65 ぴんく
土下座します。申し訳ございませんでした。
水面に浮かぶ生首と肢体。そして巨大なうさぎと気絶する少女。なんなら前歯が欠けた男もそこには居る…いや、居たというのが正しいだろう。
既に彼の前歯は生え揃っている。さすが精鋭揃いのアルカナム王国で、本来ならば王族警護を任されている騎士だ。欠けた前歯くらい一瞬で完治させる治癒薬くらい持っている。あとは解毒剤も少々に、無論毒薬もある。しかし、毒薬とは一見すると判らない類のアレである。混ぜると危険!毒になるというアレである。身近なところだと塩素系洗剤と、酸性洗剤は絶対混ぜたらダメだ。最悪死ぬからね。
「ひとまず悠真様とは合流出来ているようで僥倖です。………煉様は…いらっしゃらないのでしょうか?」
「「「………。」」」
ハクラのその発言に、その場の3人は黙るしか無い。
1人で勝手に突っ走っていった野乃葉タイプのバ……猪突猛進は、都市全体に響き渡るほどの「悠真ぁぁぁ!!!優輝ぃぃ!!何処だぁぁぁ!!!」という叫び声を上げて走り回っていたものの、途中からその声も遠くなり、とうとう聞こえなくなった。…本当にどこまで行ったのだろうか?
優輝と合流出来ていることを祈るばかりである。
「1人戻ったら1人消える。人生っつーのはままならねぇモンだよなァ。」
「あんたが戦犯だからね?あんたが。」
「ところで来たのはハクラさん1人だけなのー?他の人たちは一緒じゃ無いよね?」
時と場合を選ばない悠真の小ボケと麗のツッコミ、それらに一切関わらない自由人たる野乃葉の言葉。お母さんは大変だ。実際子供も居る既婚者のハクラだが、彼女の子供たちはここまで自由奔放では無い。しかし、逆に言えばこんなヤバい状況でもここまで通常運転で喋ってるのは良いことなのかもしれない。或いは狂ってるのかもしれない。
「…はい、野乃葉様。この場に来たのは私1人です。他の者たちとは連絡が取れておらず…持ち場にも向かいましたが、発見出来ませんでした。」
「発見?」
「…あン?発見出来ない??」
野乃葉の無邪気な問いに対し、何故か暗い顔でそう答えたハクラ。しかし、3人が頭をほんの一瞬捻っても、その意味が理解出来ない。
それは、3人がこの異常事態に対しても、特に実害を受けていないからだろう。円香が気絶して倒れた以外だと、悠真が鼻と前歯を折ったとか、その程度の被害である。いや、実害が出そうになる前に逃げたのだからそりゃそうだろうというのはあるのだが…。
「そういや……ここに来るまでに誰も見てねェな。」
「あ、そういえばそうね。」
発見出来なかったというのは、その姿を見つけることが出来なかったということ。持ち場を指定し、交代で都市全体を見張らせていたのは、"いつ、何が起きても"すぐに状況を把握出来るように、だ。
今回の場合は、最悪に限りなく近い形でその異変が判明してしまった。
「…恐らく、私の部隊を含め都市住民の殆どが、消息不明となっています。」
「…は?」
ここまでなんとなくしみじみする感じの『都市の静けさ』として受け取っていたソレが、一瞬にして異様で、気味の悪い物に変わってしまう。
それどころでは無かった故に気付かなかったものの、都市全体が真っ暗になったのに家から誰かが顔を出すとかも無かったし、魔王(推定)のあの攻撃で家が倒壊したハズなのに、怪我人らしき姿どころか、叫び声ひとつしなかった。
あれ…?この状況何か変?ともならなかったのは、自分たちが薄情だからなのだろうか?
「じゃあさ…みんな避難したんじゃないのかな?」
「…だったらいいわね。」
やはり、魔王は魔王だった。
何が起きたかすら悟らせない内に、その脅威は確実に大都市ひとつ分を呑み込んでいた。さすがにマズすぎるその状況に、常にべったりの野乃葉の言葉にすら半ギレ気味で、一応返しましたよ感のある言葉を吐き捨てる。さすがにキレないのは、野乃葉の声に込められた気持ちがある程度判るからだ。
一瞬だが言い淀んだ楽観的な言葉は、確かに状況を理解しているからだろう。その上であえて言っている。あえて最善の方の可能性を語っている。「だったらいいな」を言うのは誰しもに与えられた権利であるし、当然ながら自由だろう。だからこそ麗は野乃葉を好んでいるし、良い人だと思っている。
……まぁ、ハクラがどう思うかはまた別の話だろう。
「………南は、何をしていたのかしら?」
やはり、話はもとに戻る。
麗はそもそも、物事の優先順位を大切にする。彼女にとって、この都市の住民や、世界の命運というのはあくまでも最優先事項のあとのお話。
もともとはさほど優先順位は高くなく、あくまでも世界を見て回るついでの話でしか無かった。しかし、状況は変わり、手が届く距離にソレがあった。
井の中の蛙という言葉もあるが、ソレを知らない方が幸せだった事もあるかも知れない。しかし、可能性でしか無かったソレについに手が届いた以上、追求せざるを得ないのが人の性というものだろう。
「ハクラさんよォ、過去の事例でもなんでもいいが、魔王が他人に化けるとか、或いは他人に化ける化け物について…知らねェか?」
「…悠真?」
「………他種族の声を真似るモンスターであれば、混声獣など、でしょうか。姿まで…となると魔法を扱える本当に上位のモンスター。或いは上位の精霊などであれば、より強い存在にその姿を近付けようとする性質があるとは聞きますが……」
もっと詳しく話すとすれば、無論その他にも多くはある。人に化けるとは少し異なるが、混沌の蟲女王も一応は人に近い上半身を持つモンスターではある。しかし、それは人に化ける性質を持っているわけでは無く、生物的な収斂進化に近い物だろう。そもそも目撃例も少ないモンスターだが、その姿にはかなりの開きがあるらしく、頭部が無い個体や、両腕の無い個体など、その姿はまちまちである。だだし、他者を魅了するような美しい女性の容姿というのは共通している。結局、混沌の蟲女王の人間体部分は腹の中にある自らの子供の可食部位でしか無い。わざわざ人間の姿を取る必要も無いだろうに、もはや人間という種族への嫌がらせにしか思えない。
先の質問に対して睨んでくる麗に、正直あまり顔を向けたくは無いものの…一度瞑目し、顔を手のひらで覆い…深めのため息を吐いてから、悠真は己の考えを重苦しく吐き出す。
「……悪ィが麗、正直な話…俺には判らねェンだよ。」
「何がよ。」
「不可解だってェことだよ。アイツがわざわざンなキモい見た目の魔王に特攻仕掛けるワケ無ェだろ。煽りのひとつでも言って退散すンなら判るがよ─」
「─確かにそれは判るわね。」
悠真の言葉にほぼ被せるように「理解る」という同意の言葉を述べた麗。つまり、悠真の考え方は間違ってはおらず、悠真の頭の中にのみ存在しているイマジナリー南は麗の頭の中にも存在しているということが判明した。なんて単純な男だと思われているのだろうか。しかしこの場で「そんなことないよ」という反論の声を上げる南擁護派とかいう希少な者は居ない。というより、南を知っている者であればあるほどに悠真の発言には同意することだろう。或いは更に深掘りして、なんと言って煽るのかを議論し始めるかもしれない。
「ようするに、アレは南に化けたナニカ。或いは…操られてる南ってェことになンじゃねぇのかよ?」
「偽みなみん……ってこと?」
微妙に溜めてから、言ってやったぜみたいな顔で「まぁ、そう。」みたいな感じで同意は出来るけど頭に「まぁ…」が付く微妙なことを言った女、野乃葉には、当然ながらその後に返ってくる返事が無い。しかし、言ったことに満足しているので、野乃葉にとってはすでに終わっている。あとで麗に対して冗談交じりに「同意してよ〜」くらいの小言は言うだろうが、それ以上は何も無いだろう。
「戻って見てくる…も出来ねェからなァ……」
「そこで私を見てみなさい、次は前歯じゃ済まないわよ?」
麗が恐ろしげな事を言っているが、そんな生贄みたいなことはさすがにしない。させるとしたら適任なのは野乃葉だ。適当なうさぎを突撃させて、視界を共有すれば良い。
「…?先ほどのようなレベルのモンスターであれば皆様なら簡単に…」
「いやそっちじゃ無くて─」
─ゴシャアァア!!!
─凄まじい音と共に悠真の髪が爆風によって激しく揺れ、まるで戦隊モノのワンシーンのようにド派手な光景が悠真の真ん前に居た麗の目に映る。
これが爆炎を孕んだ大爆発だったならば爆発系のギャグシーンにもなっただろうが、現実には単に建物群が粉々にふっ飛ばされただけである。いや、"だけ"というのも違うだろうが……
「…なんだ?」
建造物が粉々になる勢いで吹き飛ばされるソレについて、悠真を含めてその場の全員がなんとなくであっても視認出来た理由は、それが凄まじく目立つ色をしていたからだ。それでいて煩かったからだろう。
「ぬぉぉぉお!!!」
鉄塊を思わせる巨大な大剣を両手に握り、それを地面に突き刺しながら吹き飛ばされる威力を減衰させる筋骨隆々の壮年の男。そう、男の特徴を挙げるならばこれだけで良いのだが…それ以上に目立つ…もはや悪目立ちとかそういうレベルの特徴があった。
前腕から脚先まで、いや、当然胴体までをしっかりと覆うような硬質な輝き。いわゆる全身鎧と呼ばれる類の装備ではあるだろうが、その色がさすがにファンタジー世界だとしても受け入れられないレベルなのだ。
そう、衝撃的な真桃色。「ピンク色ってかわいいよね」とかそういうレベルなどとうに越えている。ぬいぐるみ好きなおっさんとかのギャップは、普段それが隠れているからこそ機能するのだ。あそこまで前面に押し出されていては、ギャップもクソも無いだろう。何アレ?夢か何かですか?
「─さぁ来るが良い!!」
両腕を広げ、無防備を晒しながらも「掛かってこい」と挑発する。その相手が何であるのか?少なくともその男をここまで吹き飛ばすほどの力を持つ存在…。
『─かの者を引き裂く御力を〈竜爪〉』
光の粒子を纏った巨大な竜腕が、ピンクの鎧を纏った男を押し潰すように振るわれる。
「さぁ往くぞッ!!《血の双撃》!!!!!」
─!!!!
本来であれば兄弟2人で放つ大技を、今…この場では彼1人で放つ。スキルに昇華するほど染み付いたソレは、放たれると同時に2つの斬撃を飛ばし、竜腕そのものを十字に斬り裂くとソレが出現した魔法的白円を一撃にして打ち砕く。
続いて彼を襲ったのは勢いよく迫りくる巨大な肉塊の壁。
「むぅん!!!」
ソレに対して男が取った行動はあまりにもシンプルだ。─二振りの大剣を豪快に振り下ろし、肉塊全てを真正面から完全に粉砕するだけ。
「〈風刃〉!」
流れるような動きで大剣を杖のように突き出し、遥か上空に複数の真空の刃を放つ。純粋な魔法使いでは無い以上、あくまで牽制にしかならないだろうが、ソレの背後に展開されている白円から竜のような巨大な膜翼が現れ、完全に弾かれる。ならば、とやはり大剣を構え─
ッ!!!!!!!!!!!!!!
地に響く轟音と水飛沫を吹き上げ、盾のように構えられた二振りの大剣と己の触手を纏め上げ、蕾のように変形した魔王がぶち当たる。
重力を利用した落下という質量攻撃である以上、本来ならば軍配が上がるのは魔王側であり、大剣を盾にする程度では押し潰されるのが関の山─
「─ぬぅんッ!!!」
定石など下らないとばかりに、蕾を振り払い、筋肉の塊であるソレを蹴りにて吹き飛ばす。
純粋な剣の技量のみに頼っている者ではまず行わない攻撃ではあるが、彼の剣は喧嘩殺法に近く、特定の型らしいものの無い、悪く言えば乱暴な剣…しかしこの場ではなによりも正解だろう。
『〈竜爪〉』
攻撃を防がれ、蹴りによって距離も離される。蕾を開き、水面に落ちるとほぼ同時、魔王の左右に白円が出現し、無数の鱗が生え揃う巨大な竜の腕が現れる。
「…ッ来るがよい!!」
─ぶん
と、風圧だけで飛ばされそうなほどの圧倒的暴力を、真正面から剣で弾く。アニメや漫画で見たことがあるだろう。火花飛び散る剣の煌めき…剣の軌道に沿った弧状の線が、一瞬にして消え、また現れるを繰り返す。
竜爪が消え、次に現れるのは巨大な竜の頭。
喉元へと収束された熱が光を帯びて膨れ上がり─
─ッ!!!
水面を蒸発させながら、放射状の炎が放たれる。
先の一撃に於いては背後に居た少年を守るために真正面から受け止めたわけだが、ここまで広い戦場であればわざわざそうすることも無い。
常人ではあり得ざる脚力で一足飛びに屋根へと登り、そのまま屋根伝いに逃げ避ける。
人に足があるように、竜にも翼がある─
己が吐いた熱の中を、霞を払うように突き進み、ピンク色の鎧が逃げた先、最前線へと再び躍り出る。飛び込んだ勢いを殺さぬままに、触手状の脚が伸び……いや、鱗の生え揃った竜の尾が鞭のように撓りながら─ビュンと音を立てて薙ぎ払われる。
「きぇいッ!!!!」
斬る…というよりは叩き斬る。いや、それよりももはやへし折るというような言葉が正しそうな豪の一撃。ピンク色の鎧に包まれた丸太のような腕よりも更に太い竜の尾ではあるが、分厚い鉄塊のような大剣との真正面からのぶつかり合いに一瞬の拮抗の後に敗北し、斬り飛ばされた勢いのままに分裂した竜の尾の先端が破壊の限りを撒き散らし、建造物を薙ぎ払う。
大剣を振り払った遠心力、それをそのまま力とし、握るもう一方を全力を持って叩きつける。
神聖魔法、それによる召喚とはいえど、魔法であるのだから相応に精神を割かれる。360°全てを見渡す視界を有していても、身体がそれより早く反応出来るかどうかは別の話。
下方から斜めに斬り上げられる巨剣の一撃が、魔王のガラ空きの腹部へとずしんと重く叩き付けられ─
「ぬ…?」
─召喚物ではあるものの、竜の尾すら斬り飛ばして見せたその一撃、しかし魔王のその身を胴から両断するには至らず、切断に足る勢いと衝撃を受けて魔王の身体が地を離れる。
─否
先と同様、背に生える膜翼が吹き飛ばされるハズの速度を減衰させ、その身を浮かせながら存在しない唇を動かす…魔王の両脇、白円より巨大な竜の腕が生える。しかしその爪は握りしめられており、あるのはただ岩のように…いや、岩よりも、金属よりも更に、更に硬質な竜の鱗、この世界で最も硬く、重く、希少である物質の塊………握り締められた、竜・の・拳である。
圧倒的暴力による一撃は、本来ならば即死しかねず…まともに受けることなどまず考えが及ばない。まともな思考を持った者ならば、真正面から受け止めるなど…一笑に付す類の考えだ。とはいえ今や戦場には彼一人。既に都市を救うには、眼の前の大敵を滅する以外に方法など無いだろう…故に、
「ガッハッハ!!!来るが良いッ!!!」
退くなど…あり得ない。
都市全域を包み込む水面が、衝撃によって泡立ち、白む…それは即ち、水によってある程度弱まった衝撃波ですらも、ある程度離れているハズの悠真たちが視認出来る程には強力であるということだ。ならば無論─
─ッ
風が吹く…否、それはあまりにもあんまりな一撃による遥か彼方まで届き得る衝撃波である。
まるで構えすら出来ていなかった悠真たちの顔が歪み、巨大なうさぎは己の役目を全うするべく、目を瞑りながらも野乃葉たちの前に出る。
波打つ水面が足を叩き、跳ねた飛沫が顔にまで届いた時…
「怪獣大バトルだぜこりゃぁ…」
いつの間にか隣に立っていた─本当にいつ来たんだ?─煉がそんなふざけたことを呟いた。
「……いつから居やがった。」
「今だな。さっき見掛けたから。」
思わず何かしら口から出そうになるが、言葉を飲み込んだ。少なくとも、その言葉は悠真が言うことでは無い。しかし、なんとも溜め込んだ喉奥を爆発させずにはいられない。とりあえず何でも良いから言葉にしたい。マジで何でも良いのだ何でも……
「……勇者サマはどーしたよ?」
「あそこに居るぜ?」
煉が指差した先はまさに渦中。今もまさにとてつもない戦闘が繰り広げられている、常人が飛び込めば即死しかねない化け物同士の殴り合い。しかしそれは、真っピンクの鎧のおっさんと、無数の瞳を持つ気持ちの悪い化け物との一騎討ちのハズだ。常に戦いに身を投じてきた熟達の戦士と、災禍を撒き散らす天災と、ソレ以外の影は見られない…。
………え?もしかしてもう死んでる?"勇者"とかいう大層な存在が、誰の目にも触れられないところで死んでる?攻撃も防御も回復も、何でもござれな万能勇者が…そう簡単に死ぬの─
─いや、怪獣大バトルに視界が占領されているせいで気付かなかったが…ギリギリ余波を受けないくらいのところに、確かに居る。小学校時代に大縄跳びをやったことある人なら判るだろう。あの、タイミング掴もうとして一生入れないアレ状態。何度か踏み出していこうとしてるのは判るのだが、微妙にタイミングが噛み合わず、行くことが出来ていない。
普通に考えれば、優輝の能力はかなり高い。特に聖剣召喚による攻撃の数々は今の怪獣大バトルにぶっ放しても見劣りはしないハズだ。問題なのはピンク鎧のおっさんの動きが速すぎて巻き添えにせずに当てる事が困難だということ。
「……俺はあのピンク色の鎧の人、1人で良い気がするんだが。」
「同感だなァ……勇者サマも大人しく戻って来やがれよ。ありゃぁ無理ってェモンだぜ?」
「無駄に頑固なのよね。確かに強いは強いけど、結局のところ戦闘経験が少なすぎるのよ、あそこで無理矢理ねじ込んでも邪魔するのが関の山じゃないかしら?」
もとより優輝への信用など無い。とはいえそれはあくまでも優輝いじめなどでは無く、もとより単なる学生でしか無いやつがゴリゴリの殺し合いなんて出来るわけ無いだろというファンタジー世界なのにリアル過ぎる思考故のこと。
とはいえ優輝の実力は判っているため、「死ぬぞ!戻ってこい!!」みたいに迫真で止める感じもなく、あくまでも賑やかしくらいの気持ちの「おいおい…あいつ死ぬわ」的な学生ノリのヤジを飛ばしているに過ぎない。円香の遺志は不明だが、少なくともこの場の3人は自分に対して明確に害が及んだりしない限り、わざわざ危険に飛び込んでいったりはしない。いや、さすがに優輝が死にかねない感じなら助けには入るけど。
「で、どうするの…ヤジ飛ばしてるだけってのもさすがにあいつがかわいそうじゃない?」
「あ、まど姉起きたんだ!」
3人でも、ハクラでもない声に振り返って見れば、うさぎのもふもふに埋もれて気絶していた円香が目覚めていた。ヤジ云々の行を判っているということは…"今"目覚めたわけでは無く、少し前にはすでに目覚めており、その間は話を聞いていただけということ。恐らくうさ吉9号のもふもふをもふもふしながら現実逃避に浸っていたのだろう。彼女には是非とも休んでもらいたい。全て終わったあとにはうさぎに囲まれて過ごしてもらいたい。
「ちなみに私はあそこに行きたくない。絶対に、行きたくない。」
「…誰もそんなこと求めて無いから大丈夫よ。」
「………皆様。」
怒りでは無い呆れの声を上げたハクラ。
そりゃあんな戦いが繰り広げられているのにこんな場所で呑気に話してたらそうも言いたくなるだろう。本人的にはこの場の4人を逃がすという役割があり、それを果たしたいのだろうが、逆に4人がアレに挑もうというなら絶対に止める!という感じだった。
まさか逃げもせず談笑し出すとは予想外だっただろう。
「というわけで煉、あんたが行きなさい。」
「いや、俺もさっきまでアレと戦ってたんだが。」
「皆様……。」
「麗ちゃんなら、遠くから撃ち抜けるでしょ?」
「行けなくは無いけど…あの人か優輝に誤射しても許されるなら5回中3回は頭を撃ち抜く自信はあるわね。」
「凄いは凄いがよ…結局誤射っちまったらダメなンだよなァ……。」
「─皆様!!」
「伏せよ!!」
ハクラの叫ぶような声と共に、ピンクの鎧がハクラを含む5人の前に飛び出す。さほど余裕は無かったらしく、それだけ叫ぶとその直後には鱗の生え揃った巨大な竜の尾が横薙ぎに振り回される。
ぶん─と風を切る音が響き、ソレを2本の大剣が押し留める。が、その拮抗は一瞬に過ぎない。もとより風を切るほどの速度に達した超重量の物質を、人身で止めることなど不可能なのだ。一拍の後に凄まじい勢いで吹き飛ばされていく彼に出来たのは、せいぜい100の力を90程度にまで抑えるくらいなもの。
「ッ─《聖剣聖域》」
しかし90にまで抑えたお陰で間に合う物もあるわけだ。ようやく来た出番に嬉々として…なんて事は無い、本人はめちゃくちゃ必死だし、恐らく考えていることは「なんでお前ら戦いもせず、逃げもせずに群れてんの!?」ってところだろう。死にたいのだろうか?
聖域によって弾かれた竜の尾は光の粒子となって霧散し、それと同時に役目を終えた聖域はまたひとつの剣に戻る。
しかし良く見れば『十字の聖域剣』は剣身そのものがやや短くなっており、短期間でそう何度も何度も使えるほど便利な物でも無さそうだ。
「ッ優輝!!」
普段の"勇者サマ"呼びも忘れた悠真の迫真の声に、一瞬でそれが何を意味するのかを察した優輝が差し出された手のひらを思い切り叩く。つまるところ超強化版ハイタッチみたいな物。しかし、手と手がぶつかり合った瞬間…悠真の身体が一瞬ではあるが黒いオーラのような物に包まれる。
「─《聖剣召喚(模倣)》」
「ッ!!!」
─ギィン!!!
続けて放たれるのは巨大な竜爪による上からの一撃。しかしソレは勇者のみが扱える真に特別な力を持つ聖剣と、その見た目だけを模倣した…しかしそれでも剣としての性能だけは劣らない偽の聖剣とがそれぞれ左右から受け止める。
『……また、あなた?…勇者』
「おいおいオイ……随分ッとヤベェ見た目になってンじゃあ無ェかよ?まさに魔王ってェ感じだゼ?」
「ひっ…」
悠真すら冷や汗をかきながら煽るように言ったその姿。円香が思わず小さく悲鳴を上げるのも無理はないだろう。
全身が硬質な鱗のような物で包まれてはいるが、その腕は明らかに異様なほどに肥大化し、まさに"竜の凶爪"であるかのように、その鋭い4本の鉤爪を水面の底へと擦っている。
人間体の大きさから、それより遥かに巨大な生物の身体の部位を表出させた時どうなるか…もとよりあった骨格は押し出されて歪になり、皮膚や筋肉は引っ張られて裂けてしまう。
もとより口にあたる部位など無かったハズのその身体には、首のすぐ横の肩から無理矢理に、竜のような頭部が生えており、口腔内にまでびっしりと飛び出した瞳全てがギョロリとこちらに向けられている。先ほどこちらを攻撃した召喚物であるハズの竜の尾も、今にメキメキという嫌な音を立てながら背骨を歪ませ、へし折りながらゆっくりと飛び出す。
本来"神聖魔法"とは、真摯な祈りによってほんの一時、神の力を行使するに過ぎない…いわゆる"召喚の技"である。しかし、この場に竜の神官が居たとしても、今目の前で起きている光景を竜の魔法と認めることは出来ないだろう。
『忌々しい…煩わしいわ。でも、もういいの…尊き竜祖様は…私の祈りに応えて下さった…。私に力を与えて下さった。』
─ならば、やるべきことはひとつだろう
─もともと飛び出していた濡れたような小さな羽が本来の姿を取り戻したかのように皮膚を突き破り、肉を引き裂きながら、飛膜も羽毛も無いソレを細長い指のように大きく広げる。
「ッ皆様!お逃げ下さい!!ここは私が─「ンな暇あるかよ!!」
ハクラも言ってはいたが、さっきの小さいヤツならどうとでもなるのだ。たとえハクラひとりでも、或いは剣さえあれば悠真ひとりでも。
しかし、ここまで歪に肥大化した化け物相手にまともな方法で戦えるとは思えない。ピンクの鎧を纏った男もとい【桃輝の鎧】タウロは特別枠だ。巨大な大剣ぶんぶんであんな物とまともに戦えるのがおかしい。
止まることの無い猛攻は、単なる腕の叩き付けだけでもまともに当たれば致命傷になりうる。凶爪による横薙ぎ、触手に混じる長い尾、魔王本体の遺志とは関係無しに動く竜頭…それら全てに、優輝と悠真それぞれが対応する。
爪を弾き、尾を避け、放たれる灼熱を横に逃げ飛ぶ。
「くっ!」
苦悶の声を漏らしながら、一瞬後退してしまったのは無論悠真の方である。確かに《模倣》によって優輝の能力…反応速度、筋力、技術、スキルに至るまで全てをコピーしているとはいえ、それは完璧な模倣には及ばず、7割程度に収まっている。故にそんな悠真の体勢が崩れた瞬間に、優輝がサポートに入り、無理矢理に攻防を成立させる。…一進一退の攻防とは言えず、ゆっくりとではあるが後退する…防戦一方の戦いだ。故に目的は討伐では無く─
「ッらァ!!!」
優輝と悠真の戦いに、第三の"けん"が参戦する。
魔力を纏った金属製の手甲、ソレは己の拳ひとつなどより遥かに大きな範囲へと届く、言わば"魔法拳"である。
悠真を狙った攻撃を殴り飛ばす。斬撃を弾く硬質な鱗も、内部へと衝撃を叩き込む拳の打撃は完璧には防げない。とはいえ拳は剣ほど範囲が無いのが必然。
「くっ…」
続けざまに放った拳は空を切り、その隙を狩る爪撃─
は、悠真が腕を伸ばしてなんとかカバーをする。互いが互いをカバーして、どうにかこうにか誰も倒れていない、が─
「チィッ!長くは持たねェぞ!!」
「ちょっと堪えてて!─「すまぬ!遅れたッ!!」
野太い声と共に現れたのは殆ど無傷のピンク鎧。
吹き飛ばされた直後には、野乃葉が指示を飛ばし、その上で円香による強化を受けた現状この世界で最速の救命士の兎に騎乗し、その巨大な剣を握り締めながら優輝と悠真の間に勢いを残して飛び込む─
剣の重みを活かし、独楽のように回転しながら叩き込まれた斬撃は、咄嗟の防御をした魔王の肥大化した腕に命中しつつも、勢いは留まらず、盾とした腕ごとその身を吹き飛ばす。
「やはり斬れぬか!!」
"鉄塊のような"とはいえそれは紛れも無く良く研がれた名剣である。魔力を持った魔剣故に、魔法すら斬り裂くハズのソレだが…紛い物とは言え生物の頂点、この世界最強の種族たる竜の鱗に突き立てるには残念ながら足りないらしい。
だからこそ多くの冒険者は竜殺しに憧れるのだ。己の技量で、天にあるソレを落とす誉れを。
幾つかの建物を勢いのままに粉砕しつつ、背後に出現した巨大な翼をはためかせながら減速し、そのままの力で飛び上がる。
「─《幾星の流穿》」
片目を瞑り、狙いを定めていた麗の指が弦を離れる。
1本であったハズの矢が別れ、矢を追うように無数の輝きを放つ。
落ちるのでは無く昇る…その点を除けば流星群のような美しい光景だが、そこに込められた破壊力は想像を絶する。
瞬間─漆黒の空が白く染まる。
普段であれば使わない大技…しかし敵が遥か空にあるならば関係無いだろう。
まるで世界がそこだけ切り取られたかと思えるほどに巨大な球状の大爆発。しかし建物群を完全に巻き込まない…とはいかなかったようであり、麗が目を逸らした先では、一部の建物が巻き込まれ、それによって連鎖的に崩壊していく物が幾つか……、いや、そもそも魔王が吹き飛ばされて壊れた建物があったのだ。決して麗だけのせいでは無い。タウロにも責任を追求し、全ては魔王に押し付けるべきだ。
「ダメね、手応えが─
ない」とまで紡ごうとした言葉を打ち切られたのは、背中から襟首をぐい、と引っ張られたから。
《超視》を発動した極度集中状態の麗は、文字通り周りが見えなくなる。一点特化の視界では、周囲の全て…必要の無い情報がボヤけるのだ。
目と鼻の先を掠める凶爪の一撃。
先程まで居た位地からここまで、目算でも200mほどは離れていたハズだ。爆発によって吹き飛ばされたとも思えない以上…どうやってここに現れたのか…いやそれ以上に─
「─麗様お逃げ下さい!!」
麗の身体を引っ張って逃がしたハクラが、入れ替わるように前に出る。
腕を振るった勢いのままに尾を薙ぎ払うソレを根性でなんとか受け止め、続く攻撃を受け流す。
麗を逃がせればそれで良い。そもそも前衛として殴り合い出来るようなタイプでは無い以上、攻撃を受けられるのも数回が限度。
「来なさいッ!!」
ハクラがそれを言い切る前には、既に次の一手は打たれていた。
『〈黄金の火よ〉』
無数の瞳がある口腔から、目が眩むような光が漏れ─
真っ白な毛並みを持つ大きなナニカがハクラの視界を塞いだ。
「ごめんね…」
「!?」
小さくとも鮮明に耳に届いた謝罪の声と共に…壁となって立ち塞がった巨大なうさぎが生物全てを焼くほどの熱を受け止める。いや、それは受け止めているわけでは無い。野乃葉が喚び出す全てのうさぎは、当然ながら『召喚物』でしか無い。喚び出された時点で野乃葉のためならば全てを叶え、野乃葉を守るように動き、まるで始めからそれ以外の思考など持たないかのように絶対的に服従する。
そして、そこに己の命の価値が含まれることは無い。断末魔も上げぬまま、よく燃えるうさぎの毛皮が焼き尽くされ一瞬にして焦がれた熱が肉を焼き、骨を焼き、全てを黒炭に変えるまではほんの僅かな間しか無い。故に麗の背後から、続々と己の命を燃やし尽くすために白い群れが現れる。
自らの肉体を壁として、盾として、背後の全てを守り切る。
炎が消え、煙が晴れる頃…
山積みの灰となり、召喚の強制解除によって消えてゆくそれら全て…。
「ウヌらの命、無駄にはせぬぞ。」
灰を踏みしめ、煙を振り払い…現れるそれを、無数の瞳がその姿を捉える前に、視点が回る…。
死角は無い、しかしソレは、煙の中でも全てを見透す眼を持つわけでは無いのだ。
首が落ち、ゆっくりと…ゆっくりと水面が近づく…、そう…彼はいや…彼らはソレに勝利した。油断するのも、致し方ないことだろう─
「ッ避けろ!!!!」
頭を喪った身体が裂け、内から飛び出した無数の小さな手のひらが、タウロの身体を優しく抱き寄せる。
明確な害意が無かったからこそ、反応出来ず…しかしそれも一瞬のこと、振り払うために身を捩り…それから逃れようともがく─間もない…タウロが握り締め続け、信じ続けていた剣が落ち、重みによって地面にズンと突き刺さる。
無数の赤ん坊のような小さな小さな手のひらが、タウロの身体を優しく撫でる…。
ゆっくりと…ゆっくりと…思考が溶ける。なにもかんがえられなくなる…おのれがなにであったのか、なにであろうとしたのか…
『愛しているわ、私の坊や』
白く、柔らかな美しい手が、タウロの身体を優しく包み込む。それは母が己の赤子を抱く時のようで……しかしそれが、何故かあまりにも恐ろしく映るのは、何故なのだろうか?
骸の腹から産まれるソレは、確かに無数の瞳を持つ…あの魔王とまるで同じ姿。
人のような3対の腕、それに付随する3対の乳房、その直下には、妊婦のように大きく膨らんだ腹があり、下半身は蛸のような触手が樹の根のように無数に生えている。
人間にとっては恐ろしく映る無数の瞳…それが優しげに見つめる先には、2本の大剣を握り締めた戦士たるタウロ…"それであった者"が腕に抱かれている。
壁のように積み上がる無数の肉塊を構成していたあれら全てと瓜二つ。しかしながら、出来ることならば思い出したくも無いその肉塊の容姿を考えれば、確かにそれぞれ異なる姿をしていたように思う。
「なん…」
『愛しい…愛しい子供たち。大丈夫…大丈夫よ。きっと…きっとすぐに…みんな、ひとつになれるもの。』
竜の翼にも、無論恐ろしさは感じていた。
化け物と相対した故の恐ろしさを…。しかし、今目の前の存在が広げたソレは、幼い人体を切って貼って縫い付けたような継ぎ接ぎの巨大な肉の翼。いつの間にか腕の中から消えたタウロだったソレの姿すら、恐らくそこに含まれているのだろう。
そして…空にある肉の天使の輪がゆっくりと回る。
そう、既に地盤は整った。だからもうアレは不要なのだ。皆をひとつに、願いをひとつに。
『あら?』
手のひらを天に掲げ、優しげな笑い声を上げていたソレが、何かに気付いたように視線を移す。
─キン
と、大きな音が鳴る。
それは都市を包み込む漆黒の領域が、耐え切れず悲鳴を上げた音。外から一度、内から一度、確かに攻撃は受けたものの、その程度では崩れない…その程度の強度はあったハズだ。
『やんちゃな子が来たみたい、ね。』
ついに外より穿たれた孔から飛び出したナニカ、ソレが瞬きの間の輝きを放ち、魔王のその悍ましい姿を一瞬にして照らす。
─ッ!!!!!!─ッ!!!!
連鎖的に発生する超爆発は、魔王の肢体を一瞬にして吹き飛ばすと、野乃葉のうさぎを犠牲にして逃げ延びた麗たちにまで爆風を届かせ、熱により渇いた瞳の痛みに思わず瞼を閉じる。
そして瞼を閉じていた故に、その場の誰のものでもない…居なかったハズの人物の声が、明瞭に、ハッキリと聞こえた。
「─おいおいおい!!一撃でぶっ飛ばされてンのか?それでも"魔王"か!?せいぜいオレサマを、グラッゼア様を楽しませてみろよクソが!!」
最初の〈竜爪〉が《血の双撃》に負けたのは、召喚物だったからです。
この辺りの話には没展開が5つほど存在しますが、色んなキャラに活躍の場を与えようとした結果のことです。結局はタウロ無双ゲーになりました。
優輝は知りません。強いって設定だけはあるけどコイツを活躍させると他が空気になるので、経験の差で戦いに入れないことにします。




