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思い出

 いつも通り、目覚まし時計にたたき起こされる。時間は午前9時。大学生の夏休みにしては上出来だ、などと思いながら、俺はまず近くのメモ帳を手に取った。覚えているうちに夢の内容を記録するためだ。


 昨日はなぜか人生ゲームで遊んでしまって失敗したが、次夢に出てきたら必ず正体を暴いてやる。俺はそう心に誓った。


 正直なところ、ハシヅメユメカが夢に出てきてから、俺は少し、いやかなりワクワクしている。こんな気持ちになったのはいつ以来だろうか。俺は彼女の正体をいろいろと考察した。


 例えば、ハシヅメユメカという人物と本当に知り合いで、俺が忘れてしまっているのを、深層心理の俺が思い出させようとしているのではないか。もしくは、ハシヅメユメカは幽霊か何かで、俺に取り付いていたずらしているのではないか。あるいは、ハシヅメユメカというのはいわゆる都市伝説で、夢に出てきたらやばい系のあれなのではないか、など。


 幽霊だの都市伝説だのは非科学的だが、正直そちらのほうが俺はうれしかった。俺はずっと、非日常が欲しかったんだな、とふと気づく。サークル活動もろくにやらず、友達も少なく、最近はただバイト先と自室を往復するだけの毎日だった。勉強も遊びもなんだか身が入らず、時々周りを散歩し、基本的には自室で動画視聴したりSNSを見たりして寝るだけ。


 そんなだったから、あの日から、俺の脳内はハシヅメユメカのことで埋め尽くされた。おそらくそれは、ただ夢に出てきた謎の人物の正体が気になるから、という理由だけではない。昨日はっきりと見た彼女の容姿が、なぜか俺の記憶の中に鮮明に残っているのである。頭から指先まで、まるで人形のように美しかった。もし俺がハシヅメユメカと現実でも知り合いだというなら、お近づきにならない理由はないだろう。


 とにかく、何か彼女に関する手掛かりがないとユメカとの関係の進展もあり得ない。今日中に何か思い出せるといいな、などと考えながら、重い足を引きずってバイトに向かった。




 バイトを終えて帰ると大体いつも夜10時頃。それから夕食を適当に済ませてだらだらゲームして、結局寝る時間は深夜2時くらいだったりする。だが、今日は夕食後、ゲーム機に触れもせずさっさと風呂に入って寝る準備をした。日付が変わる前に寝られたのはいつぶりだろうか。それくらい今日は寝ることが楽しみで仕方なかった。


 これを機に朝方の健康的な生活リズムに変えるべきかもしれない。そんなことを考えながら、俺の意識は落ちていった。





「やっほー。今日こそ思い出してくれたかな、優くん」


 今度の場所は俺の部屋だった。ベッドに腰かけて、不敵な笑みを浮かべている。


「いや、知らない。俺の知り合いにハシヅメユメカっていう子はいないと思う」


 俺は少々素っ気なく返した。ユメカは不満げに頬を膨らませる。


「ふん、思い出してくれないならいいもん。じゃあ、今日も一緒に遊ぼ!」


「ちょっと待ってくれ。俺もまず聞きたいことあんだけど」


 腕を引いてどこかへ連れて行こうとするユメカを、俺はとっさに引き留める。


「あ、もしかして、何か思い出してくれた?」


「や、それはまだだけど……。まずさ、その、ユメカは俺と会ったことがあるのか?」


「もちろん、会ったことあるよ。なんなら、一緒に遊んだことも。あのときはすっごく楽しかったなあ」


 嬉しそうに思い出に浸る彼女を見て、俺はなんだか申し訳ない気持ちになった。記憶力がそこまで悪いわけじゃないのだが、全く思い出せない。そもそもユメカの話が真実がどうかもまだわからないのだが。


「……ごめん、やっぱわかんないや。じゃあ、いつどこでどんな風に出会って、俺と何して遊んだか、詳しく教えてくれないか?」


 そう尋ねると、ユメカは一瞬ハッとして、少し悩んだ後、こう答えた。


「それは私の口からは言えないかな。だって、私が全部教えちゃったら、君の本当の記憶が私からの説明で脚色されることになっちゃうから。優くんには、あの日私と遊んだ時のそのままの記憶を持っててほしいんだよね」


 だからないしょ、とユメカは口元に人差し指を立てた。よくわからないが、どうやら俺自身に思い出してほしいらしい。まあ、教えてくれないならそれでもかまわない。自分で真相を探る楽しさもあるし。


「あ、でもさ、これだけは知っておいてほしいんだ。優くんとの思い出は、今でもずっと、私の宝物だってこと。たとえ君が忘れてしまっていてもね」


 そう言って彼女は微笑む。その笑顔はやはりどこか寂しそうだった。


 俺はいったい何を忘れてしまったんだろうか。今はまだ見当もつかない。しかし、ハシヅメユメカという少女との出会いから何かが始まる予感が、止まっていた時間が動き出し始める感覚が、確かにそこにあった。

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