40 非力な勇気
22 三者三様の続きになりますね。
「勇者の試練、か…。」
「はい、そういった物…場所があると読みました。本当にあるのであれば、僕はもっと強くなるために、挑みたいんです。」
ただでさえ忙しい時に、また厄介なものを持ち込んできた。
アルカナム王城…無数の魔法と、精強な騎士たちによって護られた要塞のような城へと真正面から無数のモンスターを引き連れて襲撃し、容易に逃げてみせた"罪の魔王"…新人はもちろんとして、ベテランの騎士たちにも相当な数の死者が出た。
その中でも最も被害が出たのは、彼彼女ら"勇者"たちの教育係…まぁ、基本的な戦い方を教えたら…もう彼彼女らは騎士たちを容易に越えていったというが…それ故に、彼彼女らと共に訓練を行い、連帯感や友情などを育み、いざという時に我が国へと剣を向けてくれないようにと、ストッパーに近い役割を任せていたのが第一騎士団だった。
それが、どうだろうか副団長の死亡、団長は両腕を斬り落とされ…既に接合されているとはいえしばらくは全力を出せないだろう。アルカナムの最精鋭…最も精強な戦力こそが第一騎士団。では、それが半ば機能停止の今…
「…ふぅ……一応、伝えておきたいことがある。」
「はい。」
「現在、我が国はかなり不安定な状態だ。国の重要戦力が削られ、第一騎士団の団長たるセシルも戦線復帰はまだ先。正直に言うと…貴殿らにまともな護衛を付ける事すらままならない。」
「これまで、貴殿ら勇者の身の回りの世話を行ってきた王城付女中も、かなりの人数が死亡し、或いは精神を壊して辞めた者も居る…。」
今、自分がどんな顔をしているか…良く判らない。
王族として、己の心を自制する術を学んできた私ですら、この状況に辟易しているのだ。今、この状況で…ただでさえ手の回らない中で、最大戦力を放出し、護衛を出さねばならない。
「……それだけだ。優輝殿の顔を見るに…覚悟は決まっているのだろう。諸々の手配を行おう。手配が終わり次第、こちらから連絡する…。」
静かに出ていった優輝殿の表情を…私は見れていただろうか?ひりつくような腹部の痛み…何日も前から良く眠れていない…。仕事に追われ、雑務に追われ……しかし、それを表に出すことは赦されない…。王族として、王子として、現王太子として…
「殿下…、彼らの護衛、この私が引き受けましょうか?」
書斎の本棚の影から、首だけを出すように女性が現れ、低い声でそう呟く。
「…あぁ、もともとキミに頼むつもりだった。リウはさすがに出せないし、セシルも無理だからね。頼んだよハクラ。」
「…汚名を禊ぐ機会をくださり…感謝を。」
彼女の言う汚名とは、王城襲撃の折に何かしらの結界により空間移動を制限され、まともに動くことが出来なかったということだ。
何事にも相性という物はある…あの時は、敵の方が上手だったというだけに過ぎない…。とはいえ
「南殿の分も…彼らを守ってくれ。」
「………承知、しました。」
再び影に潜った彼女の震えた声は…この私も、背負わなければならない業だ。私は、自らの果たすべき責務すら果たせず…1人の少女を…
殺してしまったのだから。
「これで、良い…。」
遠くに見える王城は、大きく抉れ、破壊され、瓦礫の山となっている…。僕にも、責任がある。調子に乗って、天狗になって…なんでも出来ると思い込んで、その結果があの城だ。
僕らが平穏を過ごしていた夢の城は、今や見るだけで苦い思い出を思い起こす最悪な景色となってしまった…。
窓から視線を外し、廊下を真っ直ぐ歩く…
僕は、早く強くならなくちゃいけない。
勇者なんだから…絶対無欠の完璧な存在にならなくちゃいけない…。本当なら、あの時誰も死なずに済んだはずだ。僕があのとき動けていれば良かったんだ。僕が…もっと強ければ…
「ねぇ、優輝くん…」
「ッ…あぁ、ごめん。結華…気付かなかった。何かあったのかい?何か問題でも…」
声をかけられた事すらすぐに気付けなかった。
やっぱり、意識が散漫になっているらしい…また、鍛え直さないといけない…。でも、セシルさんはもう頼れない……リウさんに頼もうか…いや、今は皆忙しいハズだ…やっぱり僕1人で全部やらないと
「ちょっと!ほんとに話聞いてるの?」
「…ごめん。なんの話だっけ?」
「最近なんか変だよ?焦ってるっていうか…話してても上の空だし…。」
あはは、何を言ってるんだ、そんなわけ無いじゃ無いか僕は、いつもの僕だよ。
「…何でも、無いよ…うん。」
思った通りの言葉は出なかった。
精一杯の作り笑いで、歪んだ笑顔で、結華にそう話す。僕の心配なんかしてほしくない。結華だって、ここのところずっと治癒魔法の使い手として奔走して疲れてるハズだ。僕みたいなのに構ってる暇があるなら…休んでいた方が絶対に良い。
「ほら、結華の方だって疲れてるだろう?早く休みなよ。」
結華の背中を押して、無理矢理に距離を取った。
これ以上、近くに居たくない…今の顔を見てほしくない。最低な僕の顔を…見てほしくない。
『お前が、!お前がみんなを殺したようなモンだろ!この怪我も、お前があの時一緒に居たら無傷で済んだんだ!!眼の前で、何人死んだと思ってる!お前が近くに居れば!身体の弱い母親のために必死に働いてたルルさんも!妹に子供が産まれたから今度会いに行くって言ってたタニアさんも!全部、全部お前が!─』
『─南はどうなんだよ!』
『死体すら見つからねえのは─こいつが全部消し飛ばしちまったからじゃ─』
僕は、もっと強くならなくちゃならない…、僕の力が…間違ってないと証明するためにも。
アルカナム王国の辺境…最速の竜車ですら5日掛かる距離だが、《獣使い》の能力を持つクラスメイト、私支円香のおかげで3日で到着した。
何も無いような小さな村だが、僕だけにはその場所の違和感が理解出来た。
「んじゃ、私もう寝るからまた帰る時声掛けて。」
「うん、わかった!ありがとね、まどちゃん。」
「ありがと、円香。」
疲れてしまったらしい円香を労ったのは、望月と、笹木の2人。もともと、僕一人で行くつもりは無かったけど…思っていたよりも多くの人が付いてきた。
「それで、勇者の試練…だったか?それはどこにあるんだ?優輝。」
「どっちにしろ俺達は入れねえから意味無いだろ。」
興味本位といった感じで聞いてきたのは、九条楝であり、楝の言葉を否定するように切ったのは、御影悠真だ。
クラスメイト6人、騎士が10人、御者が4人という大所帯の旅ではあったけど、特に不便は無かった。
「僕には、分かるよ…あっちから呼ばれてる気がするから。」
「真面目顔で厨二台詞吐かれると手遅れ感凄いけどよ…まぁ、マジなんだろ?」
「うん。」
村からは少し外れた森の奥から、声でも、音でも無い気配によって呼ばれている。
「………ひとつ、気になっていた事があるんだ。」
「あん?」
御影に向き直って、僕は疑問を投げかける─
「どうして…付いてきたのかって…。」
森の奥深くに鎮座していた僕だけが認識出来る石の扉。それを開いた先で…僕は死にかけていた。
『力無きを体感したか、弱者よ。』
沈んでいく身体…、痛みで定まらない思考…。
弱者という言葉に相応しい姿だ。泥のような地面を必死に探り何かを掴もうと指を動かす……、
「僕は…強く…、なら…なくちゃ……、」
どろりとした血を口から無理矢理吐き出し、自らの意思を、やるべきことをハッキリさせるために、そのためだけにそう宣言する…。だから、ここで諦めるわけには─
『諦めの悪いことだ。認めれば良い。己の力無きを…』
ここで、止まるわけには行かない……、もう、二度とあんな悲劇を繰り返さないために…、もう……
『勇者には、己の意思などありはしない。周りに求められる英雄像を、己に投影させているだけだろう。』
嘲笑うような口調でそう語る『試練』の姿は、闇に紛れて見ることすら叶わない…。
『死体を見て怖気づいたか?己の周りで死ぬ人間を恐れたか?』
違う…僕は、もうあんな悲劇を起こしたく無くて…
『逃げ出してきたのだろう?』
「違…ぅ…」
『おまえは何も出来はしない。勇者よ、己の力無きを体感せよ。強くなるのだと息巻いて、結局何も成せていない…、骨は砕け、口も利けず、意識を落とし…そして…、諦めよ…、貴様は器では無い。』
何も出来ない僕に、わざわざ『何も出来ない』と突き付けてくる。何も出来なかった僕に、『何も成せていない』と突き付けてくる。醜態を晒した僕に、『諦めろ』と囁く…。
『お前なんざ知るか。俺達は単に─』
「ふぅ…」
息を整える。力の入らない身体に無理矢理力を入れてみる。
今の会話、或いは叱責によって…僕の勇者としての驚異的な再生力で骨は繋がった。痛みも別の事を考えれば幾分かは楽になった。
「僕は…、非力だ、」
認めよう。僕は、やっぱり弱い。
「僕は…、勇者の器なんかじゃ無い、」
勇者の器だとか、勇者だとか…そんなもの、僕は知らない。
この世界の人間でも無い僕は、勇者について知らない。だから、今判ったことだけで…
『門は開いている、して…応えは?』
「僕は─」
後ろには、文字通り門がある。
入ってきた時と同じで、僕だけが出る事が出来て、眼の前の『試練』が追ってくることも無いだろう。背を向けても構わない、逃げても誰にも責められない…。
僕は、泥を掴んで、ゆっくりと立ち上がった…。
「─責任から、僕は逃げない。」
不恰好な姿で、僕は拳を構える。
本格的に武器を持たず戦う楝と違い、結局のところ僕は筋力に物を言わせて殴り付けるという程度しか出来ない。剣ですらここまでボロボロにされた僕が、拳で戦えるハズも無い…。
「判ってるよ…、」
でも…、ここで引いたら…なんのための決意だったのか…、なんのための無力感だったのか…あの人たちの涙は、慟哭は…なんのためのものだったのか!
せめて…全部無駄にしないために─
『なるほど…ならば、次こそは…容赦せん。』
暗闇の中で、目も慣れてきた…。
僕を、殺そうと、身を捻る巨体のその正体は…龍だ。蛇のように長い身体を持ついわゆる東洋の視点での龍。鋭い歯を威嚇のように見せつけ、僕を見る…。
『我が名は『試練』…脆弱にして器足らぬ勇者を狩る者…。貴様などに弱き勇者などに…聖剣は渡さぬ。』
「来いッ僕は試練を超える!」
試練は脚を深く踏み出し、口腔を開く─
「ッ!」
凄まじい速度のソレを半歩で避け、拳を無理矢理に振るう!
強靭な鱗に阻まれ、ほとんどダメージにもなってはいない…。
『ふん!』
避けた僕を握りつぶすべく、前脚が迫るが、僕は自分の腕を犠牲にしてそれを無理矢理逸らす。肉が削れる感覚を痛みと共に感じながらも、僕の動きは更に洗練される…
高速で繰り広げられる攻撃の応酬…
足や腕、時には全身を使って、試練の攻撃を受け続ける─
『なるほど…確かに、ソレは勇者の力でも…魔法でも無かったな』
視界が開けている…全てが見える。
さっきまでの視界が嘘のように…、全部が良く見える。
《天恵》の効果…、身体機能、動体視力…魔法行使能力…ありとあらゆる能力の向上…、土壇場で魅せる底力…それこそが、天から与えられる天恵。
「ッ…!砕けろ!!」
『む…?』
─バキッ!!
ついに…鱗が砕け散る…。
たった一枚…、それでも、それだけで十分だ…。
だって……
『試練を終えよう─』
僕の持つ聖剣…それに掛けられた枷がひとつ外された。
『次の試練で、また貴様を待とう─』
《聖剣召喚》
∟『纏魂』
いつの間にか、僕は外に居た。
ボロボロに崩れた石の門と、地面に突き刺さった剣の石像。
「戻られましたか。…勇者殿。」
漆黒の装衣を纏った女性が、僕を迎えてくれた。
【影潜】と呼ばれていた女性…、それによって、ようやく…戻ってきたのだと、帰ってきたのだと…そう確信出来た。
南がドラゴン魔王と戦ってる間に、奇しくも優輝もドラゴンと戦ってたわけです。




