友達と
三題噺もどき―よんひゃくろくじゅうろく。
名前を呼ばれて、はたと気づいた。
「……」
いけない。
ぼうっとしていた。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
そう返事を返すと、何かに満足したのか手元の携帯に視線を落とした。
私はそんな気にもなれないので、視線を移す。
「……」
窓際の椅子に座り、2人で向き合っている。
目の前に座っているのは、見知った顔。
中学からの同級生で、最近、実は幼稚園も同じところに通っていたと言うことが発覚した。
―私が、勝手に煩っている友達。
「……」
その友達と、最近できたと言うカフェに来ていたのだ。
水族館がテーマということで、中央にはカフェにしては大き目の水槽があったりする。
そこまで大きな魚は見当たらないが、色彩豊かな魚たちがひらひらと泳いでいる。
「……」
少し視線を外せば、外が見えて、車が走っていたり、人が歩いてたりするものだから。
不思議な感覚に襲われるのは私だけだろうか。
中と外の空間の違いが大きすぎると、なんとなくふわふわとしてしまう。映画館に行った後とかもよくこんな風になる。
「……」
まぁ、そもそも。
彼女と遊ぶときは、いつだって夢見心地だと言ってもいいぐらいなんだ。
そのうえ、今回はあまりにも久しぶりすぎて……お互い社会人になってからはこんな機会はそうそうなかった。仕事の関係上、お互いの休みが合うこともそうそうなく、年が明けてからは私が色々と崩していたから、連絡も疎遠になっていたのだ。
それがようやく安定してきて、数日前彼女の誕生日だったのもあって連絡をしたところ、一緒に出掛けようとなったのだ。
「……」
それなりの年数一緒にいるが、気持ちに気づいてからは、どうしても浮ついていけない。
なんとなく、平静を保っているつもりではいるんだけど……なにせ彼女には彼氏がいるし。
何人目の彼氏かは……まぁ。うん。
「……」
こうして遊びに行く先は、彼女からしたら彼氏と行く前のロケハン的な感じなんだろう。大抵、デートスポットと呼ばれるところに行くからな。周りはカップルがやけに多いからなここも。そのせいで、更に浮つくのだから現金な奴なのかもしれないな、私も。
内心デートだぁ……なんて思って浮かれるんだもの。
「……」
視線を目の前に戻し、携帯をいじる彼女を見る。
何をしているのかと思えば、どうやら彼氏から連絡が来たようだ。
なにか一生懸命返信している。打つのが遅いんだよねぇ、と気にしていたが、そうでもない。普通に早い……。
「……」
携帯は透明のカバーに包まれており、背面にはお気に入りのステッカーが入っている。
下の方にはキーホルダーが揺れていて、それは一昨年あたりに一緒に行った水族館で買ったお揃いのモノ。……その隣にこの間彼氏とも行ったんだと見せられたのが揺れている。
私とお揃いのものよりは小さいけど。
「お待たせしましたぁ」
ジワリと、毒が広がりだした矢先に。
別の声が入り込んだ。
顔を上げると、スタッフが立っており、その手にはトレーが置かれていた。
「海洋タルトのドリンクセットふたつ、ですね」
そういいながら、それぞれの目の前に置かれたのは小さなタルト。
ゼリータルト……らしい。水色のゼリーがキラキラと海そのもののように輝いている。色のせいで食欲は掻き立てられないが、目の保養には持って来いな感じがする。
「……」
ドリンクはそれぞれ、コーヒーと限定ドリンク。
彼女の前に置かれた限定ドリンクは、水色の液体の中に、炭酸の泡がふわふわと浮いている。その上に、魚をモチーフにした飾りが浮かんでいる。
「「ありがとうございます」」
「はぁい、ごゆっくりどうぞぉ」
……やけにのんびりした店員さんだ。その話し方とは裏腹に、動きがてきぱきしているから、ギャップがすごい。注文を取りに行ったり、運んだり。他の誰よりも動いている。すごいな。正直、飲食店のスタッフってだけで、尊敬を覚えるのに。
「……食べないの?」
「ぁ、食べる。写真もういい?」
「あと一枚……」
ん。なんだか少々不機嫌にみえるんだが。
何かがお気に召さなかったかな。
あぁ、私の手が入ってしまうのか。
「……む」
「ん?」
「なんでもない、ありがと」
「ん、はい」
フォークを手渡し、自分の分も皿に置く。
私も一枚だけ、写真を撮り、今度甥っ子も連れてきてあげようかな…とぼんやりと思う。こういうスイーツだけではなく、ランチもしているようだから、お子様セットもあるし。
「そういえば、妹ちゃんは元気?」
「ん?ん。元気だよ」
それから、他愛もない話をした。
最近の事とか、家族の事とか。
彼氏の愚痴もたくさん聞いたりして。
久しぶりの、彼女との面と向かっての会話は、とても楽しかった。
これからは、こうして会う機会が増えればいいけどな。
お題:水族館・タルト・椅子