EPISODE42「逆襲」
迫りくる土くれと粘着液。至近距離にいたセーラは逃げ遅れそうになる。
「危ない」
それを押し倒すようにして避けさせたのはスズだ。
標的を失った粘着液は奴隷女に付着するとその動きを止めさせた。
これそのものが毒性はないかもしれないが敵の前で動きが止まると言うことが何を意味するかは考えるまでもない。
「ナガス。アズ。お前たちどうして?」
今までとは違って狼狽した声を出すスズ。
クジラとモグラのアマッドネスは泣き顔に見えた。
太古の時代に縁のある関係だったのか?
「ゆ、許してください。スズ様」
「誰かに憑かないと食われてしまうから体を借りたのですが」
「そこをこのあたしに見つかったと言うわけさ」
おどおどする二体と反対に得意げなタイガーアマッドネス。
「イグレ。この卑怯者め」
「何とでも言え。学んだんだよ。六人がかりでやられて手ごまの重要性をな」
自分の力を過信しているならつけいる隙もある。
しかし油断してないとなると厄介な敵だ。
「ここは一旦戦略的撤退ですね」
のほほんとした口調でジャンスは再びピンクのオートマチックの銃口にまっすぐにしたリボルバーをジョイントさせる。
ネコミミゴスロリと言うアリスフォームに転じると雨あられと銃弾を撒き散らす。
さすがにたまらず敵が守りに回ったところにそれぞれの従者がバイクに転じて駆けつけた。
もちろん岡元や森本も一緒である。
スズもダークブレイカーにまたがり四人の女戦士はその場から消えた。
「ちっ。逃げたか。まぁいい。この手が使えるとわかっただけでもな」
不適に笑うイグレは人の姿に戻るとタバコに火をつけてその場を去った。
二人の女子中学生をつれて。
EPISODE42「逆襲」
充分に離れてからブレイザの合図で停車させる面々。
「さて。スズさん。お話を聞かせていただけます?」
事情聴取でここまで同行したと言う事らしい。その証拠となるのが未だに戦闘形態の衣類である。
「あたしも聞きたいものね。あんたたちの考えを」
セーラが言うのはスズに刃を向けた件。
「そうですね。ちょっと話し合いの必要がありそうですね」
ジャンスの笑顔がやたらに胡散臭く思えた。
「わかったわ。どこか落ち着いて話の出来るところにいきたいわね」
長い髪をかきあげてスズが穏やかに言う。敵意も戦意も感じさせない。
「そうね。話せばきっとわかるわ」
いつの間にかセーラは完全にスズの味方だ。
「貴女はどこまで単細胞なんですの。少しくらい助けられたからって簡単に信用するとは」
「それを言うならあたしは味方のはずのあんたに斬られかかっているわよ」
「あれは……」
クイーンのかけらの影響だがそれはいいわけじみてブレイザは言うのをためらった。
「いいのよ。セーラ」
どこか哀愁を漂わせたスズの声。
「彼女たちが私を信じられないのは無理もないわ。アマッドネスが過去にしてきた非道を思えば」
「スズ……」
それでもスズはなんどか助けてくれた。悪い存在には思えなかった。
「その罪があるから仕方ないのよ」
「罪」と言う言葉が重く響いた気がした。
一方の中屋敷は車の中にいた。二人の女子中学生も強制されて中にいた。
万が一逃がした場合にそなえて奴隷女をあちこちに配置していた。
その連絡を待っていた。
逃走するならバイクモード。
もし薫子が手助けしたとしても警察車両なら「同業者」だけになおさら調べやすい。
セーラの案内で過去にブレイザと戦った廃工場を会談の場所に選んだ。
話し合いと言うことで席を外した岡元と森本。
二人は見張りを買って出た。使い魔たちも連絡係と岡元たちのサポートで外だ。
女四人は中へと入る。トラックの出入りをしていたと思われる場所。
そのど真ん中に陣取る。
敵にしたら隠れるところはあるが、それでも飛び道具でもない限り遮蔽物から飛び出す必要がある。
それだけ対処しやすい場所であった。
「ここはあまりいい思い出のある場所ではありませんわね」
渋い表情のブレイザ。
「ここならやつらが来ても回りに被害が及ばないわ。こちらも存分に戦えるわ」
「その人が邪魔をしなければですがね」
森本でなくなった時点でスズに対しての態度は敵に対するものになったブレイザ。
たとえ正体が薫子としても取り付かれた以上は敵になる危険性が大きいと考えている。
そして彼女は葛藤したとは言えど恩師を「斬った」こともある。
敵かもと考えているスズを斬るのにためらいはない。
「さて」
セーラは床に直接ではあるが座って見せた。
座れば動作が遅れる。攻撃された際に不利。
それでもあえて座って見せた。戦意がないと示すべく。
例によって脚の間に尻を落としこむ座りかただ。
「そうね。そのほうが落ち着いて話が出来るわ」
呼応するようにスズも座りこむ。足を前に投げ出している。
「まったく。座布団もないのに」
そう言いつつもブレイザはきちんと正座だ。
「あー。ジュースとお菓子が欲しいですね」
場を和まそうとしているのか天然発言か判別しかねるがそんなことを口走りながら横に足を出してジャンスも座る。
ただしブレイザの左手には小太刀があり、ジャンスも弓を手にしたままだ。即座に攻撃可能な状態。
話をする意志はあるがまったく信用していない表れでもある。
「二人とも!」
「構わない。そちらの立場で行けば当然の話」
半ば諦めたような口調のスズがセーラを止めた。
「悪く思わないでくださいね」
セーラにはジャンスの笑顔が本心を隠す仮面に思えた。
「話し合うんでしょ。始めたら?」
ふてくされたようにセーラが言う。会談の始まりだ。
「それでは…最初に聞きたいのですがあのクジラとモグラらしいアマッドネス。お知り合いですの?」
この場に不似合いなお嬢さま言葉が緊張感を和らげる役に立った。
「……アズ。そしてナガス。ともに私の弟子だった」
軽い衝撃。
(悪の組織にも師弟関係ってあるのね)
ジャンスのこれをボケと呼ぶのはいささか酷と言うもの。
無法者たちに師弟関係のような間柄が成立すると思わないのも無理はない。
「あの二人はとてもではないが戦場には連れて行けるようなものではなかった」
「しかし先ほどは手先となってわたくしたちに攻撃を仕掛けてきましたわ」
「気の弱い二人なの。畑仕事の方が好きで平和を愛していた」
懐かしむように語るスズ。
その表情はとても芝居には思えない。
既にばら撒いた奴隷女からの情報を受けて中屋敷たちは移動を完了していた。
「さてと。おい」
あごで命令された竜子はしぶしぶモールアマッドネスへと変身。マンホールのふたを開けて中へと入る。
続かされる蘭子。最後を中屋敷に押さえられて逃亡もかなわない。
暗闇で目の利くモールアマッドネスを案内役にして一行は目的地へと進む。
トラックヤード。車座になった四人の話は進む。
「なるほど。タイガーアマッドネスに強要されて」
相槌を打ちつつ別のことを考えるセーラ。
(あの二人がアマッドネスになったのを見て驚いていたらやっぱりスズの正体は薫子お姉さまと思ったんだけど、アマッドネスの方がスズと知り合いなんじゃそうも言いきれないわね)
薫子は二人の女子中学生が証言者としてあっている。だから面識がありそれが異形に転じたので驚いたと思っていた。
しかしこれでわからなくなった。
「そう言えばさっきクジラの方が『喰われる』とか言ってたけど…やっぱりトラさんの方に?」
重い空気を嫌ってか軽くおどけて尋ねるジャンス。
「セーラがクイーンの魔力を吸われて丸っきり女の子になったのは忘れてないわよね」
「……あれはノーカウントです」
どうやらキスのことを思い出したらしい。顔が赤いセーラ。
「結局は戻ったけど…あれが食われると言うこと?」
ジャンスの問いにスズは無言でうなずく。
「私がアマッドネスに所属していたころ、反逆者や使い物にならなくなった者が魔力を吸い取られて戦闘能力を失っていたことのは日常茶飯事だった。それを新しい『怪人』に与えたり恩賞として既にもっている者にさらに与えたり」
「そして今は魂と魔力が長い年月で一緒になって魂ごと吸い上げられると」
「それを防ぐためにとりあえず取り付いたのいいけど運悪くタイガーアマッドネスに見つかり使われることに…辻褄は合いますわね」
そちらに気が行きすぎ、そして半分は襲撃を警戒していたため自分たちにふりかかる危険性を失念していた戦乙女たち。
そしてそこに考えが至る前に事態は動いた。
派手な音を立ててマンホールが下から吹っ飛んだ。
「しまった。下水道か」
下から来る可能性を忘れていた。これでは見張りの岡元達もわからない。
そしてアマッドネスであるスズといるために「気配」を勘違いしていたのもある。
この時点では人の姿なのだから実際には発していなかったのだが思いこみに軽く舌打ちするブレイザ。
四人は散らばった。そこにマンホールの重いふたが降ってきた。
「見つけたぞ!」
タイガーアマッドネスが飛び出してきた。右手の手のひらに光が集まったと思いきやそれが撃ちだされた。
「この!」
セーラはとっさに左腕のガントレットを盾として攻撃を逃れた。
続く攻撃に備えようとしていたがタイガーアマッドネスは今度は左腕から火の玉を放つ。
「はっ」
今度はブレイザが小太刀を盾とした。
本物の日本刀ならへし折られているが魔力で作られたものなので一種の防御結界で弾き飛ばした。
「はははっ」
また右腕。今度はスズの所に。彼女はとっさに跳んでそのまま変身した。
「手当たり次第と言うわけねっ」
ジャンスが対抗すべくロリータフォームへ転じようとするがその前にキャストオフの暇を見つけられない。
(タイガーアマッドネスの攻撃にはわずかにタイムラグがあるわ。その隙をつく)
セーラは意図的に攻撃を受けてそれをしのいだ。
次を放つ隙を狙ってキャストオフ。続いて放たれたタイガーの砲弾は「ヨロイの破片」に当たり届かなかった。
そしてさらにフェアリーフォームに。高度をとってホエールの粘着液やモールの土砂攻撃を受けないように接近を試みる。
射程距離に入ったころに再びエンジェルフォームに。
飛行能力は失ったが土砂攻撃はしのげる。
タイガーは正対してにやりと笑う。
(いけない!)
スズはとっさに駆け出した。そこに威力の小さな砲弾が命中。小さな分だけためが要らず今までより早く撃てたのだ。
「くあっ」
左足に命中して転倒する。
「引っかかったな。お前の動きはこいつらが教えてくれるんだよ」
「あ…ああ…」
狼狽しているホエールアマッドネス。
彼女の視線がスズの方に向いているのをタイガーが見逃さなかったのだ。
「まずはスズ。目障りなお前からだ」
動きの止まったスズにタイガーが迫る。
(まずい。再生がわずかに間に合わない)
一応はアマッドネスであるスズだ。戦乙女の聖なる魔力でないなら再生は出来るが時間を要する。
「やめろぉっ」
助けようとセーラが動くがモールとホエールが邪魔をする。
「あんたたち。スズの弟子なんでしょう!? 師匠を見殺しにするの?」
「か、勘弁してください」
「こうしないとこっちがイグレに」
現実問題として確かにそちらの危険性の方が強い。
その上スズに疑念を抱くブレイザとジャンスは動かない。
「哀れだな。スズ。弟子に裏切られて地獄に逆戻りとは」
「私は死ぬことを恐れない。本来この時代にあるべき存在ではないのだからな。だが罪を償うためにお前たちを一人でも多く倒したいのが出来ないのは無念」
「スズ様!」
セーラを妨害しながらモールアマッドネスが声を張り上げた。泣いているような声だ。
「何をしている。アズ。ナガス。早く逃げろ」
スズは自分より弟子たちの身を案じている。
「けっ。あいつらには逃げる度胸すらない。このあたしの恐怖を味わった以上はね」
まさに地獄の果てまで追いかけると言うものだ。
「お前ら。セーラだけ止めとけ。そっちの二人は動かないしな」
完全に二人を支配したつもりで命じるタイガーアマッドネス。
「一思いに心臓を串刺しにしてやる」
恐怖を味合わせるためかツメを出した右腕を高々と振り上げる。その時だ。
タイガーアマッドネスのいいなりだったホエールアマッドネスがセーラの妨害をやめその粘着液をタイガーアマッドネスに向けて放出した。
「うわあっ。裏切る気か!?」
完全に恐怖で縛ったはずなのに。だが続いてモールアマッドネスの土砂攻撃を受けては疑いの余地はない。
そしてセーラが瞬時にその健脚で抜け出してスズを救出する。
「きさまらぁっ」
頭に血が昇ったタイガーアマッドネスは自由の利く左腕から火の玉をホエールアマッドネスに向けて放った。
「きゃあっ」
逃げ遅れてまともに食らったホエール。
「ナガス!?」
同胞を案じて動きの止まったモールアマッドネス。そこに右腕の戒めを強引に解いたタイガーのツメが振り下ろされる。
血が派手に出る。明らかに致命傷だ。
「ナガス!? アズ!」
弟子を案ずるスズの悲痛な叫び。それがブレイザとジャンスを突き動かした。
「「キャストオフ」」
揃ってヴァルキリアフォームに。ジャンスが二つの拳銃でタイガーアマッドネスを撃つ。
粘着液のせいで動きの止まったタイガーアマッドネスを狙うのは造作もない。
続いてブレイザが駆け寄って斬り付ける。
「貴様らはスズを疑っていたのではないのか?」
それを前提にしていたので狼狽するタイガー。
「今でも信用なんてしてませんわ。けど」
「あんたの方がもっと嫌いだってこと」
まさに敵の敵は味方と言うことになった。
いかになんとて配下に手を挙げたのが二人の「正義の心」に怒りの火をともしたのだ。
「おのれぇぇぇっ」
粘着液と土砂攻撃。さらにジャンスの銃弾とブレイザの斬撃。むしろよく持っているほうだ。
「見苦しいですわ」
一刀両断で袈裟斬。ジャンスはタイガーの両手両足を狙って射撃。
これで反撃は出来ないし動きも止まった。
「今ですわ。セーラさん。スズ」
「とどめはお二人に任せました」
「二人とも…」
この時間稼ぎが効いてスズは回復した。
「やれる?」
スズに優しく尋ねるセーラ。
「タイミングは私に合わせてもらえると助かる」
「わかったわ」
言うなりセーラはフェアリーフォームになり高度をとる。
スズは逆にかがんで右足にレイピアをくくりつける。
「はっ」
ジャンプして空中回転。その降下のタイミングに合わせてセーラも降りてきた。タイガーの寸前でヴァルキリアフォームに。スズはスピンを始める。
「ホーネットスティンガー」
「ヴァルキリーキック」
二人のダブルキックを食らったタイガーアマッドネスは盛大に吹っ飛ばされる。
「くっ…まさか生き返ってまで裏切られるとは…力こそ正義のはずなのにその力にまで…」
恨み言を言い終える前にタイガーアマッドネスは爆死した。
戦いが終わりスズたちはアズ。そしてナガスの元へと駆け寄る。
だがタイガーから受けたダメージは致命傷だった。
「二人とも…立派だったぞ」
かすかに二人は笑ったように見えた。
「介錯を務めさせていただきますわ」
ヨリシロを巻き添えで死なせないための処置と言うのが本来の理由だが、最後に逆襲した勇気に対して敬意を表し苦しまないようにと言うブレイザの配慮だった。
「お願い…」
ブレイザの剣が一閃されると同時に果て、二人のアマッドネスは黄泉路へと。
そしてヨリシロとなった女子中学生二人は岡元たちの手で病院へと運ばれた。
戦いは済んだというのにセーラは厳しい表情で仲間二人を見つめている。
「あんたたちがどういおうと私はスズを信用するわ」
「先ほども言いましたがスズさん対しての疑念はまだ消えてませんけど」
「とりあえずあっちの方を倒すのに手を組んでもいいかなと思って」
照れ隠しなのか軽い口調のジャンス。
「二人とも」
なんとなく嬉しくなったセーラは一転して笑顔の花をさかせる。そして右手を差し出す。
その甲にジャンスが手を重ねる。
一応仕方なさそうにブレイザがその上から。
そして最後にスズの手が乗る。
この瞬間、スズは四人目の戦士として認められたのだ。
夜。警察病院。女性化した影響で風体も変わり本人が名乗らない限り中屋敷とはわからない女が昏睡状態だ。
そこに小さな影が歩み寄る。広瀬葉子…否。クイーンアマッドネス。ロゼだ。
彼女はその手からバラのつたを出現させると眠る中屋敷の額にコネクトした。そして何かを吸い上げる。
(ふ。お前の口からいろいろばれると厄介だからな)
翌朝。目覚めた中屋敷だが記憶そのものを失っていた。自分が誰かすらわからない状態に。
次回予告
「だがすまない……もう一度、私のために死んでくれるか?」
「やっぱオレは薫子さんがスズだと思うんだよ」
(むっ。この気配はアヌ!)
「私が一人で現れたのは貴様らをまとめて葬れる自身があるからと言うことをだ」
EPISODE43「正体」