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第6話 揺らめくたき火

 冷たい風が吹き抜ける。川を見下ろす断崖絶壁だった。


「『すべてを飲み込む喉』とは、ここだ……!」


 謎の少年のスオウが、指差すのはその崖の下だった。


「『喉』が崖という場所を表現しているんだ。次の宝は、この崖のどこかにある。宝のある正確な場所、ちょっと見てくる」


 そう言ったあと、スオウは小さな赤い光の玉に変身した。


「あ、戻った。光の玉に」


 シオドアは、スオウの素早い変身に驚いた。

 赤い光の玉が、崖の下に向かって飛んで行く。一帯に広がる崖のどこに宝があるのか、崖の上から下まで、飛んで探すつもりのようだ。


「シオドア。どう思う?」


 シオドアと精霊のレイル、二人きりになったからか、レイルが尋ねた。


「宝はやはりすべて悪しきものと思われる。ここも邪気を強く感じる。そして、実は――」


「実は……?」


 シオドアは、レイルの言いたいことがよくわからなかった。


「スオウ自体からも、邪気を感じる。先に、『宝』を眼前にしていたから、ちょっとわからなかったが。スオウが離れた今、よくわかった。スオウと『宝』は、同質の邪気を出している」


 レイルの表情は、厳しいものとなっていた。


「宝を集めて体を復活させる。それは、つまり、この世界に恐ろしいものを生み出してしまうということなのではないか――」


 シオドアは、レイルの言葉に息をのんだ。


 恐ろしいものを、世界に――。


「まっさかあ!」


 次の瞬間、豪快に笑い飛ばしていた。


「シオドアッ!」


「考えすぎだよー、レイル! あの無邪気な感じのスオウが、邪気なんて! 無邪気じゃなくて、有邪気だって言いたいのかあ!?」


「シオドア、見た目や口調に騙されるな――」


 レイルがシオドアの両肩を掴んで説得しようとしたときだった。


「ええっ。精霊のレイルさん、勇者シオドアを崖から落とそうとしてるのー? 怖い、怖いー」


 スオウが、戻ってきた。くすくすと、からかうように。


「宝、見つけたよ。崖の中腹のちょっと出っ張ったとこ。そこには鳥みたいな怪物がいて、巣を作ってその中で宝を守ってるっぽい」


 スオウは、レイルとシオドアの会話を聞いていたのだろうか。聞こえたのか聞こえていないのかわからないが、どちらにしても気にしていないように見えた。


「崖の中腹かあ。行けるかなあ」


 シオドアは崖を覗き込む。


「シオドア、お前まだ宝を――」


 レイルが言いかけたときだった。

 大きな影が差す。陽が高く照っているというのに。


「ん」


「あ」


「ああっ」


 シオドア、スオウ、レイルの順に短い叫び声を上げる。

 音もなく、それは現れた。

 影の主は、巨大な怪鳥だった。

 漆黒の翼は広げると、横たわったシオドアよりもさらに大きいように思えた。太い足は針葉樹の幹のよう、鋭いくちばしは先が曲がっており、そしてなによりこの怪物を特徴的にしているのは、長い二つの首があり、それぞれの先にはちゃんと頭がついており――、すなわち双頭であるということだった。

 あっという間だった。

 シオドアたちの頭上に姿を現したと思ったら、怪鳥はシオドアの両肩を掴み――さっきはレイルに掴まれ、今度は怪鳥に掴まれてしまった――、崖の中腹にある自分の巣へと、まっすぐ舞い降りていってしまったのである。


「シオドアーッ!」


 レイルの絶叫が、峡谷に響き渡った。




「いやあ、参った、参った。レイルに続いて、怪鳥に肩を掴まれるとは思わなかったよ。おかげで、肩こりもスッキリ」


 そんな言葉を述べつつ、ひょっこり崖から頭を出したのは、シオドアだった。

 連れ去られて、一時間も経たなかっただろうか。


「じゃーん。宝。そして鳥さんも退治しました」


 よいしょ、と崖を登り切り、ニッと笑う。


「シオドア、お前ーっ!」


 レイルが、シオドアを抱きしめていた。勢いがよく、危うく抱き着くレイルと抱き着かれたシオドア、二人もろとも崖から転落するところだった。せっかく登ったというのに。


「いやあー、仕事が早いねっ! シオドア! レイルったらさあ、ずっとどうしよう、どうしよう、と崖を覗き込んでは頭を抱え、ただうろうろしてたんだぜ? 気付いていた? 俺様は、光の玉になって、近くでシオドアの激戦を見守っていたんだ」


 スオウは、シオドアと怪鳥の闘いを飛んで行って見ていたらしく、シオドアの生還に関してはレイルほど驚いてはいない。


「さっ、次の宝だ!」


 スオウは頭の上で手を組み、非情なことを言ってのける。


「スオウ……! 貴様……!」


 ついに、レイルはスオウに詰め寄った。


「シオドアは今、危険な目にあい、決死の闘いの末助かったばかりというのに、人任せでお前は……!」


「いいよ、レイル」


 熱くなるレイルに対し、当のシオドアは、なんとも思っていないようだった。


「行こう。次の場所へ。宝探し、怪物退治にもなって世の中のためになってるよ」


 禍々しい宝、シオドアのカバンに三つ。シオドアは、どこか誇らしげに笑った。




「ほんと……、ごちそうさまでした……」


 ユウリは、弱弱しく礼を述べていた。


「そうなの? お坊様、もっとゆっくりされたらいいのに」


 たまたま会った島民に呼び止められ、お茶とお菓子を振舞われた。


「この島のために、本当にありがとうねえ」


 大陸から「お坊さん」が派遣されることは、もう島民の間で話題になっているようだった。

 ユウリの前に出されたのは、冷たくすっきりとした味わいのお茶と、手作りらしい水羊羹。


 ああ。早く、現場に……。


 ユウリの心は、急ぐ。体は、重い。度重なるお茶とお菓子の襲来で。




 シオドアは、戦士として冒険者として、優秀らしかった。


「宝ゲットー!」


 次の日も、また次の日も、飛んで飛んで、その次の日も。怪物を倒し、カバンの中は集まり続けた「宝」でいっぱいだった。

 宝の傍にはもれなく怪物がいて、シオドアはもれなく一人で全部倒した。全員プレゼントの応募のように、もれなく。


「いやあ、さんにん旅は、にぎやかで楽しいねえ!」


 農作業で鍛えられてきたからだろうか。疲れを知らないシオドアは、夜のたき火の明かりの中、満面の笑顔だった。


「ずいぶん……、集めてしまったな……」


 宝が増えるごとに、レイルはげっそりしていくようだった。しかし、帰ろうともしなかった。


「レイルー。無理すんなって。いい加減、故郷の神聖な森とやらに、帰ったらどうー? 旅する精霊なんて、聞いたことないよ」


 レイルがげんなりしていくのに反して、スオウはますます元気いっぱいになっていた。


「あとはいよいよ最後の宝……! 『長く連なる尾の先端』だ!」


 羊皮紙を広げ、言葉をかみしめるように告げる、スオウ。「長く連なる尾の先端」とは、島の真ん中を走る山脈の端を指しているらしい。


「もうすぐ、スオウの体が戻るんだな」


 シオドアは、スオウに向け、目を細めた。


「うん……!」


 スオウは、大きくうなずき、笑う。

 揺らめくたき火のせいだろうか。月のない夜に抱かれた、深い森にいるせいなのだろうか。

 その笑顔の奥に、一瞬得体の知れないなにかが潜んでいるような気がした。

 赤く、激しく。周りを焼き尽くすようななにかが。


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