第8話 餌
彼女は仮面の中で眉をひそめつつも、数手をお互い打った上で、手近にあった▲を取った。
ソフィアの勝ちである。
「勝者が決まりましたね。皆さん、リブームの勝者はレイグスさまです!」
司会者の言葉に、観客用の大きな盤面でゲームの進行を見ていた会場から、一気に不満が噴出した。
金を賭けて負けた連中が騒いでいるのである。今回の勝負はフェルナンデスが、意図的に負けているため、文句も言いたくもなるだろう。
だがソフィアたちにとって、賭け事で勝手に負けている連中などどうでもよかった。
自分たちにとって問題なのは、これからだからである。
ソフィアはオウルス・クロウの関係者に、「どこへ行けば景品の子どもたちに会えるのか」を聞くと、「舞台の裏です」と言われる。ソフィアは軽く頭を下げて礼を取ると、さっさと舞台を下りてアレクシスと合流した。
「《《リブームでは決着はつかなかった》》」
ソフィアが極力小さな声で素早く言うと、アレクシスはうなずいた。彼はソフィアが座席に置いて行ったマントを持ってきてくれていて、彼女にさりげなく渡してくれる。
「みたいだな。相手が『わざと負けた』ってことは、俺でも分かったよ」
ゲームの流れがどう変わったのか見ていたのだろう。ソフィアが何を言わんとしているのかすぐに理解したようである。
「二人の居場所は?」
ソフィアはマントを羽織りながら答えた。
「舞台の裏にいるらしい。だが、舞台を通って後ろに行くと次の競売の邪魔になるから、一度会場から出て廊下から来てくれと言われた」
「そうか」
アレクシスは短く答えると、ソフィアと並んで会場を出ると左の通路を早足で歩いていく。こちらは電気が通っているので会場よりは明るいが、多少明るい程度である。
二人は早足に舞台の裏に向かいながら、会話を続けた。
「あの子たちを引き取ったあと、どこへ連れていくつもりでしたか?」
周囲を警戒して、ソフィアは話し方を変える。
アレクシスは、「もちろん、俺のところだ」と言ったが、続けて「だが、やめたほうがいいと言いたいんだろう?」とため息交じりに尋ねる。それに対して、ソフィアはきっぱりと答えた。
「面倒なことになりたくなければ、ですが」
ゲームの不審な進行から察するに、十中八九追手が来ると考えられたからだ。
フェルナンデスという男は、ある程度時間が来たら「負けるように」と指示されていたのだろう。
「なあ、レイグス」
「何でしょう」
「相手が『わざと負けた』ことは分かった。だが、何故そんなことをしたんだ? 本当にあの二人を手に入れたいなら、最後まで勝負したほうがよくないか?」
アレクシスの言うことは尤もである。
あの兄弟が欲しいならゲームに勝つほうがいい。オウルス・クロウという闇取引だが、その中での正当な取引だからだ。
しかしわざと負けたということは裏がある。
「『手に入れたい』と思っているわけではないのかもしれません」
「どういうことだ?」
ソフィアは立ち止まると、彼に近づき耳元で静かに言い放った。
「子どもらを残党狩りをするための、餌にしている可能性があるということだ」
ソフィアはアレクシスから離れると、仮面越しでも分かるほどに彼ははっとした表情を浮かべていた。
つまり、生き残ったオブシディアンの仲間をおびき出すために、主導者の子どもたちをゲームの景品に据えたということである。
「……なるほど。もし、連中が金を稼ぎたいのならば、あの子どもたちは競売にかけたほうがいいに決まっている。嫌ないい方だが、高値が付くのは間違いない」
「ですから、あの子たちをリブームの景品に置いたのでしょう」
ソフィアは彼から離れ、口調を戻して言った。
「なるほどな……。って、待てよ。もしかして俺たちは、『残り物』だと思われているのか……?」
残り物とは、「オブシディアンの残党」のことである。
アレクシスの疑問に、ソフィアはあっさりと「そうですわね」と答える。ソフィアは経験上、これから起こるであろういくつかの想定を受け入れていた。
「違うっていうのに……」
アレクシスは深くため息をついた。
「だから俺たちを追って来るだろうってことだな?」
「はい。リスクが伴っても、ということでしょう」
「ある程度は想定していたから準備はしてあるが、搔い潜られる可能性のほうが高いか。どうするかな……」
冷静に振舞っているが、緊張しているのだろう。アレクシスの閉じられた口元に力が入るのが分かる。
ソフィアはぽんっと、アレクシスの背を叩くと小さな声で、しかしはっきりと言った。
「一人で気負うな。私もいる」
一瞬、アレクシスが驚いたのを感じる。乗り気ではないソフィアが、心強いことを言ってくれるのが意外だったのだろう。
彼は少し頬を緩めると、「ありがとう」と短くお礼を言って、自分たちが向かうべき場所へ歩を速めた。




