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第五話 神の血族達

都内某所。要塞の様な社殿にて、鶯張りの床を踏む軽快な音が複数木霊する。

その廊下を歩くのは、洗練された袴を着こなす精悍な青年二人。方や中性的な顔立ちをした艶めかしい銀髪の美麗な男、もう方やこれまた整った顔立ちの狐面を被った様な吊り目の男。

お互い穏やかな人柄なのか、騒ぐ事もせず優雅に談話をしながら耳触りの良い鶯の鳴き音を響かせている。

開け放たれた廻り縁の雨戸からは陽の光が差し込み、暖かく二人を照らしている。その姿は正に、映画のワンシーンを切り取ったかのよう。


神代くましろさん、先日いただいた茄子と茗荷のどぼ漬けとても美味しかったです」


狐顔の青年から神代くましろと呼ばれた銀髪の青年は、上品な形りを崩す事なく慎ましい笑みを浮かべる。


「そうかい?ならよかった。洛山らくざんが漬けた千枚漬けも美味しくいただいたよ。また腕を上げたんじゃないか?」

「ありがとうございます。ですが神代くましろさんお手製のどぼ漬けに比べたらまだまだですよ」

「それは君の出身地お得意の言い回しかな」

「ちょ!揶揄うんはよしてください。心の底からの本音ですよ」

「ふふっすまない、私は君の素の喋りが好きでね」

「堪忍してください。ようやく東京弁が様になってきた頃なのに」

「そうだね。まあ、糠漬けの事をどぼ漬けって言うあたりまだまだだけど」

「え!?東京人はどぼ漬けって言いはらないんですか!?」


どうやら自らが漬けた漬け物について、語り合っている様だ。二種の漬け物は、恐らくお互いの好物なのだろう。気品のある彼らは、好みにも品がある。

たまに外から心地の良い風が入り、袴の袖を揺らす光景は、なんとも清々しい日常の一コマだろうか。そう感嘆の声が漏れてしまいそうな場面の中、少しばかり二人の空気が不穏になった。


「それにしても、今回の神託は何やら不吉ですね」

「ああ、術師総員に召集がかかるなんてね」


神託しんたく

それは神から人間に下されたお告げである。

それは時に人類の破滅を暗に意味する忠告や、大地を揺るがす穢れの発生を示唆する予言。その様な曖昧な神託ばかりでは無く、時に明確に日時や場所、修祓対象の特徴など事細かに告げられる事もある。

それらの神託にでたらめな話は無い。神託で告げられた災いは全て現実で起こり得る事だ。だからこそ、彼ら神術師達は安易に神から賜わる神託を無碍には出来ない為、こうして召集がかかる。

しかし、今回の様に神術師総員に召集がかかるのは、この300年間一度も有り得なかった出来事だ。

300年前に一度、総員が召集された時も天地そのものが消滅してしまい兼ねない程の大災であったと、今世代まで語り継がれている。そんな世界の滅亡ともなり得る大災が、この時代でも起こり得ると言うのか。


「…本当に、300年来の大災が降りかかってくるのでしょうか」


洛山らくざんの震える声。先程までの明るい声色はもう無い。


「さあね、それは私にも分からない」


方や神代くましろは先程と変わらず、天女の歌声の様な美しい声でそう言い返す。

しかし、その場の空気が糸を極限まで張り詰めた様に、ピシリと重々しい。これから想像できる未来を、重く受け止めているのだろう。

先ほどまでは鶯の戯れる様に聞こえた愉快な音色も、重苦しい空気に伴い、危機を知らせる様に空から鳴き叫ぶ鳥の悲鳴の様にも聞こえた。


「もし、本当にその様な大災が降ってくるのだとしたら、果たして僕なんぞに役が務まるのでしょうか」


自信なさげにそう吐露する洛山らくざん。彼は強い。しかし最強では無い洛山は、自分の弱さを理解している。だからこそ、見えた事のない災いに畏怖を抱けるのは、洛山の長所でもあり、短所でもある。

彼が踏んでいる鶯張りの床も、心なしか弱々しい。

洛山の弱音の後、しばしの沈黙が流れると、神代くましろの踏んでいた鶯張りの音がピタリと止んだ。

少しばかり進んでしまった洛山も神代の様子に気付き、ぴたりと足を止め後ろを振り返る。


「神代さん?如何されました?」


唐突に歩みを止めた上司を案じ、駆け足で歩み寄る。


「洛山」

「はい…」


神妙な面持ちで名前を呼ばれた洛山は姿勢を正し、神代を見据える。

 

(きっと先ほどの弱音に対してのお叱りやろか)

 

そう自身を戒め、次の言葉を待った。


「廊下は走らない」

「ごふぁっ!?」


しかし、神代からの返答は予想外の注意と、洛山がのけ反る程のデコピンであった。ただのデコピンであるはずなのに、洛山の額からは銃弾を撃ち込まれたかの様な硝煙が上がっている。涙目になりながら額を摩る洛山の肩を叩き、その横を通り過ぎながら再び鶯の鳴き音を奏でる神代。


「ちょお、待ってください神代さん!」


洛山は神代の後を追いかける為に走ろうとしたが、再びあの強火力なデコピンを喰らう事を恐れ、叱られないギリギリの速度で追う。

それを分かってか、神代もわざと歩く速度を速めている様だ。洛山がどれだけ早く歩いても、神代には辿り着かない。

先程までの静かな鶯の囀りは、耳障りな大合唱をする田舎の夜にいる野外の虫達の様だ。


「いやっ…ほんまに…ハァハァ。待ってくださいって神代さん!先程の失態謝りますから!だから…」

「ああ、そうかい」

「って、ごふぁっ!!」


洛山の許しを請う姿に、案外簡単に了承した神代はスピードを緩める事なく唐突にピタリと止まった。

そして洛山は止まりきれずその背中に追突し、今度は3メートル程吹っ飛ばされてしまった様だ。洛山が着地した床は鶯の絶叫とも言える音が響き渡り、宮内を騒々しくさせる。

床が割れなかった事が奇跡とも言える衝撃に、洛山もかすり傷程度で済んだらしい。

神代は洛山の元へ歩み寄ると手を差し出し、それを洛山も拒否する事なく掴み起き上がった。軽く袴についた汚れを手で払う。


「洛山、君は自分が弱いと思うか?」

「それは…そうですね。不甲斐ないですが僕は神術師しんじゅつしとして知恵も経験も青二才です。神代さんや神門みかどさんの様などんなのろいにも勝る神使も従えていない。卍山まんざん宮長の様な強靭なフィジカルにも、遠く及びません。だからこそこれからたま神託しんたくが怖いんです。万が一第一発見者が僕一人であった時、その大災に太刀打ち出来る自信がありません」


そう弱音を吐き、強く奥歯を噛み締める姿はきっと悔しさの現れだろう。

爪が食い込む程に強く拳を握り、己の不甲斐なさを嘆いている様だ。

強者が更なる強者と対峙した時にまず初めに抱く感情。それは恐怖である。

そして次に、上には上がいるという失望感。

それらを糧に己を再び奮い立たせられる人間は、強者の中でもごく一部の限られた者のみだ。

大抵の者は敵わぬ強敵を前に戦意喪失し、挫折する。


(ああ、あかん。なんて僕は弱いんやろか。神代さんの前でイキがる強さも無いんやから。きっと失望しはったやろな)


肩を縮こませ、俯く洛山。今吐き出したい言葉は全て言った。

後は神代からの返答を待つだけ。


「そうか、なら良かったよ」

「…えっ?」


しかし、これまた予想外の返答が、神代の口から発せられた。何故この状況で、よかったなんて言葉が出たのか。洛山にはほとほと理解が追い付けない。

思わず目を丸くしてポカンと口を開けながら顔を上げると、そこにはいつも通りの穏やかな上司の顔がある。


「君の強さを再確認できてよかった」


そう言って洛山を慰める様に肩を数回叩く。先程のデコピンとは違い、それは洛山を肯定しているような優しい手。


「ばっ…!馬鹿にせんとってください!僕は本気で自分の弱さを…!!」

「洛山はさ、何故強者が強者のままでいられると思う?」

「それは…元々の実力もそうですが、日々の鍛錬とか…」

「理解しているじゃないか。私はね、才能が全て強さに直結しているとは思わない。君が言った通り、日々の鍛錬によって努力を積み重ねてこそ、真の強さを手に入れられるんだ」

「それは至極当然の事です。僕だって理解しています」

「だからこそだよ。いいかい洛山、鍛錬はまず己の弱さを理解して無ければ出来ない事だ。弱さを一つ見つければ、それを克服する為に己を鍛える。何度も折れた刀を鍛冶屋が何度も玉鋼を叩いてさらに強靭な刃を生み出すようにね」


神代の口から発せられる言葉、それは洛山自身の折れかけていた心を、繋ぎ止めるには十分な訓諭であった。先程まで言い返していた洛山も、気づけば静かに神代の言葉に聴き入っている。


「要するに、強者である条件は己の弱きを理解し受け入れ、それを克服し続ける事。私はそれを持ち合わせている君の強さを買っているんだ。そうじゃなければ私は君の神位しんい黄丹おうにになんて推薦しないさ」

「神代さん…」

「自分の強さを誇れ、そして威張るんだ洛山庵らくざんいおり。君は私が認めた最強の信念を持つ強者なのだから」


他者の弱みも全て受け入れ、肯定出来る神代の無量な懐。それは洛山の脆い心の刃を、何度も鍛錬してより堅く、強靭なメンタルへと叩き上げた。挫折仕掛けていた同朋を、たった数分で再び決起させる程の説得力。

それは神術師最強と名高く、神に最も近い存在である神代凜人くましろりひとだからこそできる術なのだ。


「ありがとうございます。僕はまだ折れるわけにはいきません」

「まあ、まだ神託を聞いた訳では無いからね」

「もし、神託を賜わった後で僕がまたおねていた時は、先程の弾丸デコピンをお願いします」

「ダサい技名付けないでくれるかな?それとおねるも東だと拗ねるって言うんだよ」

「ええ!?ほんまですか!?」


先程までの重苦しい雰囲気は何処へやら。二人は再び鷹や烏のいない空を自由に羽ばたき遊ぶ鶯達の様な鳴き音を鳴らしながら、召集場所に向かって行った。


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