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忠犬の絆

作者: 目262

 近所に住んでいた、有名な犬のトレーナーが先日病没した。競技会で優勝を重ね、長年多くの犬の訓練をしてきただけに、顧客である飼い主たちはその死を悼んだが、本人の意向で家族葬のみが行われ、後日お別れ会を開くことになった。私の飼い犬も彼に訓練を受けており、何よりも普段から親しくしていたので、参加することにした。

 晴天に恵まれ、霊園近くにあるセレモニーホールには愛犬を連れた多くの参加者が足を運んだ。寡婦となった主催者の周りには来客たちが集まり、お悔やみと感謝の言葉を送っている。その脇には故人と共に数々の競技会を戦ったボーダー・コリーが、彼女を守るように腰を落としていた。私も愛犬のコーギーを伴って挨拶を済ませ、和やかな雰囲気で故人を偲んだ。程なくして会は終わり、その後は希望者が霊園内の墓を訪れることになった。高齢者の夫人は私の車に同乗してもらい、短いドライブをする。夫人の指示に従い私の車が先導する形で車列が霊園に入った時に、奇妙なことが起こった。

 後部座席で夫人と共に座っていたボーダー・コリーがぴんと耳を立てて、そわそわした様子で動き出した。コーギーも同様だ。二頭は、ある方向に頭を向けてしきりに吠え始める。故人の墓に近い駐車場に停車するや否や、開いたドアから犬たちは飛び出して、矢のように駆け始めた。何が起きたのかわからず、私はその後を懸命に追う。背後では他の車からも同じように犬たちが飼い主を置いて走り出し、私を追い抜いて行った。

 汗だくで漸く犬たちに追い付いた私の目には、1つの墓標の前で一様に待ての姿勢で佇む彼らの姿があった。墓碑銘には故人の名が刻まれていた。

 他の飼い主たちと共に後から追い付いた夫人は驚愕の声を上げる。

「そんな!あの子、ここに来るのは初めてなのに!」

 彼女の言葉に当然、参加者たちも驚いた。

「どうして先生の墓がわかったんだ?」

「先生の匂いを辿ったのか?」

「火葬ですよ?いくらなんでも匂いなんか残ってないでしょう」

 疑問を口にする飼い主たちの中で、中年の女が大声で言った。

「絆よ!先生と犬たちとの間の絆が、あの子たちをここに導いたのよ!」

 一同は感嘆の声を上げる。肩を震わせてハンカチを目に当てる者も多い。一番にここに辿り着いたボーダー・コリーのことを皆が讃えた。

「まさしく忠犬だ!」

「先生も満足していることだろう!」

 深い感動にその場が包まれた。しかし私は、夫人だけが青ざめた顔で犬たちを見渡していることに気付く。私はゆっくりと彼女に近付くと、誰にも聞こえないように小声で囁いた。

「どうしたんです?気になることでも?」

 私の問いに夫人は少し躊躇いの表情でいたが、やがて小声で返した。

「この雰囲気を壊したくないから、内緒にしておいてください。実は夫は、お預かりした犬には厳しく接していました。飼い主さんだけに懐くようにするためでもありましたが、飽くまでも仕事と割りきっていたのです。あのボーダー・コリーだって、競技会で優勝して自分の名を上げるために訓練していただけで、餌やりや日頃の世話は私がやっていました。あの子の飼い主は私です。夫ではありません。そんな彼と、犬たちに特別な絆があったとは、どうしても考えられない……」

「そうだったんですか!ではしかし、犬たちは何故この墓がわかったんでしょう?」

「……お墓の場所がわかったのではありません。ここに納骨する時に、私はある物を一緒にお墓に入れました。彼が愛用していた犬笛です」

 犬笛とは、人間の可聴域より高い超音波を出す笛である。犬だけに聴こえるその笛は、しばしば訓練に使われる。私の顔も夫人同様に青ざめていく。

「そうです。彼がその笛を吹いて、あの犬たちは訓練されたのです。呼び集められ、命令されていたのです」

 ボーダー・コリーも、コーギーも、他の数十の犬たちも、待ての姿勢のままで微動だにしない。トレーナーの墓を真っ直ぐに見つめる彼らは、次の命令を待っているかのようだった。

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