第3話 色々と、言いたいこと
「俺様の名は、スオウだ! よろしくなっ!」
赤い光の玉から変身した少年は、盛大に自己紹介をした。聞かれてもいないのに。
「なにをよろしくなのか」
とはこの森の精霊、レイル。
「とりあえず、野イチゴ、食うか?」
とりあえず餌付けしようとする、シオドア。
この少年は、人間じゃないんだろうけど、なんなんだろう。レイルみたいな、精霊……?
浮遊する光が人間の少年の姿になる、精霊なのかなんなのかわからないが、とにかく特殊な存在なんだろうとシオドアは思った。
人間でいうと十歳くらいの、活発な少年に見えた。子どもにはおやつ、それはどんな生き物でも種族でも、一緒だろうとシオドアは勝手に思っていた。
「いらねーよ!」
スオウは野イチゴを受け取らなかった。
「スオウ。それで、なんで俺のこと、俺の地図のこと、知っているんだ?」
スオウは、シオドアの地図を知っていた。さらには、シオドアの知らない情報――地図に記された宝は一個じゃないということ、次見つけるべき宝は「青き神秘の目」らしいということ――まで告げていた。
「まあまあ。なぜかっていうことは、あとで説明するよ」
それが一番先に説明すべきことだと思うんだが……。
シオドアはちょっと首を傾げた。スオウは、早く自分が言いたいことを説明したいようで、その場にシオドアを座るよう指示した。
レイルが、シオドアの隣に座った。
「精霊。ええと、確かレイルって言ってたんだっけ。あんたは別に聞かなくてもいいよ」
話を聞こうとするレイルに、スオウはどこか素っ気ない。
「そうだ。私の名はレイル。よく知ってるな。さっきのシオドアの、私への別れの挨拶を聞いていたのか? それとももしかして……、シオドアと私の会話をずっと聞いていた……?」
レイルの問いに、スオウは、
「ん、まあね。耳に入ったから」
ちょっと言葉を濁す。
「で、レイル。宝探しなんてもの、精霊は関係ないだろうし、興味もないんじゃない? あと自分の家に戻っていいよ。ばいばい」
スオウは、シオドアがまだなにも言ってないのに、勝手に手を振りさようならをしている。
「いや。私も聞こう」
レイルは立ち上がらなかった。
「……ふうん。もの好きな精霊だな」
スオウはなぜかちょっとだけ、かわいらしい眉根を寄せ、嫌な顔をした。
スオウは、精霊の子じゃないのか。
スオウがどういったものなのかわからないままだが、少なくともレイルと同種ではないようだ。そして、レイルの反応からみると、スオウはこの森にいたのではなく、よそから来たようだった。
『横たわる翠玉のドラゴンの口、青き神秘の目、すべてを飲み込む喉、業火の心臓、丹田に輝く鱗、引き裂く後ろ足のかぎ爪、長く連なる尾の先端。環の幼子は永遠の眠りにつくだろう』
「羊皮紙のこの文な。これは、地図なんだ。『翠玉のドラゴン』というのが、ここ、つまりこの島全体を指す。そして『ドラゴンの口』というのが、この森を示しているんだ」
ここは、島だった。島の形を、ドラゴンに例えていた。シオドアは大陸生まれだが、海を渡って導かれるようにこの島を訪れていた。
「へえ! そんなこと書いてあったんだあ!」
シオドアは、スオウの説明に目を輝かせた。
「それにしても、謎めいてるなあ。いかにも宝の地図、謎解きみたいになってるなあ」
「だろう? 情報を隠すのに、神秘的な比喩が盛りだくさん、ってなもんよ!」
ふふん、とスオウはどういうわけか得意気だった。
その難解な地図が読めるというのが、自慢なのかな?
まだ少年のスオウは、きっと大人たちに褒めて欲しいのだろうと思った。
「じゃあ、俺も自慢する! 俺は、そのちっとも読めない地図を、直感で地図だとわかって、さらには実際に場所を当て、宝を見つけ出したんだ! めちゃくちゃすごいだろう!」
スオウよりさらに胸を張った。すごいのは俺、と言わんばかりだ。スオウを褒める大人の対応については、考えつかないらしい。
「張り合ってどうする」
胸を張りあう両者を、レイルが諫めた。
「で……。この森が、ドラゴンの口?」
レイルが腕組みをし、首を傾げた。
「この森は、空から見ると細長い湖に沿って、二つに分かれて緑が続いている。だから森が、まるで口を開けたドラゴンの口みたいに見えるんだ」
「へえー! かっけー!」
なんかかっこいい、とシオドアはまた深い緑の色の瞳を、きらきらさせる。
「そんなふうには見えないと思うが。そんなたとえ、聞いたこともない」
この森の住人であるレイルは、納得がいかないようだ。
まあ、見えようが見えまいが、そんなのいいじゃん、とスオウは地図の説明を進めた。
「それで、次は『青き神秘の目』。これは、きれいな青い色の、大きな湖をいう。ここから少し離れた東の方向にある。あ。『青き神秘の目』、というのは宝の名前じゃなくて場所の例え、ね」
「へえ。そんなこともわかるのかあ!」
シオドアが感嘆の声を上げる。シオドアの目、やはり、きらきら。
「と、いうことは……、他の言葉も比喩、宝の場所を示している、ということか」
レイルは地面に広げられた地図に目を落としつつ、述べた。
そうさ、とスオウは元気よくうなずいた。
「聞いて驚け、なんと……! 宝は全部で七個あるんだぞっ」
「七個もあるのか。この島に」
レイルが淡々とした口調でスオウの言葉をなぞる。なんと、聞いても驚かない。
「ふむ。ということは、口、目、喉、心臓、鱗、かぎ爪、尾。それで七つ。では、最後。その、『環の幼子』が眠るとかなんとか、それはどういう意味だ?」
「レイル。話が早い。よくぞ訊いてくれた」
スオウは、そこで前のめりになり、ふたりに顔を近付けるようにした。
「『環の幼子』とは、世の中を循環し、成長するもの。それは、すなわち財、を示す。財が眠っている、つまり、これは宝が眠っている地図だよ、と最後にきちんと説明している、そういうわけだ」
世の中を循環し、成長する……。それが、財。
お金は、世の中を回っているという。全体としては変わらないだろうが、それを手にする人にとっては増えたり減ったりしている。成長、とは老化でもある、とシオドアは思う。増えるのが歳を重ねるプラスの成長、減るのが老化を表すマイナスの成長。例えとしてなるほどなあ、とシオドアは素直に思った。
地図の内容はなんとなくわかった。そこで、もっとも知るべき疑問を尋ねることにした。
はい、とシオドアが挙手した。
「そもそも、なんでスオウ。さっきの質問なんだけど。お前がこの地図と俺を知ってる理由。それはなんなんだ?」
ついに、シオドアが核心に触れる。それを知らなければ、話自体が信用できない。
「ふふ。聞いて驚け……」
スオウは腕組みし、うつむいた。赤い色の前髪が、その表情を隠す。
驚くかな。
打ち明けるのにわざわざ時間を置き、もったいぶる様子が、逆に大したことないことのように思わせる。
スオウはついに顔を上げた。あどけない顔が、登場する。そして、小さな拳を突き上げた。
「俺様は、なんと……! なんでも知っている賢者様なのだあ!」
躍る日の光。葉影がさわさわと、心地よく揺れる。お昼寝には、とてもいい塩梅の午後――。
シオドアは、こくり、と船を漕ぎそうになった。
「こら、シオドア、寝るな……!」
「いや。お前が壺を埋めた犯人なんだろう」
レイルの低い声が、響いた。
「読めないほどの拙いニンゲンの文字。きっと、書いたのはお前。知っているのは当然というわけだ」
あ。そっか。
レイル、鋭いな、と目覚めたシオドアは思った。それならすべて合点がいく。
子どもの壮大ないたずら……?
でも。でも、と思った。わざわざ宝を埋めて、なのだろうか、と思い直す。
なぜか俺はここにたどり着いた。それに、俺が壺に入った地図を発見したときから、十二年も経ってる……。
スオウは、大きな赤い目を、まん丸にした。
「ちがっ……! 違うよ、俺様は、賢者ってやつなんだ! 世の中の不思議なことも物の道理も、みんなお見通しなんだ……!」
スオウは否定した。どう見ても、慌てている。目の前に両手を伸ばし、手のひらをレイルとシオドアに向け、ぶんぶん振った。
「なんで、成功する確率の低い、こんな回りくどい騙しかたをしたんだ。お前はつまり、シオドアに宝を探しに行かせたかったのだろう?」
レイルのアイスプルーの瞳の瞳が、スオウを見据える。レイルは、宝があるということ、地図の内容自体は疑っていないようだった。ただ、シオドアに宝を見つけさせようとするのが、スオウの目的と思っているようだった。
「宝を知っているなら、自分で探せばいいじゃないか。十二年もかからなかっただろう」
子どもに見えるが、やはりスオウは人ではなかった。少なくとも、十二歳よりは年齢が上だ。
スオウは、うなだれた。両の拳は膝の上、ぎゅっと握り締められていた。
「俺様は……、集められない、理由があるんだ……」
小さな声が、震えている。
「俺様、実は体がないんだ……」
「えっ、あるじゃないか」
どう見ても、目の前にスオウは座っているじゃないか、とシオドアは思った。
「俺様に触ってみて」
スオウに言われるまま、シオドアは手を伸ばしてスオウの腕を触ろうとした。
「あっ」
すり抜けた。見えているのに、触れなかった。
「俺様が元の姿に戻るには――。宝を七個、集めなきゃいけないんだ」
それで、俺に宝を集めさせようと――。
「ごめんっ! スオウ!」
シオドアは、勢いよく地面に両手をつき、そして頭を下げていた。
「ごめん! 長い間、旅に出られなくて! せっかく俺を選び、俺に託してくれたのに……! 俺、子どもだったから……! ずっと待ってたんだろう? それに、ごめん! お前が集めようとした大切な宝を、自分がもらってしまおうとして……!」
シオドアは、スオウに謝罪していた。大人になるまで旅に出られなかったことを。そして探し出した宝を、自分が所有しようとしたことを。
「シオドア……!」
「スオウ……!」
がしっと、ふたりは抱き合うようにした。しかし、実際はシオドアの腕はスオウの体をすり抜け、シオドアは自分で自分を抱きしめるような格好になっていた。
「ごめん、ごめんな……、スオウ!」
「いいんだよ、シオドア……! わかってくれたら……!」
「ええ……」
そのとき、ふとシオドアが視線を向けた先のレイルは、確かに引いていた。ドン引き、という表情だった。
「なんでそうなるんだ……」
呆然とした表情のレイル。レイルは、シオドアに言いたいことが山ほどあるようだった。