「ハシヅメユメカ」
突然だが、夢に知らない人物が出てきたことはあるだろうか。
夢というのは、得てして荒唐無稽なものであり、何の脈絡もなく場面転換したり、知り合いや家族、あるいはアニメの登場人物なんかが急に出てきたり、とにかく予想外なものである。深層心理と関係している、という話もあるが、実際は夢についてはまだよくわかっていないそうだ。
……などと書かれているPCのスクリーンを、俺は眠たい目をこすりながら眺めている。今日は寝る前に、夢についていろいろと調べておこうと思ったのだ。
きっかけは昨日見た夢である。夢の中の記憶なので、もやがかかってしまっていて詳しくは思い出せないのだが、「ハシヅメユメカ」を名乗る人物が現れたこと、彼女が俺に、自身のことを覚えているかどうかしきりに聞いてきたことだけははっきりと記憶にある。
ただ、俺はそのハシヅメユメカという人物の名前に全く心当たりはない。かすかに記憶に残る彼女の容姿も、見たことのない人物のもので間違いなかった。
俺は今朝そんな夢を見てからハシヅメユメカについて気になり、いろんな人に尋ねた。両親、弟、バイト先の先輩、同級生……。ただ、その誰もが、そんな人物は知らないと口を揃えて言った。といっても、夏休みで引きこもりがちな自堕落大学生の俺には大した人脈もないので、そもそも女の子の知り合いなんてほとんどいない。
夢に出てくる見知らぬ少女。もしかしたら幽霊的な何かかもしれない。そう考えると少し怖くもあるが、一日中暇してる限界大学生の俺にとってはちょうどいい刺激だった。ここまで何かに好奇心をもって行動したのは久しぶりだ。結局その日一日は、ハシヅメユメカのことについていろいろと調べまわったが、特に有力な情報は得られなかった。
やはり、もし今日も出てきたらいろいろと質問するしかない。PCを閉じた俺は、ベッドに横になって目を瞑る。とにかく、今日の夢次第だ。
今日も出てきますように、と祈るうちに、いつの間にか俺の意識は落ちていった。
「こんばんは、優くん」
そう言って俺に手を振るのは、昨日も夢に出てきた「ハシヅメユメカ」と名乗る少女だ。今日はどこの学校かも分からない制服を着て、どこかも知らない教室っぽい場所に二人きりらしい。この時点で、俺は何となくここが夢なんだと察する。昨日は起きなかったこの現象、白昼夢というやつだ。
少女は少し恥ずかし気に、机に腰かけてこちらを見つめている。そういえば昨日も俺の名前を呼んでいた気がする。
「こんばんは。ハシヅメユメカさん、だっけ」
「わあ、私のこと、思い出してくれたの?」
ユメカは嬉しそうにそう答える。
「いや、やっぱり君のことは知らなかったよ。ただ、昨日君が名前を言ってくれたから、それは覚えた」
「そっかあ。……まあいいや、なら、今から私のこと、ちゃんと覚えてね」
そう言ってユメカは下手くそなウインクをする。その風貌は黒髪ストレートのザ・和風美人といった感じだが、顔つきや行動、声色などからは少し幼さも感じられる。
昨日は会話はほとんどできなかったから、今日は色々と聞かなければ。まずは彼女の容姿から何か思い出せるか確かめよう。そう意気込んだ俺は早速ユメカに詰め寄った。
「ちょ、ちょっと優くん!距離が近いよ。ほら、そういうのは段階を踏んでから、ね」
ユメカは顔を真っ赤にしてそんなことを言う。彼女が何を想像しているのかは知らないが、俺は彼女の近くで全身をくまなく観察する。現実でやったらセクハラ認定されそうだが、夢だしいいだろう。
しかし、どれだけよく見てもやはり正体はわからない。ただ、ものすごい美人だということだけはよくわかった。
「ほ、ほら、気が済んだら、いろいろ遊ぼうよ。遊んでるうちに、私のこと思い出すかもしれないでしょ?」
いつの間にか俺から遠ざかっていたユメカがそう言うと、周りの景色があっという間に変わる。和室のような空間の中に、懐かしの人生ゲームが置かれている。いつの間にか、俺とユメカの服装も普通のTシャツ姿に変わってしまっていた。
「今日は、これで遊びましょう」
ユメカはそう言って畳に座る。いつの間にか二人分の車と所持金が用意されていた。
「い、いや、俺はそれよりも聞きたいことが……」
「ほら、早く!」
そう言ってユメカは俺の手を引き、強引に座らせた。どうやら人生ゲームをやるしかないらしい。
二人でさいころを振って、自分の車を進めてゆく。ユメカはなかなか強かった。お金をもらえるマスに止まるたびに、ユメカの周りに大金が現れた。現金でやる人生ゲームというのが斬新で、しかも内容も夢の中だからかなかなか荒唐無稽なものが多く、正直かなり面白い。俺もユメカも子供のようにゲームを楽しんでいた。
「やったー、一番乗り!」
俺より先にゴールしたユメカは、両手を上げて喜んだ。周りの大金が宙を舞う。俺も彼女についていろいろ質問するという当初の目的を忘れ、すっかりゲームに夢中になっていた。さあ最後の一手だと、俺がルーレットを回したその瞬間、
ジリリリリ、と、目覚まし時計の音が鳴り響いた。