表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

第3話 色々と、言いたいこと

「俺様の名は、スオウだ! よろしくなっ!」


 赤い光の玉から変身した少年は、盛大に自己紹介をした。聞かれてもいないのに。


「なにをよろしくなのか」


 とはこの森の精霊、レイル。


「とりあえず、野イチゴ、食うか?」


 とりあえず餌付けしようとする、シオドア。


 この少年は、人間じゃないんだろうけど、なんなんだろう。レイルみたいな、精霊……?


 浮遊する光が人間の少年の姿になる、精霊なのかなんなのかわからないが、とにかく特殊な存在なんだろうとシオドアは思った。

 人間でいうと十歳くらいの、活発な少年に見えた。子どもにはおやつ、それはどんな生き物でも種族でも、一緒だろうとシオドアは勝手に思っていた。


「いらねーよ!」


 スオウは野イチゴを受け取らなかった。


「スオウ。それで、なんで俺のこと、俺の地図のこと、知っているんだ?」


 スオウは、シオドアの地図を知っていた。さらには、シオドアの知らない情報――地図に記された宝は一個じゃないということ、次見つけるべき宝は「青き神秘の目」らしいということ――まで告げていた。


「まあまあ。なぜかっていうことは、あとで説明するよ」


 それが一番先に説明すべきことだと思うんだが……。


 シオドアはちょっと首を傾げた。スオウは、早く自分が言いたいことを説明したいようで、その場にシオドアを座るよう指示した。

 レイルが、シオドアの隣に座った。


「精霊。ええと、確かレイルって言ってたんだっけ。あんたは別に聞かなくてもいいよ」


 話を聞こうとするレイルに、スオウはどこか素っ気ない。


「そうだ。私の名はレイル。よく知ってるな。さっきのシオドアの、私への別れの挨拶を聞いていたのか? それとももしかして……、シオドアと私の会話をずっと聞いていた……?」


 レイルの問いに、スオウは、


「ん、まあね。耳に入ったから」


 ちょっと言葉を濁す。


「で、レイル。宝探しなんてもの、精霊は関係ないだろうし、興味もないんじゃない? あと自分の家に戻っていいよ。ばいばい」


 スオウは、シオドアがまだなにも言ってないのに、勝手に手を振りさようならをしている。


「いや。私も聞こう」


 レイルは立ち上がらなかった。


「……ふうん。もの好きな精霊だな」


 スオウはなぜかちょっとだけ、かわいらしい眉根を寄せ、嫌な顔をした。


 スオウは、精霊の子じゃないのか。


 スオウがどういったものなのかわからないままだが、少なくともレイルと同種ではないようだ。そして、レイルの反応からみると、スオウはこの森にいたのではなく、よそから来たようだった。



 

『横たわる翠玉のドラゴンの口、青き神秘の目、すべてを飲み込む喉、業火の心臓、丹田に輝く鱗、引き裂く後ろ足のかぎ爪、長く連なる尾の先端。環の幼子は永遠の眠りにつくだろう』


「羊皮紙のこの文な。これは、地図なんだ。『翠玉のドラゴン』というのが、ここ、つまりこの島全体を指す。そして『ドラゴンの口』というのが、この森を示しているんだ」


 ここは、島だった。島の形を、ドラゴンに例えていた。シオドアは大陸生まれだが、海を渡って導かれるようにこの島を訪れていた。


「へえ! そんなこと書いてあったんだあ!」


 シオドアは、スオウの説明に目を輝かせた。


「それにしても、謎めいてるなあ。いかにも宝の地図、謎解きみたいになってるなあ」


「だろう? 情報を隠すのに、神秘的な比喩が盛りだくさん、ってなもんよ!」


 ふふん、とスオウはどういうわけか得意気だった。


 その難解な地図が読めるというのが、自慢なのかな?


 まだ少年のスオウは、きっと大人たちに褒めて欲しいのだろうと思った。


「じゃあ、俺も自慢する! 俺は、そのちっとも読めない地図を、直感で地図だとわかって、さらには実際に場所を当て、宝を見つけ出したんだ! めちゃくちゃすごいだろう!」


 スオウよりさらに胸を張った。すごいのは俺、と言わんばかりだ。スオウを褒める大人の対応については、考えつかないらしい。


「張り合ってどうする」


 胸を張りあう両者を、レイルが諫めた。


「で……。この森が、ドラゴンの口?」


 レイルが腕組みをし、首を傾げた。


「この森は、空から見ると細長い湖に沿って、二つに分かれて緑が続いている。だから森が、まるで口を開けたドラゴンの口みたいに見えるんだ」


「へえー! かっけー!」


 なんかかっこいい、とシオドアはまた深い緑の色の瞳を、きらきらさせる。


「そんなふうには見えないと思うが。そんなたとえ、聞いたこともない」


 この森の住人であるレイルは、納得がいかないようだ。

 まあ、見えようが見えまいが、そんなのいいじゃん、とスオウは地図の説明を進めた。


「それで、次は『青き神秘の目』。これは、きれいな青い色の、大きな湖をいう。ここから少し離れた東の方向にある。あ。『青き神秘の目』、というのは宝の名前じゃなくて場所の例え、ね」


「へえ。そんなこともわかるのかあ!」


 シオドアが感嘆の声を上げる。シオドアの目、やはり、きらきら。


「と、いうことは……、他の言葉も比喩、宝の場所を示している、ということか」


 レイルは地面に広げられた地図に目を落としつつ、述べた。

 そうさ、とスオウは元気よくうなずいた。


「聞いて驚け、なんと……! 宝は全部で七個あるんだぞっ」


「七個もあるのか。この島に」


 レイルが淡々とした口調でスオウの言葉をなぞる。なんと、聞いても驚かない。


「ふむ。ということは、口、目、喉、心臓、鱗、かぎ爪、尾。それで七つ。では、最後。その、『環の幼子』が眠るとかなんとか、それはどういう意味だ?」


「レイル。話が早い。よくぞ訊いてくれた」


 スオウは、そこで前のめりになり、ふたりに顔を近付けるようにした。


「『環の幼子』とは、世の中を循環し、成長するもの。それは、すなわち財、を示す。財が眠っている、つまり、これは宝が眠っている地図だよ、と最後にきちんと説明している、そういうわけだ」


 世の中を循環し、成長する……。それが、財。


 お金は、世の中を回っているという。全体としては変わらないだろうが、それを手にする人にとっては増えたり減ったりしている。成長、とは老化でもある、とシオドアは思う。増えるのが歳を重ねるプラスの成長、減るのが老化を表すマイナスの成長。例えとしてなるほどなあ、とシオドアは素直に思った。

 地図の内容はなんとなくわかった。そこで、もっとも知るべき疑問を尋ねることにした。

 はい、とシオドアが挙手した。


「そもそも、なんでスオウ。さっきの質問なんだけど。お前がこの地図と俺を知ってる理由。それはなんなんだ?」


 ついに、シオドアが核心に触れる。それを知らなければ、話自体が信用できない。


「ふふ。聞いて驚け……」


 スオウは腕組みし、うつむいた。赤い色の前髪が、その表情を隠す。


 驚くかな。


 打ち明けるのにわざわざ時間を置き、もったいぶる様子が、逆に大したことないことのように思わせる。

 スオウはついに顔を上げた。あどけない顔が、登場する。そして、小さな拳を突き上げた。


「俺様は、なんと……! なんでも知っている賢者様なのだあ!」


 躍る日の光。葉影がさわさわと、心地よく揺れる。お昼寝には、とてもいい塩梅の午後――。

 シオドアは、こくり、と船を漕ぎそうになった。


「こら、シオドア、寝るな……!」


「いや。お前が壺を埋めた犯人なんだろう」


 レイルの低い声が、響いた。


「読めないほどの拙いニンゲンの文字。きっと、書いたのはお前。知っているのは当然というわけだ」


 あ。そっか。


 レイル、鋭いな、と目覚めたシオドアは思った。それならすべて合点がいく。


 子どもの壮大ないたずら……?


 でも。でも、と思った。わざわざ宝を埋めて、なのだろうか、と思い直す。


 なぜか俺はここにたどり着いた。それに、俺が壺に入った地図を発見したときから、十二年も経ってる……。


 スオウは、大きな赤い目を、まん丸にした。


「ちがっ……! 違うよ、俺様は、賢者ってやつなんだ! 世の中の不思議なことも物の道理も、みんなお見通しなんだ……!」


 スオウは否定した。どう見ても、慌てている。目の前に両手を伸ばし、手のひらをレイルとシオドアに向け、ぶんぶん振った。


「なんで、成功する確率の低い、こんな回りくどい騙しかたをしたんだ。お前はつまり、シオドアに宝を探しに行かせたかったのだろう?」


 レイルのアイスプルーの瞳の瞳が、スオウを見据える。レイルは、宝があるということ、地図の内容自体は疑っていないようだった。ただ、シオドアに宝を見つけさせようとするのが、スオウの目的と思っているようだった。


「宝を知っているなら、自分で探せばいいじゃないか。十二年もかからなかっただろう」


 子どもに見えるが、やはりスオウは人ではなかった。少なくとも、十二歳よりは年齢が上だ。

 スオウは、うなだれた。両の拳は膝の上、ぎゅっと握り締められていた。


「俺様は……、集められない、理由があるんだ……」


 小さな声が、震えている。


「俺様、実は体がないんだ……」


「えっ、あるじゃないか」


 どう見ても、目の前にスオウは座っているじゃないか、とシオドアは思った。


「俺様に触ってみて」


 スオウに言われるまま、シオドアは手を伸ばしてスオウの腕を触ろうとした。


「あっ」


 すり抜けた。見えているのに、触れなかった。


「俺様が元の姿に戻るには――。宝を七個、集めなきゃいけないんだ」


 それで、俺に宝を集めさせようと――。


「ごめんっ! スオウ!」


 シオドアは、勢いよく地面に両手をつき、そして頭を下げていた。


「ごめん! 長い間、旅に出られなくて! せっかく俺を選び、俺に託してくれたのに……! 俺、子どもだったから……! ずっと待ってたんだろう? それに、ごめん! お前が集めようとした大切な宝を、自分がもらってしまおうとして……!」


 シオドアは、スオウに謝罪していた。大人になるまで旅に出られなかったことを。そして探し出した宝を、自分が所有しようとしたことを。


「シオドア……!」


「スオウ……!」


 がしっと、ふたりは抱き合うようにした。しかし、実際はシオドアの腕はスオウの体をすり抜け、シオドアは自分で自分を抱きしめるような格好になっていた。


「ごめん、ごめんな……、スオウ!」


「いいんだよ、シオドア……! わかってくれたら……!」


「ええ……」


 そのとき、ふとシオドアが視線を向けた先のレイルは、確かに引いていた。ドン引き、という表情だった。


「なんでそうなるんだ……」


 呆然とした表情のレイル。レイルは、シオドアに言いたいことが山ほどあるようだった。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ