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第4話 学習能力

 青空に、鮮やかな軌跡を描く白い海鳥たち。

 ここは、シオドアたちのいる森から、遠く離れた海辺。一年中様々な魚がとれる、豊かな漁場。

 大陸からの船着き場の傍、一軒の食堂があった。


「ふうー、ごちそうさまでした」


「まあまあ。今日くらい、もう少しゆっくりされていかれては?」


 話好きそうなおかみさんが、お茶をすすめていた。


「実は、うちではデザートもやってるんですよ。うちのお嫁さんがね、お菓子作りが得意で、大陸で流行のお菓子なんかも……」


 大盛りごはん、味噌汁のついたアジフライ定食に、ご厚意からか茶わん蒸しまでつけてくれていた。ごはん大盛りは、オーダーにないはずだった。勝手に登場の、大盛り。さらには、デザートまで出そうとする始末である。頼んでないのに、怒涛の大サービスだった。


「い、いえっ。そろそろ、出発しようと思いますので――」


「まあああ、なんと真面目でいらっしゃるのでしょう……! 大陸からいらして、さぞやお疲れでしょうに。ああ。あなた様がいらっしゃったことで、この島の平和は守られたも同然ですね。お若いお嬢さんなのに、ありがたや、ありがたや……」


「は、はあ……」


「年々魔の気配が濃厚となってきているこの島に、はるばる大陸から、『全国お坊さん協会』からの派遣お坊様が来てくださるなんて……! なんとありがたいことなのでしょう……!」


 いや。ちょっと内情は、違うんだけどな……。


 おかみさんの有無を言わさぬマシンガントークに、苦笑する。

 おかみさんが興味津々で放そうとしない大陸からの「客」。彼女は、島からの依頼を受け「全国お坊さん協会」から派遣されてきた「お坊さん」だった。

 艶のあるショートヘアーの黒髪、神秘的な黒い瞳の若い女性の「お坊さん」、彼女の名はユウリといった。


「本当に、ごちそうさまでした。おいしかったです。とても」


 ユウリは感謝の言葉を述べ、席を立とうとした。


「あらまあ……。これからデザートの『茹でドーナツ』、お出ししようと思っていたのに……」


 おかみさんは、『茹でドーナツ』なる奇怪なスイーツを持ってくるつもりだったらしい。大陸、変なものが流行中。

 ユウリは、深く丁寧にお辞儀とお礼をし、無料でいいというおかみさんと、いえ、お支払いはきちんとさせてください、と押し問答をしてから、会計を済ませて店を後にした。

 

 なんか、疲れた。おいしかったけど。定食。


 しゃりん、手にした錫杖のような杖をつく。金属の美しい音が、波の音の合間を縫うように響き渡る。


 島からの依頼、それもあったわけだけど。実は、師匠の尻ぬぐいなんだよね……。


 ユウリは、ため息をつく。


「全国お坊さん協会」は、全国のお坊さんを束ねる大きな組織だ。ユウリの師匠もユウリも、当然そこに所属し、そこから基本的に仕事を振り当てられ、人々の困った現象に対する依頼に応えるべく、魔の存在の討伐や怪異の平定に日々活動している。


『島の僧から、魔のエネルギーが年々強くなってきているとの相談があった。島の僧は、高齢であること、スイーツのうっかり食べ過ぎなどで長年体調が優れない、さらには愛猫が長い留守番を寂しがることなどから、調査にも向かえないらしい。島への出張をお願いしたい』


 これが、「全国お坊さん協会」本部からの指示だった。内容から、大きな仕事ではないように思えた。


「ユウリよ。この仕事は、お前に任す」


 師匠はユウリに託した。


「赤い光が、いよいよ島へ向かおうとしているようだ。やはり、今が運命のとき――」


「赤い光?」


 師匠はうなずく。そして、語り出した。


「実は、これはわしが十二年前の仕事の話――」


 師匠は、正直に語り出した。師匠としては、弟子に真相を打ち明けるということは、抵抗があったに違いない。

 しかし、すべてを語った。愛弟子であるユウリの安全のために。


「し、師匠……。お言葉ですが、私一人では荷が重過ぎます……。どうか、師匠もご同行を……」


 ユウリは思い切って懇願した。未熟な自分一人では不安が大きく、最悪の場合恐ろしい事態を招きかねない、と。


「すまぬ。わしは行けない。そして、これは協会に協力を仰いで他の僧の応援を頼むわけにもいかない。我が一門の信用のためにも、内々に済ませたいのだ。お前には苦労をかけてしまうが、これも修行のうち。それに――」


「師匠……」


「愛犬ルーシーちゃんを、寂しがらせるわけにはいかんのだ」


 師匠も、愛する家族の一員であるペットに長期留守番をさせたくなかったのだ。


「だって、お散歩も毎日させてあげたいし」


 師匠は、愛犬ルーシーちゃんの散歩の様子を思い出したのか、相好を崩す。お散歩も加わるとなると、黙らざるを得なかった。

 愛犬ちゃんのお散歩は、非常に大切である。


「探さなければ。赤い光のエネルギーを」


 海鳥たちが、騒がしい。

 ユウリは、島の内部へと誘う長く続く一本道を、歩み出す。




「疑問を持て。シオドア」


 レイルは、シオドアの腕を引っ張って、木の陰に連れ出した。


「スオウは、怪しい」


 スオウがついてきていないか確認してから、レイルははっきり言い切った。


「怪しいって……。スオウは、ただかわいそうなだけじゃないか」


 だって、体がないんだよ、とシオドアは「かわいそう」の理由を訴えた。


「体がなくなった理由。それがなにか気にならないのか」


「そんなかわいそうな理由……! 知ろうと思うだけでもかわいそうじゃないか!」


「かわいそう、かわいそうって……」


 レイルは呆れたように首を左右に振った。

 お前の感情がどうとかは置いといて、そもそも、とレイルは言う。


「スオウは宝を財というが……。どういう理屈かわからないが、全部集めることで自分の体が復活するという。それは本当に『財』なのか?」


 それに、とレイルは続ける。


「集める宝! あの一個だけでもすでに禍々しいエネルギーじゃないか! そんなものを集めて復活させた体など、悪しきものとしか――」


「なにこそこそ話してんの」


 レイルとシオドアの話に、いつの間にか近寄ってきたスオウが割って入る。


「シオドア。出発しよう。宝が集まって俺様の体が戻ったら、ちゃんと大きなお礼をするから」


 スオウは、シオドアの手を掴み、瞳を潤ませた。


「協力してくれ。宝探し。ここまで来たんだから、家に帰るのが数日くらい遅くなっても、そんなに違いはないだろう……?」


 スオウは、レイルの目をじっと見つめた。


「うん、それじゃ――」


 シオドアが、スオウに返事をしようとした。スオウが望む返事を。


「シオドア、スオウ」


 レイルが、シオドアの言葉を遮るようにして声を上げる。


「それじゃ、私も同行しよう」


 えっ、とシオドアとスオウ両者の口から飛び出た、驚きの声。ふたりとも、目が大きく見開かれ、まんまるになっている。


「こんな負のエネルギーを放出しているもの。この森にあった宝とやらを、シオドアに持ち出すよう頼んだのだから、私にも見届ける責任がある」


 レイルは、宝探しについていくことを決めた。


「いいだろう? スオウ」


 スオウに微笑み掛けるレイル。なにか、挑戦的な笑みだった。


「……よくない」


 と、スオウはぼそっと呟いたようだったが、


「やったあ、楽しそうだなあ!」


 シオドアの元気いっぱいの歓喜の声に、かき消されていた。万歳付きだった。


「楽しそうなんじゃない、楽しいんだよ! 絶対! 俺、ずっと一人旅だったからなあ!」


 シオドアの笑顔から、あふれだす「わくわく」。


「ぐえ」


 ぐえ、とはレイルの声。シオドアは、レイルと肩を組もうとして失敗し、レイルの首元に左手を回してしまっていた。「ぐえ」は、その悲しき失敗の産物だった。

 それと同時にテンション急上昇中のシオドアは、スオウの頭を右手のひらで、ぐしゃぐしゃに撫で回そうとした。しかし、シオドアの右手は空を切った。


「だから、体がないんだって」


 スオウが呆れたように言う。シオドア、二度目の空振りである。


「そうだった、なんてかわいそう……!」


 思わずシオドアを抱きしめようとしてしまったシオドア、性懲りもなく空振りをしていた。


「ついさっき、同じ光景を見た気がする」


 レイルはあえて焦点を合わさないようにして、シオドアとレイルにひんやりとした視線を向けているようだった。


「学習能力」

 

 レイルはシオドアに向け、ただその一言だけを述べた。


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