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第5話 まるで勇者

 ギャア、ギャア、と不気味な鳥の声。太陽が真上に近いというのに、暗い森だった。


「どんどん、嫌な空気になってる……」


 精霊のレイルが、青ざめた顔で口元を抑えていた。


「精霊さんには、きついかあ。無理しないで、帰ったら?」


 赤い光から少年の姿に変身した、不思議な少年スオウは、頭の後ろに手を組みつつ、俺様は全然平気だもんねー、と言ってのける。


「つまり……。『青き神秘の目』に近付くごとに、魔の気配が濃厚になってる、そういうことなのか」


 変わり者だが普通の人間であるシオドアには、レイルやスオウの反応がよくわからない。

 シオドアたちは、地図に示されていたという湖、「青き神秘の目」のある森に来ていた。


「きっと、私の森にあった落下物のように、この湖にも『負』の物質があるのだろう。それで、魔の存在が生まれた、もしくは引き寄せられてきたのだ」


 レイルは青い顔ながらも、シオドアとスオウに遅れを取ることなく付いて来ていた。


「魔の存在とやらは気にしなくていいよ。湖にあるはずの宝、それを持ってきて欲しい」


 スオウが、シオドアに頼んだ。幽霊のように「体がない」スオウは、目当ての宝を入手するためには、シオドアかレイルに持ってきてもらうしかなかった。しかし、精霊であるレイルは、淀んだエネルギーが苦手だ。そんなわけで、「お宝ゲット」するには、ただただシオドアに一任、だった。


「でも……。宝って、見つけられるかな。さっきの宝は、穴の中にあったからすぐわかったけど」


「大丈夫だ。俺様なら、わかる」


 スオウが、任せろ、と自分の胸の辺りを叩く仕草をした。


「すげえな、スオウ!」


 シオドアはスオウの言葉を素直に感心したが、


「お前は、もしかして宝の地図だけではなく、宝そのものも埋めた……?」


 レイルは、スオウの自作自演を疑った。鋭い氷のような藍白(あいじろ)の瞳を向ける。


「ちっげーよっ! なんでわざわざ俺様が、自分にとって大切なものを自分で埋めるんだよ!」


「なぜかは知らん。だが、お前はおそらくなにかを企んでいる」


「なにをっ」


 スオウとレイルの喧嘩に発展してしまいそうだった。シオドアは、まあまあ、と両者の間に割って入る。


「宝、俺がちゃんと見つけるから。レイル、心配してくれてありがとう。スオウ、わかることを教えてくれ」


 シオドアの言葉に、スオウとレイルは渋々だがうなずく。

 夏の虫が、合唱している。時折鳥の声と、絶え間ない夏の虫の唄。

 木々の間に、きらめきが見えた。

  .

「『青き神秘の目』……!」


 そこは確かに、青い湖だった。

 しかし、目の前の光景は、湖の色がどうこうとか、そんな特徴は吹き飛ぶような、大きな問題を強引に打ち出していた。


「怪物だ……!」


 湖のど真ん中に、怪物がいたのだ。

 きっと、レイルの言うところの「魔の存在」というものなのだろう。

 それは首が長く、黒い鱗で覆われた、カワウソと大蛇のあいの子のような不思議な姿をしていた。長い首と鱗が蛇を思わせ、顔や耳や湖の上に出ている二本の腕が、哺乳類のカワウソを想起させた。ちなみに鱗があるのは全身ではなく、顔や頭、背の辺りは獣毛で覆われている。


「あいつだ! 宝は、あいつの手の中にある……!」


 スオウが指差した。確かに、怪物は右手を胸の辺りで握りしめるようにしていた。そして、その握った手の中から光が漏れ出ている。


 怪物が、宝を手にしていたのか……!


「どうする、スオウ、レイル……! 怪物と交渉して、宝を……」


 ガアアアア!


 怪物が、吠えながら湖を移動してこちらに向かって来た。大きな体だが、かなり素早いようだ。水の中に隠れていた尾を駆使し、さらに進む速度を上げている。鱗に覆われた長く太い尾は、おそらく攻撃としても使われるのだろう。


「交渉なんてできるかっ。食われるぞ! ニンゲンは……!」


 レイルが、シオドアの襟首を引っ張った。逃げるように促していた。


「やっつけろ! シオドア! 敵だ! 湖に来たニンゲンや動物を襲って食う怪物の類いだ!」


 スオウは、退治すべき怪物だ、と主張した。


「戦って、宝を手に入れろ!」


「スオウ、そんな、危険なことを……」


 怪物と戦えというスオウに対し、レイルは激しく首を左右に振った。


「シオドア、逃げるんだ!」


「えっ、いいのか?」


 怪物は、あっという間に、陸に上がりシオドアたちの目前まで迫る。強烈な、獣の匂いがした。踏みしめる二本の足が、大地を揺るがすような音を出す。生い茂る草や細い木をなぎ倒し、荒い息遣いが聞こえるよう――。

 シオドアは、一刻を争う緊迫した状況にそぐわない、ちょっと間の抜けた言葉を返していた。

 そして、一言。


「倒しちゃっても」


「え」


「え」


 レイルとスオウは、一様にぽかん、とした。言葉が「え」しか出なかった。

 シオドアの「いいのか」という問いは、「逃げても」ではなく、「倒しても」だった。


「倒しちゃう、もんねー」


 シオドアは、剣を抜いた。と、同時に宙を舞う。

 シオドアが、空を飛べるというわけではない。地面を力強く蹴り上げ、高くジャンプをし、すぐ近くに伸びている木の枝の上に飛び乗り、そこからさらに上の枝へ――。


「ちょ、マジか!」


 とは、スオウの声。


「シオドア、お前、無茶――」


 とは、ますます青ざめたレイル。

 シオドアは、飛んだ。高い木の上から。怪物の、頭を飛び越えて。

 空中で、回転する。怪物の背に、向き合うように。シオドアの頭は下、足が天を指す。怪物は、頭上高いところから背後に回ったシオドアに気付かず、進行方向を向いていた。

 陽の光が、シオドアをあたかも黒い影に見せる。剣先は、怪物の獣毛に覆われた背に定められ、その状態から勢いよく――。


「突くべし!」


 シオドアは、突き刺した。怪物の背から、たぶん怪物の心臓に向け。

 怪物が、吠えた。長く、長く。怪物は苦しそうに身を激しく震わせていたが、深く剣を刺したまま、シオドアは怪物にぶら下がり続けた。全身に血を浴びながらも、しがみついた。

 どのくらいそうしていただろうか。やがて、切り倒した大木のように、怪物はその場に崩れ落ちた。その寸前にようやく、シオドアは怪物の体から飛び避ける。


「倒したよー」


 シオドアは、もう動かなくなった怪物の背から、剣を引き抜いた。


「おま……、お前……!」


 絶句するスオウ。


「シオドア―ッ! お前、なんちゅう……!」


 ついに、レイルはその場に座り込んでしまった。凄惨な現場がしんどいのか、怪物と宝の恐ろしい「気」に当てられたのか、今にも倒れてしまいそうだった。


「シオドア……、無事で、よかった……」


 ただ弱弱しく、レイルは呟いた。まるで今わの際のような呟きだった。シオドアは、怪物だけじゃなくついでに精霊まで倒してしまったのかと慌てたが、レイルはただ気分が悪いだけのようだった。


「すげーじゃん、シオドア!」


 スオウは、見直したぜ、よくやった、と笑っていた。

 怪物の手の中から、宝を取り出す。

 レイルの森にあった落下物のように、暗い緑色の石のようなもので、光を明滅させていた。


「うわ。同じじゃないか……」


 レイルだけ、げんなりしていた。


「我ながら、やったね!」


 怪物退治と宝を入手。シオドアは、我ながらまるで勇者みたいだな、と自画自賛していた。




 竹林の中の庫裡(くり)。のどかな島だったが、そんな中でもさらにそこでは、ゆっくりとした時間が流れている。


「も、もう、お茶もお菓子もたくさんです……」


「そうかい? ぜひもっと大陸の話も聞かせてもらいたいんだが……」


 膝の上に愛猫を乗せた、島のお坊さんは、しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして笑った。


「ユウリさん。本当に、来てくれてありがとさんねえ」


 ゆっくりと愛猫の頭を撫でる、島のお坊さん。


「い、いえ……」


 ユウリの目の前には、お茶とおまんじゅうと、干菓子と、生菓子。

 ユウリは、派遣された自分が島に到着したという報告と、詳しい話を聞くため、庫裡を訪れていた。

 そこで、島の異変の話より、大陸の話について、質問攻めにあっていた。

 どう見ても、「おじいさんとおじいさんの話し相手になっている孫」の構図だった。


 早く、早く現場に向かいたいんですけど……。


 ユウリは、なんとか切り上げるタイミングを計る。

 高齢のお坊さんの膝の上の三毛猫が、にゃあ、と一声鳴いた。


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