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最終話 永遠に循環する「環」

 剣が、走る。

 シオドアの前には、怪物。


「最後の宝も、ちゃんといただくぜ!」


 シオドアが、駆ける。シオドアを目掛けて繰り出された怪物の腕が、空を切り、木をなぎ倒していた。


「頑張れー! シオドア!」


 スオウが声援を送る。


「シオドア……、祈りを送る」


 レイルは祈りを送っていた。今まで生きてきて使ったことがなかったことと、ツッコミどころの多過ぎるシオドアとの旅のせいですっかり忘れていたが、レイルは自分が精霊で、祈りの力があることを思い出した。たぶん、シオドアの護りになるだろうと、やってみる。

 最後の宝探しで思い出して使ってみるあたりが、なにかとても残念ではあるが、やらないよりは絶対にいい。

 シオドアが戦っているのは、一ツ目で一本角の巨人だった。巨人の腰には、なぜか革袋のようなものが下げられている。

 

 ぎゃああああ……!


 森を切り裂くような悲鳴がこだました。

 木々から、不吉な色をした鳥たちが飛び立つ。そして、続く轟音。上がる土煙と、木の葉。


「やった……!」


 勝者は、シオドアだった。倒れたのは、怪物。

 シオドアは、岩陰に一度隠れていた。シオドアを摘みだそうと巨人が身を屈めたとき、そこを狙った。ちょうど、巨人の胸の辺り、心臓がシオドアの攻撃範囲に入ったのだ。素早く力強く剣を突上げ、見事怪物退治は成功した。


「大丈夫か、シオドア……!」


 レイルは、すぐさまシオドアに駆け寄った。


「ああ。大丈夫だよ。レイル、なんか力を送ってくれてた……?」


 怪物の血と土と汗で全身汚れていたが、シオドアは爽やかに笑った。穢れとか負とか苦手なレイルは、近寄るのに一瞬だけ躊躇したが、


「よかった……! 祈りの念、届いてたのか……!」


 と感慨深い様子でうなずいた。本人も、届くかどうか疑っていたようだ。


「うん、ありがとう! なんか、途中から頭の中に、レイルの声で、『祈りー、祈り―』と絶え間なく聞こえてた」


『祈り』、無事そのまま単語として届く。なんともダイレクトな祈りだった。

 スオウは、シオドアではなく倒れた怪物のところへ走り寄っていた。そして、怪物の腰の革袋を凝視する。


「最後の、最後の、宝だ……!」


 スオウの顔に、笑みが広がる。スオウの赤い目が光り、赤い髪がざわざわと逆立つ――。


「スオウ……? よかったな、これで宝が集まったんだな。お前の体は――」


 シオドアが、少し様子のおかしいスオウの背に声を掛けた、そのとき。


「待ちなさい……!」


 凛とした、若い女性の声がした。

 しゃりん、金属の音が響く。


「そうは、させない……! 私が、師匠に代わって、今度こそあなたを――」


 錫杖のようなものを打ち鳴らし、その女性は叫んだ。


「誰だっ! 貴様は!」


 顔を歪めたスオウが、声を荒らげた。


「そうはさせない、とは……? あなたは、いったい……?」


 レイルが、尋ねた。


「彼氏は、いますかっ!?」


 シオドアが、問う。すこぶる場違いなことを。

 風が、吹いた。かささささ、とどこからか根無し草が通り過ぎていく。荒野でもないのに。

 シオドアッ、と、スオウとレイルの声が同時に発せられる。なにを考えているんだ、第一声がそれか、とふたりはシオドアの両脇からダブルサラウンドでしかりつけた。

 

「私の名は、ユウリ。グリーンドラゴン、あなたがその姿に戻ることを、師匠に代わって私が阻止する……!」


 ユウリは、手にした錫杖のような杖先を、もう一度強く大地に打ち付けた。身の引き締まるような、しゃりん、という音が、その場の空気を一変させる。


「グリーン……、ドラゴン……!?」


 シオドアとレイルは、顔を見合わせた。それから、揃ってスオウのほうを見つめる。


「貴様は……。あの坊主の、弟子か……!」


 スオウが別人のような恐ろしい低い声で、吐き捨てるように呟いていた。


「グリーンドラゴン。まだ子どもではあったけど、あなたは暴れ回り土地を荒し、人々を襲おうとした。師匠は、人々に害なすあなたを十二年前に封印した、はずだった。しかし……、あなたは素早かった。師匠が術を掛ける寸前、邪悪なエネルギーの炎を吐き、逃げた。邪悪な炎の力で、封印は不完全に終わった。あなたの体は、空中で七つに別れて飛び散り、さらにあなたの魂は赤い光の玉となってどこかへ飛んで行ってしまった……」


 ユウリは、一気に語った。師匠から打ち明けられた、十二年前のできごとを。


「えっ、スオウ。それじゃ……」


 シオドアは、スオウの瞳を見つめた。そこに純真で明るい、少年の姿を見ようとした。


「そうだよ……! 俺様はあのときのグリーンドラゴンの魂さ……! 吹き飛んだ体はこの島に落下した。バラバラの体を、俺自身が元に戻すことはできない。だから、強欲な人間に宝探しと思わせ、代わりに集めてもらうことにしたんだ……! 体さえ一か所に集えば、あとは俺様が入るだけ。地図は、いかにも人間が引っかかりそうなものを作ることにした。その辺を歩いていた子どもに書かせ、それらしき壺に入れるようにさせ、そして埋めさせた。友だちの庭にでも埋めろ、きっと楽しいいたずらになるぞ、と……!」


「俺の畑……!」


 ハッとした。宝の地図を書いて埋めたのは、シオドアの友だちだったのだ。


「予想外だったのは、人間の子どもの忘れっぽさ、大人たちの夢のなさだ。壺を埋めた連中は、皆庭の住人が反応しないと、すぐに忘れてしまった。運よく掘り出したやつらも、最初だけ騒いで、あとは忘れちまう。大人に至っては、つまらんいたずらだって暗号の文を読み解こうともせず、すぐに捨てちまうんだからな」


「連中ってことは……、他にも宝の地図を埋めさせていたのか……!」


「ああ。各地で子どもたちにやらせた。親し気に声を掛け、友だちになったふりをすれば、地図を埋める遊びをさせるのは簡単だった。しかし、実際旅に出たのは、シオドア、お前だけだった」


 友だちに、なったふり――。


 どこか、スオウの声が遠くから聞こえてくるような気がした。明るく元気なスオウ。よく笑うスオウ。ついさっきまでのスオウの姿が、浮かんでは消えた。


 今までのスオウは、嘘だった……、のか……?


 レイルの言っていたことは、本当だったのか、と愕然とした。頭が痺れるようだった。さんにんで笑い、さんにんで過ごしてきた。ヘンテコな旅だったが、一人旅では決して味わえない時間だった。


 恐ろしい、グリーンドラゴンという名の、怪物……。


 シオドアは、倒してきた。怪物を。スオウも、そうなのか、と思った。人に害なす怪物、とこの目の前の女性、ユウリは言っていた。


 このさっき倒した巨人と、スオウが、同じ……?


 シオドアは、剣を握りしめた。信じたくない、と思った。しかし、出会った怪物たちは、躊躇なく即斬り伏せてきた。


 なにが、違う……?


 怪物だって、対話ができるものもいたかもしれない。一緒に旅ができるものもいたのかもしれない。シオドアの心は波立つ。


 あいつがだめで、こいつはいい。それは、なんの、判断……?


 そして今、自分はなにをすべきなのだろうか、と思う。


「あなたという存在は、人にとって、恐ろしい敵……! あなたを復活させるわけには、いかない……!」


 ユウリは、そう叫び、左手の指で印のようなものを結んだ。そして、呪文を唱え始めた。強く、なにかを念じている。封印の術のようだった。


「くそっ、あれ……? 動けない……」


 スオウは、ユウリの呪文のせいか、動けないようだった。その場に固定されたようで、光の玉にも戻れないようだった。


「くそっ……! ここまで、来たのに……! もう少し、だった、の……に」


 スオウの息遣いが荒い。静かに瞳を閉じた状態のユウリの口から、絶え間なく呪文が流れ続ける。


「く、そ……!」


 スオウが、小刻みに震えている。そして、スオウの輪郭が揺らぎ始めた。そして光る、スオウの姿。

 この世界から消え去ろうとしているように――。


「待て……!」


 叫びながらスオウの前に、立つ。両手を広げて。スオウを、守るように。


「待ってくれ……!」


 それは、精霊レイルだった。


「レ、イル……!」


 スオウが、驚いたようにその名を呼ぶ。


「こいつは、こいつは……。悪しき者かもしれんが、しかし――!」


 レイルの声が届いていないのか、ユウリの声が、ひときわ大きくなる。


「封印……!」


「待った……!」


 シオドアも、叫んだ。剣は腰に収めていた。右手を伸ばす。スオウと、レイルに向け。

 ふたりを、抱きしめたいと思った。

 大切な旅の仲間の、ふたりを。


 スオウ……! そして、レイル……、ありがとう! スオウを、守ろうとしてくれて――。


 スオウが、シオドアとレイル、両方を見上げている。

 赤い目が、まんまるだった。


『ばかだなあ。お前らは』


 そんな声が、聞こえた気がした。


『ほんとに。ばかじゃねーの。人間と、精霊のくせして、さ』


 ふふっ、と、呆れたように笑った。 

 森は、光に満たされた。




「ああーっ! 失敗しましたあ……!」


 しゃりん、錫杖が、落ちた。

 ユウリが、頭を抱えていた。


「え」


 とは、シオドアの声。


「は?」


 とは、レイルの声。


「間違えた……! 私が……。私が唱えていたのは、封印の呪文じゃなくて、浄化の呪文でしたあああ……!」


「はああ!?」


 とは、スオウ。スオウ、だった。


「スオウ……!」


「なんだ、スオウ! いるじゃないか! 封印されて、消えちまったのかと……!」


 レイルとシオドアが、口々に叫び、そして驚いた。


「あれっ。スオウ。触れる……?」


 シオドアは、思わずスオウを抱きしめていたのだ。性懲りもなく。しかし、今回は触れていた。スオウには、なぜかちゃんと体があった。


「あれっ、スオウ! 禍々(まがまが)してない!?」


 レイルが言うには、スオウから禍々しさが消えているという。まるで、ニンゲンのようだ、と。


「ああ、そっか」


 ぽん、とユウリが自分の手を叩いていた。ユウリは一声レイルに、あなた、精霊でしょ、と確認してから、話し始めた。


「封印ではなく、浄化の術をぶつけてしまっていた。その先に、精霊がいた。祈りと清浄な力を持つ精霊。私の浄化の術が増幅されたのね。師匠の封印の前に邪悪な炎を出されて封印が失敗したのと、まるで真逆の現象。さらにはグリーンドラゴンの体が集められていたことで、体が復活、でも禍々しさがすっかり消えたから、魂通りの姿かたちになった、そういうことなんだと思う」


「魂通りの姿あ!?」


 スオウは納得がいかないらしい。


「俺様は光の姿になれるし、ドラゴンの姿にも、えい、えいっ、あれ……?」


 少年の姿のまま、ただ地団太を踏んでいた。


「なれ、ない……」


 愕然とした様子の、スオウ。


「その姿のままで、いいじゃないか」


 レイルが、スオウの頭を撫でた。


「これが、きっと本当のスオウなんだよ」


 シオドアは身を屈め、スオウの目の高さで笑い掛けた。


「ええー……」


 納得いかない感じのスオウは、両頬を少しふくらませた。

 ところで、スオウは髪も瞳も赤なのに、なんでグリーンドラゴンなんだ、シオドアが素朴な疑問をぶつける。


「……赤い目と、赤いたてがみ。すっげえかっこいい姿なんだぜ、本当は」


 緑の体に、赤い目と、赤いたてがみの、ドラゴン。空を飛ぶ姿を想像する。


 でも。


 でも、と思った。

 

「いいや、これが本当のスオウの姿なんだよ」


 シオドアとレイルで声を揃える。


「じゅうぶん、かっこいいよ」


 頭を撫でる。なんだよ、子ども扱いすんな、と言いつつ、小さな声でスオウは、


「助けようとしてくれて、ありがとう」


 と潤んだ瞳で呟いた。

 そのあと、バツが悪いのか、お前らが真正のばかでラッキーだったよ、と捨て台詞を付け足していた。

 シオドアとレイルはその言葉を聞き、容赦なくスオウの頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。




「あー。報告書、なんて書こう……」


 ユウリは頭を悩ませていた。

 

 島の異変の元凶であるグリーンドラゴンは封印せず、誤った呪文と精霊のおかげですっかり浄化されてしまい、普通の少年のようになってしまいました。彼らは本当の宝を探すため、新しい旅に出るそうです。めでたし、めでたし。


「これじゃあ、報告書じゃなくておとぎ話だよ……」


 というか、自分のミスは、どう判断されてしまうのだろう、と思う。気が重い。大陸に帰るのがおっくうだった。


「ユウリさん、お夕食をお持ちしましたよー」


 うっ。


 笑顔と共に運ばれてくる、お盆、大皿、お盆……。そのうえには、海の幸、山の幸、川の幸、そんなものもあるのかという空の幸。

 大陸へ戻る前日の晩、島の宿屋にいたユウリ、大量のご馳走に包囲されていた。


 おなかいっぱい……、かもです……。


 遠慮は、許されそうもない。




「宝の地図もないのに、宝探しって、なんなんだよ!?」


 不服そうにスオウが叫んでいる。


「シオドアの家に、宝を持ち帰る予定だったからな。協力してあげよう」


 周囲から淀んだ空気が消えたおかげで、レイルの顔はどこか晴れ晴れとしている。


「この世界には、きっと隠された宝がある……! 俺はそれを見つけて帰るんだ……!」


 意気揚々と、シオドア。

 船に乗っていた。潮風ときらめく波が、旅立ちを祝福している。

 シオドアたちは知らない。この船には、満腹のユウリも乗っていることを――。


「あーあ。宝なんて、こりごりだぜ」


 スオウはそう言って頭の上で手を組んでいたが、まんざらでもなさそうだった。


『横たわる翠玉のドラゴンの口、青き神秘の目、すべてを飲み込む喉、業火の心臓、丹田に輝く鱗、引き裂く後ろ足のかぎ爪、長く連なる尾の先端。環の幼子は永遠の眠りにつくだろう』


 シオドアは、思う。


 永遠に循環する「環」とは、笑顔とか過ごした大切な時間とか、そんなものなのかもしれないなあ。

 

 そしてそれは、眠りにつくことはない。

 本当は、宝探しなんて口実だった。ドラゴンではなくなってしまったスオウが、新しいなにかになっていく、それをもう少し見守ってあげたい、そうシオドアとレイルは考えていた。


「なんて私は責任感が強いのだろう」


 とは、レイルの弁。


「俺はますます勇者みたいだな」


 と自画自賛のシオドア。


「おおっ、あれは……!」


 大陸の影が見えてきた。

 新しい冒険が始まる。


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