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美味しい諺

作者: 浜浦 ノア

浜浦の短編へようこそ。


どこかで書いた短編を眠らせるのが惜しく、このページを作りました。


たまに更新するので、たまに覗いて、箸休めみたいに使ってください。

 

 峠 吹雪。24歳。


 俳優の夢を追いかけ上京してはや6年。ようやく名の有る役をいただけるようになってきた。次の仕事は、同期で事務所に入ったはずの奴が主役の舞台だった。仕事がもらえるだけ有難いのだから四の五の言ってはいられない。それでも、悔しいものは悔しい。



 アパートから見える月が華やぐステージに見えてくる。到底手が届かない距離で光るそれは、寂れた小部屋で暮らす俺と、文字通り『月とすっぽん』である。いつまでこんなに満たされない気持ちで過ごさなければならないのだろう。そろそろ潮時、なんて後ろ向きな考えに乗っ取られそうな、そんな時だった。


 


 ─ピーンポーン


 


「……どなたですか」


「吹雪、一緒に飯食おうぜ」


 


 扉の向こうにいたのは、俺が出る舞台の主役の男だった。名前は高山 快晴といい、同い年で切磋琢磨してきたライバルであり良き友人だった。快晴は今じわりじわりと売れ始めている舞台俳優で、最近は忙しいのか稽古以外で顔を会わせることもなかった。


 久しぶりに会った友人はスーパーのビニール袋いっぱいに葉物野菜を詰め込んでやってきた。


 


「すっぽん鍋を食おう」


「もう春なのにか」


「おふくろが、地方納税だか何だかで、『すっぽん鍋の出汁』を貰ったらしいけど、家じゃ誰も食べなかったから押し付けられたんだよ。一人で鍋とかなんか嫌だし、一緒に食おうぜ」


「本音は?」


「外れだったら道連れにしようかなって」


「はぁ……」


「お邪魔しまーす!」


 


 


 勝手知ったりと、快晴は家主に無断で冷蔵庫に買ったものを押し込んでいく。鍋にはこれだろ、とちょっと高いが春白菜なるものを買ってきたらしい。快晴のすっぽん鍋に対するモチベーションは最高潮だった。


 白菜とすっぽんの出汁だけじゃ味気ないので、家にあった鶏肉と根菜類の切れ端も投入。6年も一人暮らしをすれば、料理の仕方・アレンジはある程度手慣れてくる。しばらく火にかけて、嗅いだことの無い香りが充満すれば、即席すっぽん鍋の完成だ。


 初めてのすっぽん鍋は、何とも言えない味だった。快晴は美味いと何度も茶碗におかわりを注いでいたが、俺は2杯でギブアップだった。俺要らなかったんじゃないのかこれ。


 


 快晴が食べている間、TVを見ることにした。


 TVでは最近流行りの若手芸人が先輩たちにいじられながらも会場の笑いを攫っていた。その映像がさっきの月と重なり、俺も職は違えどこうやってTVに出ることを夢見て来たはずなのに、雲泥の差だ、と惨めになった。



 鍋に夢中になっていた快晴がTVの声に気づいて「あ」と声を上げた。


 



「そいつ、俺の高校の同級生」


「マジで?!」


「芸名だから名前違うけど、顔一緒だから多分」


 



 さっきまで月の住人だと思っていた快晴が急に自分の近くに降りて来た感覚だった。なんだ、こいつも同期に追い抜かれてるんじゃないか。そうと分かれば、俺は傷のなめあいを誘った。


 



「友達とか同期はみんな売れていくのに、俺らはこうしてTVの前で鍋をつついて……って超差がついちゃったな。ほら、月とすっぽんって諺あるだろ? まさにそれって感じだよなー、この状況」


「吹雪、知ってるか、SFでは月にエレベーターで行けるんだぞ」


「なんだ急に」


 


 俺が今求めていたのは、「だよなー、本当嫌んなるわーw」「いやお前もだろがー」「そんなことないってー」みたいな同調だというのに、此奴は何を言い出しているのだ。俺のクエスチョンマークも空しく、快晴は食べながら話を続けた。


 



「今や一般人が宇宙に行ける時代だからな。そのうちマジで旅行感覚で月にいける」


「なんの話だよ」


「あとすっぽんは絶滅危惧種だから、いつか食えなくなるかもしれないんだと」


「外来種がどうとかーってやつか?」


「そう。わかるか? 月は身近になってきたけど、すっぽんはレア度数うなぎ上りなんだよ」



 


 徐々に快晴が饒舌になってきた。安い発泡酒を飲んだとはいえ、この舞い上がりようは、鍋の効果なのだろうか。すっぽん鍋にそんな効能があるとは恐れ入った。


 



「平凡の象徴とされてきたすっぽんの希少価値は上がり、逆に高貴なる存在だった月は今や人類の手中にある! その意味が分かるか?」


「知らねぇよ!」


「月とすっぽんの立ち位置が逆転する日は近いってことだ! ジャイアントキリングだ!」


「つまり?」


「『俺』が売れる日も目前というわけだ!!!」


 


 


 意気揚々と夢を語り始める快晴。その姿に俺は開いた口が塞がらない。快晴は主役をはっているといっても、別に大きな劇場でもないし、まだ名の有る俳優ではないのだ。言うなれば、俺がすっぽんで、向こうは二足歩行に目覚めたすっぽんぐらいの差なのだ。


 


 


「……いやいや、すっぽんは所詮人間に食われるような存在じゃん」


「月だって食えるさ。うどんの上に落としてやれば」


「確かに『月見うどん』だけど」


「胃袋という舞台において月もスッポンも同じ! 美味い!」


 


 すっぽん鍋に〆で入れたうどんをすすりながら、まるで漫画のキャラクターのようにはつらつと感想を述べる。お気に召したなら何よりだ。


 


「俺は思うね。万物が月であり、すっぽんであると!」


 


 快晴が一人で売れていくことを恨めしく思っていた。研修生の時は「二人で頑張ろうな」とか言っていたくせに、一人で先へ先へと突っ走っていったと思っていた。


 そもそも、この世界は上を向き続けたものが勝つ世界だ。下や隣を見ているだけではのし上がれるはずもない。


 俺が諦めたものを、快晴は「食える」という。手の届かないものだと決めつけ、上を見ていない俺に、そんな快晴を超えることが出来るはずがないのだ。


 


「……だったら俺は、お前より先にそれを白米の上にのせてごちゃまぜにして食ってやる」


「それはもう月見じゃなくね」


「食い方は自由だろ」


「……いいね! なら俺は─!」


 


 


 その後の快晴は、俺と思いつく限りの未来像を語り合った後、睡魔に負けた。身体を冷やさないよう数枚のバスタオルをかけてやった後、俺は1本しかなかった秘蔵のビールを開けて、一人でこの夜に乾杯をした。


 


 アパートの窓から見る卵黄は、いつもより一層光って見えた。さて、どうやって食ってやろうか。

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