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戦乙女セーラ  作者: 城弾
36/49

EPISODE36「少年」

 十日ほど前。海辺の町。深夜。女は走っていた。

 その表情は恐怖に引きつっていた。

 後をついてくる男。「変質者」ではない。「殺人鬼」だ。

 踵の高い靴をはいていたその女は男を振り切れない。ついには捕らえられる。

 殺人鬼は彼女を押し倒すと馬乗りになって左手で口を押さえて固定する。

 言うまでもなく悲鳴を上げられないようにするためだ。

 そして体や金には目もくれずナイフを振り上げる。

 身動き取れない女。その細い肩に登山ナイフが突き刺さる。

「!?」

 悲鳴を封じられているが激痛と恐怖から女はじたばたともがく。

 その男は若い女を刃物で貫くことが唯一エクスタシーを感じる方法だった。既に三人殺している。

 目的は殺すことそのものではなく刺し貫くこと。

 だから急所は最後まで避け時間をかけてじっくりと貫いていた。二箇所。三箇所。

 血を流すたびに抵抗する力もなくなっていく。

「そろそろくたばるか? それじゃ最後に心臓を」

 大きく振り上げる。ここは路地裏。人目は気にしないで良い。その筈だった。

「お姉ちゃん!?」

 一人の男の子が悲鳴を上げる。

 少年・芳樹はこの女の弟だった。路地裏は自宅への近道。襲われた女としたらむしろ安全なはずであった。

「ちちいっ」

 殺人鬼は目撃者の口封じにかかる。だが強い光が差し込まれる。

「くっ」

 まぶしさに顔をしかめると男の声がする。

「そこで何をしている!?」

 パトロールの警官が路地裏に入る芳樹を見てついてきていた。そこで殺人現場に遭遇。

 殺人鬼は逃亡した。相手は拳銃を持っている。逃げるに限る。


 二人組の警官の一人がその場に残り応援と救急車要請。同時に芳樹の保護。

 もう一人は殺人鬼を追跡していた。

 威嚇射撃を試みようとしたら殺人鬼が痙攣したように立ち止まった。

「うあっ?」

 警官は躊躇せずに接近するが殺人鬼の姿がサメを思わせる形に変る。

「ば、化け物。ア…アマッドネスという奴か?」

 既に警察では情報が行き渡っていたが彼は怪人を見たのは初めてだった。

 そのスキに「アマッドネス」は海へと消えた。


「お姉ちゃん。お姉ちゃん」

 血まみれの姉に駆け寄ろうとする芳樹を警官が止める。

 程なくして救急車が到着したが素人目にも助かるとは思えない出血量だった。










EPISODE36「少年」








 十日たってこの日。一台のバイクが海辺の町に停まった。

 そのプロポーションからバイクスーツ越しに女とわかる。ヘルメットを脱ぐとそれはジャンス。

「見失っちゃったわね。ウォーレン」

(やっぱ空から行きゃよかったかな?)

 たまたま百紀市を離れた時に川沿いでアマッドネスの気配を察知。

 最初は河川敷に敵が潜んでいるかと思ったが、追跡中に状況から川の中と判断。

 空を着いてきていたウォーレンがバイクに変形して追跡していたが、途中で川沿いを離れる必要もあり気配を見失った。

 ウォーレンはカラスを模してもいるため空中を行くロケットモードという形態もあった。

 当前だがやたらに目立つ。

 かといって高度をとれば川の中の相手を感知するのが難しくなる。

 だからバイクだったのだが追いつけなかった。


「ちょっとこの辺りをさぐって見るわ」

(休憩がてら…な)

 敵がいつまでもこの辺りに潜んでいるとは考えにくい。もういないだろうなという思いもあった。

 ウォーレンはその場でカラスの姿に。誰にも見られていない。

 ジャンスも物陰で肩を露出したトロピカルなサマードレスに。海辺のせいかやたらに似合う。

「んー。やっぱライダースーツは暑いわ。これだと涼しくて良いわ」

 風を取り込むべく意図的にスカートをひらひらさせる。

 露骨に見るわけには行かない通行人の男性が文字通り目のやり場に困る。

「ふふっ」

 悪戯をした少女。そんな表情のジャンスはゆっくりと歩き出す。


 歩いていたら海辺の公園で佇む少年。芳樹を見つけた。

 まだ小学生なのだが目前で姉を惨殺されたことで憂いに満ちた表情で海を眺めていた。

 そのムードにジャンスの胸に甘酸っぱいものが醸し出される。

 そして彼女は声を出さずに心の中で「甲高い声」でキャーキャーとミーハーに騒ぎ立てる。

(可愛いーっ。やだもう。なんて可愛い男の子なのかしら)

 元々三人の戦乙女の中では一番女性的。

 さらに既に変身して時間も長いため完全に女性の精神になっていたジャンスは何のためらいも持たずに少年を称えていた。

 さり気なく近寄る。そのとき時計塔の鐘が正午を告げるために鳴り響く。我に帰った芳樹が気配に振り返る。その目が大きく見開かれる。

「……お姉ちゃん?」

「えっ?」

 細かいところを見れば芳樹の姉。美樹とジャンスは似ているわけではない。

 しかし低めの身長。豊かな胸。お下げ。そしてメガネと記号が一致していたのである。

 亡き姉を慕う小学生が幻を見ても無理はなかった。

 涙が一粒二粒零れ落ちる。そして


「お姉ちゃん。お姉ちゃん。お姉ちゃん」

 見ず知らずの少女に抱きついて号泣していた。

「ちょっと? どうしたの? ボク」

 最初こそ驚いたジャンスだが「母性本能」で少年を優しく受け止めていた。


「そう。お姉さんを……」

 成り行きで事情を聞くことになった。だがこれは有効な情報でもあった。

(なるほど。その変質者の魂とアマッドネスの魂が惹かれあったのかもしれないわね。自縛霊みたいな奴らだけどそれを飛び越すくらい強烈な波動が悪の合体を呼んだのかしら?)

 推測の域はでない。そもそも怪人と化した経緯はこの時点ではどうでもよかった。

「うん」

 また泣きそうになる。無理もない。目の前で姉を惨殺されたのだ。

 むしろ精神状態を保っていられることの方が脅威である。

(かわいそうに。この子の姉はアマッドネスの直接の被害者だけど、敵はこの子や家族の心も切り刻んで癒えない傷をつけたのね)

 同情? むしろ敵に対する怒りを刺激された。

「ごめんなさい。知らない人に」

 涙を手で拭う。小さいけれど「男のプライド」。女の子の前で泣くまいとするのがいじらしい。

「いいのよ」

 少年はこの言葉を「赦された」と思った。実は違う。「許された」のだ。

「たまには男の子も泣いたっていいわよ」

「ぼく泣きません。泣いたらお姉ちゃんに笑われます」

 健気だった。実際は笑うのではなくて表情が曇るのであろう。

 本来は男であるジャンスにはその「意地」が理解できるし、今の女の身である彼女には死んだという姉の「弟を思う愛情」も理解出来た。


「ぼく新山芳樹です」

 ここでやっと名乗ることを思い出した少年は自分の名を告げる。

「芳樹君ね。よろしく。あたしは…」

 隠す理由もない。ジャンスという名がまずければ本名の押川順でも女の名で通じる。

 あるいは適当な女性名でもいい。そのくらいの機転は利く。

 だが「彼女」はあえてどれでもないことをした。

「『お姉ちゃん』よ。今日一日あなたのお姉ちゃん」

 「お姉ちゃん」として女扱いされたかった。

 あるいは少年・芳樹に同情して亡き姉の代わりを努める。

 そんな気持ちが混じった宣言だった。

 ここで消えたアマッドネスとの関連性も無視出来なかった。

 だから張り込みと護衛をかねてもいた。


(いた。あのガキだ。あの時は暗かったがそれでもわかる)

「男」が近寄る。真昼間だが関係ない。今はもうこそこそする必要のない力を得たのだ。

 警察官どころか自衛隊が相手でも平気な自信があった。

 だから小柄な少女がついていてもついでに殺してやるつもりであった。


「すいませーん」

 ワイシャツ姿にカバンの男が笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。

 イメージとしては普通にサラリーマンだ。

「はい。なんでしょう?」

 きょとんとした表情のジャンスが毒気のない声で応じる。

「今、何時ですか?」

 半そでのワイシャツから露出する腕には何もない。

 近年ケータイを腕時計代わりにしている人物も多く、バッテリー切れは珍しくもない事態だ。

「ああ。えーとですね」

 ジャンスは左手を覗き込む。それを見計らって「男」はカバンに隠したナイフを取り出す。

「ああ!?」

 芳樹が怯えた声を上げるときにはジャンスの手に弓が出現していた。

 そして振り下ろした腕の手首に攻撃と防御をかねて当てた。

「ぐあっ」

 細い部分にカウンター気味に当たればたまらない。「男」は思わずナイフを落としてしまう。

「お馬鹿さん。あたしの視線を下に向けるために時間を聞いたんでしょうけど、時計ならあんな大きいのがあるでしょ? それにサラリーマンというなら会議かなんかの席でいちいちケータイで時間を確認なんてしてられないでしょ?」

 いかにも名推理だが、たまたま通りすがりなら時報を聞いてなくて時計塔の存在を知らない可能性はあるし、会議室に時計があれば腕時計がなくても不便はない。

 つまりジャンスのはったりだった。相手がミスと思えばよし。精神的に追い込める。

「くくくく。失敗だったな」

 あっさり認めた。

「やはり小細工はやめるか。この力があれば無用というもの」

 ミスも何もナイフを振り上げたのだ。隠す気なんてとうにない。

 「男」は足を広げた体勢で気合を入れる。その姿が異形に転じる。

 手足が生えた二足歩行のサメ。それも両目が左右に飛び出たハンマーヘッドだ。


「きゃーっっっ」

 突如現れたサメの怪人に昼下がりの公園はパニックに陥る。逃げ惑う人々。

 芳樹も恐くてたまらなかったが、この落ち着き払ったジャンスの態度に安心感を抱いて落ち着けた。

「まぁ。なんて醜いのかしら」

 ジャンスがこんな言い方をするのはまれである。

 無差別に女を殺す殺人鬼の邪悪な魂を反映させた姿に心の底から嫌悪感を抱いていた。

 遠慮のいる相手ではない。挑発の意味でもある。

「ほざけ。あたしはそのガキを始末する。そいつのせいであたしは人間をやめる羽目になったんだからな。コイツはけじめだ」

 いいがかりである。そもそもアマッドネスの力を誇ってすらいたのだから。

 無論無差別殺人を犯すものにまともな理屈が通用するとも思えなかったが。

「けじめというなら死んでつけたら? なんならあたしが手伝ってあげるわよ」

 ここに直接の被害者がいるせいかかなり好戦的である。ここまでストレートに怒りを表すのも彼女にしては珍しい。

「小娘。お前が死ね」

 ハンマーヘッドアマッドネスは飛び掛る。だが

「キャストオフ」

「ギャッ」

 バラバラに飛散するジャンパースカートの破片に吹き飛ばされるシュモクザメ。

 立ち上がろうとしたら銃が目に入った。

「観念しなさい。この子のお姉さんの分。そしてたぶん他にも殺めたであろう人たちの魂に侘びるといいわ」

 先ほどの姿と一変。いわゆるツインテールはともかく、こんな海辺の町では中々お目にかかれないメイドさんが「上から目線」で言う。

 だがハンマーヘッドは聞いていなかった。それに反省などするくらいなら怪物にまで身をおとすこともなかっただろう。

 異形は自分の思い通りのならない少女の正体に思いがたどり着く。

「変身した? 貴様。やはり戦乙女か?」

「ビンゴ。景品はこれよ」

 即座に左右の銃を乱射する。大きな的である腹部を狙う。狙いが粗くても動きを止めるのが先決。だが

「……ウソ?」

 ハンマーヘッドはその皮膚で全ての弾丸をはじいたのだ。

 鋼鉄のように撥ねてはいない。だが硬くて弾力のある皮膚が防弾チョッキのように弾丸を通さない。

 物理的ではなく魔力でさえはじくようだ。

「それなら」

 彼女は黒いリボルバーを真っ直ぐにするとピンクのオートマチックの銃口にジョイントした。

 ガトリングの完成と同時に彼女の姿もメイド服からゴスロリへと変化する。

 髪型もツインテールからボブカットへと。頭の上にはネコミミカチューシャが鎮座。

 ロリータフォームと彼女の呼ぶ黒い少女は、可憐な見かけと裏腹の荒っぽい攻撃をした。

 雨あられと弾丸を撃ち込む。しかし

「無駄だ。いくら量を増やしてもな」

 まったく傷一つつけていない。

「だったら」

 ガトリングを外して逆に付け替える。リボルバーの銃口にのばしたオートマチックを銃身としてジョイント。

 ライフル銃に変化する。彼女自身もピンクのワンピース。ツインテールの上にさらに白いうさぎの耳。アリスフォームへと変る。

 狙いは一つ。外皮に守られていない口の中。

 だがこのフォームは極度に神経を使うため30秒しか維持できない。連射は難しかった。

(一撃で)

 すぐさま構え、即座に狙いをつけトリガーを引く。

 銃弾の形をした魔力は真っ直ぐにサメの口を目指す。

 瞬時に口を閉じるハンマーヘッド。だが唇は閉じず歯を見せたままだ。

 狙いは正確。口には喉には届かなかったが歯に命中。

(まだ間に合うわ。もう一発)

 限界ぎりぎりでその開いた隙間に銃弾をねじ込もうとする。

 正確無比な狙撃可能なフォームだ。そのくらいできる。

 だがハンマーヘッドは口を閉じたまま残りの歯を吹き飛ばした。

「きゃあっ」

 こちらは乱射という形だがそれでも怯むには充分だ。

 そして限界時間がすぎて強制的にエンジェルフォームへと戻されるジャンス。

 歯の全て抜けたハンマーヘッド。それが即座に再生される。

(そう言えばサメは一本でも歯が欠けると全部まとめて入れ替わるって何かで読んだわ…アイツの場合それが散弾として使えるほどの勢いというわけね。だからわざわざ歯だけ見せていた…)

「ふふふ…んっ!?」

 勝ち誇りジャンスにとどめを刺すべくゆっくりと歩み寄っていたハンマーヘッドだが突然真後ろを向いた。

「?」

 この状態で敵に背を? サメの怪人の視線をジャンスが辿るとそこには転んだ幼女がいた。

 膝をすりむいて泣いている。

「ふふふふ。血。生き血だ」

 サメの特質を持つゆえか? 血に餓えた殺人鬼ゆえか?

 とどめを放り出して僅かな鮮血を求めて背を見せた。そんなチャンスを逃すジャンスではない。

(恨むならその呪われた性質を恨むことね)

 矢を敵のかかと目掛けて放った。狙いを外さず貫く。

「ぎゃっ」

 文字通りアキレス腱。無防備に背を向けたから。そしてその背中に銃弾が効かないからの選択だった。

 さすがにそこは皮膚が薄くダメージがあった。

 足をやられただけに戦闘を放棄。陸をジャンプして逃げ海へと飛び込んだ。


 ひとまずは殺人鬼の脅威は去った。だが足に重力の負担をかけない海中で傷を、それも短時間で癒すのは目に見えている。

「大丈夫? お嬢ちゃん」

 ジャンスはしゃがんで幼女を助け起こすとすぐさまに逃がす。

 立ち去ったのを見届けてからよく通るが優しい声で芳樹とウォーレンに告げる。

 敵の狙いは芳樹。そして人が大勢いるところだと巻き添えが恐い。場所を変えようと思い立つ。

「とりあえずここから動くわ。ウォーレン」

「あいよ」

 舞い降りながらカラスはバイクに変化。

「芳樹くんも乗って」

「うん」

 少年をまたがらせる。

 ジャンスは何を思ったか殺人鬼の落としたナイフを拾いバイクのタンクに見せかけてある部分にしまいこむ。

 芳樹を抱きかかえるようにして乗っている。運転はウォーレンに任せる。ジャンスは少年が振り落とされないように走っている間ずっと抱き締めていた。

 芳樹はこんな事態であるというのに亡き姉を思い出して涙ぐんでいた。


 寂れた船着場。ジャンスたちはそこにいた。

 既に人間体の顔は覚えた。しかし相手はどこから来るかわからない。

 ウォーレンが上空で見張りをしている。だが敵は海がテリトリー。そこまでは感知できない。

「お姉ちゃん。これからどうするの? またあいつが来たら」

 不安そうな少年。無理もない。いくら男の子でもこんな異常な体験はたまらない。

 手には殺人鬼の残した凶器である登山ナイフ。気休めだが護身用に持たせるべく拾っていた。

「大丈夫よ。あたしがやっつけるから」

 ジャンスは優しくにっこりと微笑む。

「でもアイツがまた来るまでずっと待つの?」

「呼び寄せるわ」

 ジャンスにしても持久戦は真っ平だった。

 敵はこの少年を付けねらうだろう。出来るだけ速やかに倒さねばならない。

(ウォーレン。敵が後ろから来たら教えてね)

 翼持つ従者に指示を送る。そして静かにメイド姿へと転じた。

 左の太ももを覆うニーソックスをずらして太ももを露出させる。小学生には刺激が強すぎた。赤くなる。

 ジャンスはくすっと笑う。いい感じに緊張感が解けた。

「芳樹君。それをちょっとだけ貸してくれる?」

 手にしたナイフを渡すように頼む。持ちなれていない少年は深く考えずジャンスに手渡した。

「ありがと。それからちょっとだけあっち向いててくれる?」

 芳樹はジャンスが何か男の目があると困ることをすると思い、素直に後ろを向く。見張りのつもりでもあった。

 しかし何か変なにおいを感じ取る。潮の香りでない。生臭い。

 約束を破って振り返るとジャンスの左足から血が流れ出ていた。右手には血に染まるナイフ。

「お姉ちゃん!?」

「こらぁ。約束破ったなぁ。着替えていたらどうすんのよ?」

 笑顔がむしろ痛々しい。

「何してんの? 自分でやったの?」

 少年は混乱している。

「あの時…あのサメのアマッドネスはあたしへのとどめをやめてまで転んだ女の子の血に反応した。これはどうしようもない本能的な物みたい」

 ジャンスの顔色が青くなっていく。

「これだけ流れていれば例え罠と頭で理解しても絶対来るわ。そこを仕留める」

 喋ってないと気を失いそうだったから普段より口数が多くなる。

「うふふふ。それにしても戦いに身を投じた以上、敵に傷つけられるのは覚悟していたけどまさか自分でやると思わなかったわ」

 傷口自体は小さい。他のフォームに転ずれば「リロード」されてすぐに消えるだろう。

 しかし血を流したダメージはそうは行かない。長ければ長いほどダメージが蓄積する。


 海の中。銃弾の届かぬ場所でハンマーヘッドアマッドネスは傷の回復を待っていた。

(くそう。あの女。今度逢ったら生き血を全部すすってくれる。そう。こんな感じの匂い……)

 足のダメージも忘れて泳ぎだす殺人鬼だった怪人。

(なんていい匂いだ。若い女の生き血の匂い。ああ。たまらん)

 サメの特性。殺人鬼の性癖のベクトルが一致していた。

 その脳ミソを占める思いはもっとこの匂いをかぎたいという思いだけ。

 知らずにおびき出されていた。


(来た!)

 大雑把だがアマッドネスを感知した時のシグナルが出た。

 ジャンスは超変身をする。超感覚を持つアリスフォームだ。

 まずは敵の位置を掴む。そのためだ。

 しかし鋭敏になった触覚が痛覚にも比例したのか、ふさがったはずの傷の痛みが倍加して思わずよろける。

「危ない」

 咄嗟に支えたのは芳樹だった。

 その小さな腕で健気にジャンスを支えるいじらしさ。そして小さくても男の子らしい振る舞いにジャンスは母のような姉のような笑みが出る。

「ありがとう。そのままあたしを支えていて」

 小さな男の子は無言で頷いた。


(生き血! 生き血! 生き血!)

 思考とも呼べない思いが渦巻くハンマーヘッド。

 ついに源流ともいうべき場所にたどり着いた。

(もっと! もっと! もっと!)

 もはや他に頭が回らない。勢い余って海面を飛び出した。

 そこにはジャンスが待ち構えていた。

 照準が自分の顔に合っているのは感覚で理解出来た。咄嗟に口を閉じる。

 ジャンスは構わず「歯を狙って」撃った。

 そしてロリータフォームへと超変身。

 同時にハンマーヘッドの歯が新しいものと入れ替わるために一度全部吹っ飛んだ。

 つまり体内を守る歯がない。

 そこに荒っぽいジャンスの乱射が見舞われる。それが敵の歯の散弾をブロック。

 同時に僅かな隙間を目掛けて銃弾が飛び込んでいく。

 飛び込んだ銃弾はサメの体内で暴れまわり臓器を破壊する。

「ぐはぁ」

 皮肉にも自分自身の血で口の中を満たしてハンマーヘッドアマッドネスは力なく海へと落ちていく。

 派手な水柱が上がる。爆発したのだ。

 ジャンスは力を使い果たして強制的にエンジェルフォームに。そしてへたり込む。

「……ウォーレン。助けてあげて」

 分離してしまえばただの人間だ。

「ああ。だが俺たちが言うのもなんだが、そのまま死んだ方が楽かもな」

 邪念を取り除かれて一時的でも聖人のようになってしまう元・アマッドネス。

 殺人鬼がその状態に陥るということは激しい罪の意識に見舞われるのを意味していた。

 この後は罪を悔いながらの一生だろう。

 出頭してみずから裁かれようにも性別が変っているのだ。皮肉にも逮捕されることはない。


 まだ芳樹はジャンスを抱き締めたままだ。固まってしまっている。

「がんばったわね。芳樹くん」

 ジャンスを離すまいと抱き締めていたのだ。

「もう……もう嫌だもん。お姉ちゃんにまた死なれるのは」

 彼なりに戦っていたのだ。

「あたしは大丈夫よ。でも…もうちょっとこうしていたいな」

 血を流しすぎて回復に時間のいるのもある。

 そしてギュッと抱きしめられることに、思っていた以上の安らぎを覚えるジャンス。

「お姉ちゃん…」

 亡き姉の面影が重なる。彼はより強く抱き締める。

 その行為でジャンスは姉の気持ちと母の気持ちを同時に感じていた。

 それはまさに女ならでは。

 彼女にとって至福の時間だった。


 冷たい風が吹く。夏ももう終わると告げていた。

次回予告


「ふふふふ。喜べ。お前ら役立たずどもがやっとクイーンのお役に立てるというわけだ」

 

「高岩ぁ。俺は前から貴様を斬りたくて仕方なかった。アマッドネスを壊滅させるまでは利用してやるつもりだったが今日はなんだか我慢できん」


「闇にうまれし者は闇に帰れ。闇にうまれし者は闇に帰れ」

 

「我が名はスズ。かつては大賢者と呼ばれたもの。そして今はアマッドネスを阻むもの」


EPISODE37「魔笛」

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