EPISODE4「飛翔」
レオタード姿のセーラは軽快に動き回る。まさに縦横無尽。
それこそ新体操の選手のようだった。
「こいつはいい。レオタード。しかもピンクってのが恥ずかしいが、それさえガマンすりゃ体操着姿より素早くていい。今度からいきなりこれで行こう」
しかし得るものがあれば失うものもある。
セーラはピョンピョンと跳ね回りバットアマッドネスに迫る。
バットアマッドネスも迎え撃つつもりらしく逃げようとしない。
そしてセーラはその懐に飛び込んだ。
「もらったぁっ」
雨アラレと容赦なく豊満な胸元を中心に拳を見舞う。だがバットアマッドネスは平然としている。
「な…なんだ…この力のなさは…」
愕然とするセーラ。
「セーラ様! 妖精の型。フェアリーフォームは身軽になりますが、そちらに魔力を裂いただけ腕力が犠牲になってます。腕だけは普通の女の子程度で」
「そ…それを早く言え!」
懐に飛び込んで力任せに叩くつもりだったが当てが外れた。
愕然としているうちにバットアマッドネスがセーラの腹部に一撃を見舞う。
「かはっ」
強烈な一撃なのはあるが、それにしても防ぎきれていない。
(な…なるほど。身軽になった分は打たれ弱くなるのか…)
意識が遠くなりかけるのを無理やり思考でつなぎとめる。だがその間にコウモリ女にとらわれた。
「今度はこっちの番だよ。さぁ。その綺麗な首筋を見せてごらん」
血を吸うつもりだ。ぐいぐいと引き寄せていく。
「はなせ。離しやがれ」
じたばたもがくが抜け出せない。軽さを身上とする点では敵も同じだろうにびくともしない。あまりに非力。
腕がだめならと脚をばたつかせる。
それが密着していたバットアマッドネスの腹部に当たる。
「ギギ」
怯んだ。セーラはその跳びはねた強靭な脚力に賭けた。
コウモリ女の腹部に脚をかけ、思い切り蹴り飛ばす。
それが功を奏してバットアマッドネスは吹っ飛ぶ。
だがそれが窓だったのはセーラの不運。そのまま逃げられた。
もっとも戦況を考えればむしろ助かったともいえなくはないが…
「う……」
指揮官を失った元生徒会役員たちの女がばたばたと倒れていく。
闘いは痛みわけで終わり、レオタード姿のままではあるがセーラは緊張を解いた。倒れた「女たち」を見渡す。
「こいつらに聞けばあのコウモリ野郎の正体もわかるだろうぜ。しかし…このレオタード姿。逃げや接近には使えそうだが…」
セーラはため息をついた。
EPISODE4「飛翔」
翌朝。清良はこれまた当てが外れた。
前夜に女性化したのだ。当然入院である。前夜の被害者は誰一人として登校していなかった。
(ちっ。もともと生徒会の連中なんてロクに知らなかったが、その上に女になっていたらなおさら誰が誰だかわからんな。そうなると誰が消えたか…つまりアマッドネスに取り付かれていたかわかりゃしねぇ)
自分の教室で考えている。そしてつい声にも出してしまう。
「それなら病院に乗り込んで聞いて見るのが手っ取り早いか」
(セーラ様。残念ながらそれは難しいかと)
「キャロル?」
頭の中に黒猫の声が響き驚きの声を上げる。それに対して注視が。慌てて携帯を出して通話のふりをする。
「人の頭の中を覗いているのか?」
小声であるが声に出して言う。携帯電話のカモフラージュは絶大で誰も注目しなくなった。
むしろ通話のじゃまをしないように気遣われている。
(そんなことをしたらセーラ様に疎まれます。だからお声に出したものだけ読ませていただいてます。もっとも声に出さなくても私に意識を向けてくださればどんな遠くでも呼びかけにいつでも応じますよ)
(だったら電話の真似は止めだ)
彼は携帯を無造作にポケットにしまう。そして「会話」を続ける。
(それで…なんで無駄なんだ?)
(スパイダーアマッドネスの時もそうでしたが、支配されてしまうと絶対服従になります。だからまず口を割らないと思います)
(なるほどな…しかし…よ…そりゃ生きているといえるのか?)
怒りの炎が燃え上がる。不良といわれている彼だが、理不尽な「暴力」に対しての怒りはある。
(意思を奪われ、化け物の言いなりとはな。さらに性別まで変えられて…いや。その「化け物」も弱い心に付け込まれたといえど同じ「被害者」か)
アマッドネスと同化したものは解放されても女として生きていくことを強要される。
生まれついての女ならいざ知らず、途中で暴力により変えられるのだ。その苦痛は想像を絶する。
「気にいらねぇな」
暴力的な気持ちが持ち上がる。
「どうしたの? 昼間恐い表情してたけど?」
帰り道。幼なじみの友紀との下校。それを聞いてこられた。
「なんでもねぇよ。ちょっとむかつく野郎がいてな」
「もう。またケンカ?」
「ケンカ…か。確かにな」
ただ相手が人間とは言えないが。
「話し合いで何とかならないの?」
女性らしい意見である。
「なれば楽だろうけどな。あんな思いもしなくていいし」
これは安楽知由を「やってしまった」時の感情。
「けどな…話してどうこうできる相手じゃねぇんだ。結局、コイツで語ることになる」
拳を見せる。
「わっかんないなぁ。男って」
当然の友紀の言葉。
(男じゃなくて体だけなら女同士だがな…ついでに言うなら俺も暴力を振るっているには違いないか…)
軽く落ち込んできた。
自分のやっていることが「正義」といえるのか。結局は「同じ暴力」じゃないのかと。
「どしたの?」
きょとんとした表情の友紀。愛らしい顔立ち。それを見ていたら気持ちが定まった。
「なんでもねぇよ」
ぷいと横を向く。
「あーっ。また。清良の悪い癖」
ぎゃあぎゃあわめくが関係なし。清良は心の中で決意を繰り返す。
(ああ。悪と悪のぶつかり合いでも関係ねぇ。ただ俺は…)
夕方。生徒会長派の男子を襲った高森は思案していた。
(さて、先にセーラをどうにかすべきか。だが誰がセーラなのかわからないしな。向こうもこのあたしがアマッドネスとは知るまいが)
目が血走る。
(わからなきゃ出向いてもらうか。もうじきあたしの時間だしね)
冬の夕日が沈もうとしていた。
惨劇の現場となった生徒会室は封鎖されていた。
だから臨時の会議室を与えられていた「副会長派」。その中に高森もいた。
「謎の集団性転換事件で会長一派は『気の毒にも』ほとんどが被害にあっている。もはや生徒会の職務を遂行できる状態じゃない」
インテリ風の少年が言葉だけは鎮痛に言う。彼が対立していた副会長だ。
そしてその一派が揃って首を項垂れていた。だがそこから笑いが漏れてくる。
「くくく…」
「ふはは…」
とうとう耐え切れず哄笑する一同。
「あはははは。バカどもめ。天罰というものだ」
「ざまあみろ」
なんと言うことか。この少年たちは被害者に対して同情どころか侮蔑の言葉を投げつけた。
「諸君。それでは彼ら…おっと。もう『彼女ら』か。その代わりに職務を立派に果たそうじゃないか」
たっぷりと皮肉をこめて言う。
「おおーっ」
気勢が上がる。だが一人がいきなり倒れた。高森のとなりの少年だ。
「な…なんだ?」
「ふふふ。腐っているね。こっちも。どちらもあたしが統べてやるよ」
学生服を切り裂き巨大な皮膜をつけたコウモリのツバサが出現する。
胸はせり出し女性的なフォルムへと変化する。バットアマッドネスへと変化した。
「た…たかも…高森。お前が化け物だったのか?」
「ふふ。恨みはないがセーラをおびき出すためにあんたらの血をもらうよ」
清良は走っていた。学校へと。
「セーラ様。やはり?」
「ああ。この前と同じ気配だぜ。あのコウモリやろうだ」
前回と違うのは彼がバッグを抱えていることだ。
「セーラ様。それは?」
「とにかくあの非力じゃどうしようもねぇ。せめてもの苦し紛れの対策よ」
そして校内に突入するといきなり変身。そしてキャストオフ。体操着の少女は惨劇の現場へと駆けつけた。
ところが今度は先手を打ってバットアマッドネスが飛び出してきた。
「ま…待ちやがれ」
慌てて追いかける体操着の少女。
夜の学校。無人の校庭。星のきらめく夜空。セーラはしかめっ面をしていた。
(やられた。狭さがない分やつは自在に動ける。そういう狙いか)
「ぎぎ。セーラ。ここでお前を倒してやる」
宣言するなりバットアマッドネスは空中から攻撃を仕掛ける。
間一髪でかわしたつもりだったがやはり遅い。
むき出しの腕を傷つけられて苦悶の表情に。
「あーははは。のろい。のろいよセーラ。翼も持たない蛆虫が」
ホバリングしたままあざ笑うコウモリ女。
「くっ。調子こいてんじゃねぇぞ」
セーラは前回同様に右のガントレットを左手で抑えて叫ぶ。
「超変身」
変身を超える変身。
ヴァルキリアフォームより素早く動けるフェアリーフォームへと変化した。
「それがどうした? 子供並みの腕力でどうやってあたしを倒す気だい?」
「へっ。対策ならあるぜ」
ここでセーラは持参したバッグからチェーンを取り出す。
「非力はこれで補う。リーチもな」
ところがその無骨なチェーンがあっと言う間にピンクのリボンに変化してしまう。
「な…なんだァッ?」
「いえ。セーラ様。それでいけます。その『布の鎧』がもともと男の服だったように、太古のセーラ様は紐のようなものを鞭に変える力をお持ちでした。それにより非力さを補うために」
「これでも得物かよ?」
不安そうなセーラの表情。そのチャンスとばかりにバットアマッドネスが突っ込んでくる。
「わ…わわわっ」
半ば反射的にリボンを差し向ける。それがまるで蛇のように相手に絡みつく。
「ギ…ギギーッッッ」
締め付けられて苦悶の声を上げるバットアマッドネス。
「こ…これは?」
当のセーラ本人が驚いていた。
「当然ですっ。ただのリボンだと思いましたか。だからほれ。応用すれば」
キャロルが石ころを蹴りだす。投げるのにちょうどいいサイズのそれを。
「そうか。わかってきたぜ」
セーラはそれを弄んでいた。そのうちに石礫はボールへと変化する。
「いいわね。行くわよ」
ピンク色のボールをなげつける。若干狙いがそれたがカーブして命中する。意思の力でコントロール可能だったのだ。
「ぎぎ」
当たったボールが思いのほか効果的だったらしい。さらに悶絶する。
「セーラ様。こちらは?」
バッグを勝手にあさるキャロルだがセーラは気にしない。
「それ頂戴」
言われて短い鉄棒を渡す。それがやはり新体操で使うクラブへと変化する。
「えい。えい」
見た目はむしろ弱々しくなったが、どうやら威力は鉄棒以上だ。
非力といえど得物をもたれてはたまらない。いいように殴られていた。
しかしそれが逆に脱出を促した。リボンの戒めが緩んだのだ。
(しめた!)
優勢でセーラが油断した隙を突いて抜け出した。
「あっ!?」
「ふふふ。セーラ。この借りは必ず返してやる」
言葉は勇ましいが逃げに掛かった。
「セーラ様。今こそフェアリーのもう一つの力を」
「もう一つの力?」
「追って下さい」
キャロルのその言葉に一つの可能性をみたセーラはいわれるがままに地面を蹴った。
物凄いジャンプ力かと思いきや、背中に生えた妖精の翅が彼女を宙に舞わせていた。
「こ…これは…?」
「妖精の名は伊達ではないです。その姿の時は空の支配者です」
「よ…よーし」
セーラは意識を飛翔へと向けた。
まるでロケットのように勢いよく飛び出した。
よろめきながら空を逃げるバットアマッドネス。
(ギギ。まさかあの姿であそこまで。やつの覚醒が本格的になる前に…)
思考は中断された。猛スピードで飛んでくる「何か」のせいで。
(まさか?)
コウモリ女は恐怖に支配される。そしてその嫌な予感は的中していた。
ピンクのレオタード姿の少女が空を追ってきたのだ。
「な…なんてしつこいやつだ」
慌ててスピードを増すがフェアリーフォーム。フライングモードのスピードにはかなわない。
あっと言う間に「追い抜かれる」
(セーラ様。追い抜いてどうするんですか?)
「見えてんのかよ? あたしの目と連動しているってところ? まぁいいわ。腕がだめなら…脚よっ」
今度は脚から突っ込んでいく。高度を利用してのキックが狙いだった。
しかしいかなスピードで負けていても回避行動は取れる。寸前でかわす。
「あーっ」
飛び過ぎて行き過ぎた。再び追いかける。
(うーん。この腕じゃパンチも効き目ないし、しかしキックをするには間合いがいるけど、それをとっても回避される。それなら間合いの関係ない追い抜いた瞬間のキックだけど…あったわ。いい手が)
セーラはまた猛然と空を飛んで追いすがる。そしてまたバットアマッドネスを追い抜く。
だが今度はその場で回転した。ちょうどオーバーヘッドキックの形だ。
バットアマッドネスもさすがに避けきれずそのキックに自分から突っ込んでいく形に。
脳天に致命的な一撃がカウンターで決まった。
「ギギーッッッッッ」
断末魔の悲鳴を上げつつバットアマッドネスは落ちいく。そして…爆裂。
邪悪な魂が天へと昇る。そして残された哀れな「元・少年」の少女が落ちていく。
「大変!」
慌てて回り込み支えるセーラ。
「お…重いぃぃぃぃ」
だが地面激突は避けられた。
「ふう。本当に非力だけど。足の力で何とか勝てたわ…って、ちょっとキャロル。あたしまた言葉遣いが女になっているわよっ。どういうことっ? あんた何か隠しているでしょう?」
(そ…それはいずれまた…)
念波怯えているのが感じられた。
「まったく…この調子じゃまだ秘密がありそうね。けど…」
そうだ。そんなことは瑣末事。
この少女とか犠牲者たちは残りの人生を女として生きなくてはならない。
(あたしはただ、守りたいものを守るだけよ)
その脳裏に高岩清良としての幼なじみの少女の笑顔が浮かぶ。
次回予告
「人魚の型と呼んでましたが…現代風にあわせるならマーメイドフォームというところでしょうか」
「あの屈辱…あんな思いはもうたくさんだ」
(ほう…それがお前の望みか?)
「でるわけないか…だったらこっちから出向いてやるまで!」
「超変身」
EPISODE5「人魚」