表情でうなずいた。
「そう。ユーインとアルフィを追ってきている連中だよ。もしかするとこの部屋に入ってくるかもしれない。だから着るものを着て、靴も履いて、アレクシスの指示に従ってベッドの陰に隠れていてほしいんだ」
「ソフィアさんは……?」
ユーインの後ろでおずおずと尋ねるアルフィに、ソフィアは笑って答えた。
「私は戦うよ。二人を守るための護衛だからね」
(ただ、相手がどういう出方をしてくるのかは全く分からないんだよな……)
闇取引の会場から出ててから夜明けまでは、先代のグロリア侯爵としてきた仕事の経験があったことから、「横取り」されないための対応をすることができた。
だが今回の追手はスビリウスであり、夜が明けてもなお追いかけ続けてくるのも初めてのことである。しかも、謎の気配を放った者たちのことは結局分からないままだ。
護衛を生業としているとはいえ、やはり情報がないのとあるのとでは戦い方も変わって来る。
(せめて体格くらいが分かるといいんだけどね。まあ、そんなことを言っても仕方がないから、戦うしかないんだけど)
ソフィアは自分の中で納得すると、立ち上がろうとする。
そのときだった。ユーインがソフィアの手を掴み、ぎゅっと握ったのである。




