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婚約しません! ~勝手に婚約を結ばれそうになりましたが、私には愛する婚約者がいます~

作者: ヵ月


「――を破棄し、私は、そこにいるフラン・ノーテボーム侯爵令嬢と婚約するっ!!」


 パーティー会場に入るや否やそんなことが聞こえて、多くの人が私たちを見つめてきた。その様子に思わず後退りしたのは仕方がないと思うし、そんな状況下で私を庇うように前に一歩歩み出た彼女を、とても格好良く思った。










 私、フランシスクス・ノーテボームはノーテボーム侯爵家の三男だ。

 幼い頃は病弱で、部屋から出ることのない日々を送った。そんな私を不憫に思った母が、友人の子どもを紹介してきたのが、私が7歳の時だ。一つ年上のその子は、とても活発で「将来は騎士になるんだ」とよく口にしていた。だから私は元気な()()()だな、と思っていた。

 幼少期から続く()との手紙は、学園に入ってからも続いた。学園へ通うようになって、初めて手紙の()()()だと知ったのだ。

 まぁ、私も()()()()()()()()()をしている自覚はあるし、今さら他の格好なんて違和感がするけど、まさか彼女まで私と同じだとは思わなかった。


 学園で会った彼女は、男性の制服を着こなしていた。スヒッペル男爵に似た、男性の中でも高い身長と程よく着いた筋肉、すらりとした長い手足を持つ容姿。そして普段から動きやすい服装である男性服を着ていることと、短く揃えられた髪で、どうしても男性という印象を受ける。そして誰にでも優しく紳士的と、とにかく格好良いのだ。男性である私が見惚れてしまうほどに。


 一方の私は、幼少期から病魔除けのまじない――女児服を着ていたせいで、未だに女性服を着ないと落ち着かない。室内にいることが多いからか、色白で華奢な体、女性と比べても小柄な身長だ。学園入学前に病魔を克服し、体力づくりと称して母と兄の嫁(義姉)の茶会に招かれている。二人が私を着飾って楽しんでいるから、令嬢としてのマナーも一通り身についていてしまった。もちろん、学園でもそのマナーは発揮されている。


 そんな彼女、クリスティーナ・スヒッペル男爵令嬢との婚約は、つい先月正式に結ばれた。

 私たちが幼かった時の母親たちは「将来婚約出来たらいいわね」くらいのつもりで会わせたらしい。親しい仲ではあるものの婚約は結ばれていなかったが、私と彼女――ティナの強い希望で婚約が叶った。特にティナの父、スヒッペル男爵は「あのじゃじゃ馬娘に貰い手が……」と泣いて喜んだらしい。ティナは「いつの話だよ」とちょっと不貞腐れていた。普段あまり見られないその様子がとても可愛かった。




 そして今日は、婚約後初めてのパーティーとなる、ティナの卒業パーティーだ。

 ()()()()トラブルが起きて、ティナと二人でやや遅れて会場入りした。

 そしたらなぜか求婚されいる。しかも男性(同性)に。


「……フランツ?」


 小声で、ティナが私の愛称を呟いた。その声からは動揺しているのが分かる。正直、私もどうなっているのか分からない。

 ティナの腕にそっと手を添えながら、改めて会場を見渡す。


 入り口から少し離れた所で、まるで関わりたくないと言わんばかりに人が避けられている所がある。その中心には一組の男女。女性は私と同じクラスの……シュレマー子爵令嬢のアマリリス嬢。男性は、確か、アマリリス嬢の婚約者で、ティナと同い年のゼークト侯爵令息のローラン様だったはず。

 ローラン様といえば最近付きまとってくる鬱陶しい人で、今日のパーティーに遅れた原因だったりする。今日は前々からティナと約束していたのに、急にノーテボーム侯爵家に来て「フラン様を迎えに来た」と玄関に居座ってちっとも帰ってくれなかった。おかげでティナを迎えに行くのが送れたんだ。ティナの方も一悶着あったらしいから「遅れたおかげで二人きりになれましたし」と微笑んでくれた。いつもはキリッとしている顔に朱色が付くのは珍しく、思わず手の甲にキスを……。


「おい、クリス! フラン様から離れろっ! フラン様、そのような女ったらしに近寄ってはいけません!」

「クリス様ぁ~! リリーを助けに来て下さったのですねぇ~! リリー、感激ですぅ~」


 うるさい声と鬱陶しい声で現実に戻される。

 ローランは、あろうことか愛しのティナを指さして睨みつけた。前々から下品な男だと思っていたが、ここまで失礼な男だったとは。ゼークト侯爵家への抗議の内容を倍にしようと心に決める。

 一方、アマリリス嬢はティナの側へ近づいてティナの腕を取ろうとするも、ティナは「失礼」とその腕をかるく払いのけた。……シュレマー子爵家にも抗議の文章を送らねばならないかもしれない。一応彼女たちは同姓だから、ティナの心情次第だけど。


「クリス様ぁ、どうしたのですかぁ?」

「おい、クリス! さっさとその手を退けろっ!」


 ティナはできるだけ表情を押さえているようだけど、怒っているのは目に見えて分かった。分からないのはこの馬鹿たちだけだろう。

 というか、未だにティナと私の性別を把握していない貴族がいるとは思わなかった。かれこれ2年、ティナは3年も言い続けていることなのに。


「ティナ」


 私を守るように前に立つティナへ、声をかける。ティナは幼い頃から騎士を目指したその影響で、自分以外の女性を守ることを優先している。女性の格好をしている私も、その例外ではない。しかし、彼女は女性だ。武力ならティナの方が断然上だが、社交界での戦い方は、(不本意ながら母たちに仕込まれたので)私の方が上だ。


「ゼークト侯爵令息様。シュレマー子爵令嬢様。一度落ち着いてくださいませ。入場早々そのように囃し立てられては困ります。いったい何の話でしょうか?」


 手慣れた淑女の礼とともにそう告げる。もちろんティナの手は離さずに。


「あ、ああ。そうだね。では改めて言わせてもらおう。私、ローラン・ゼークトはそこの浮気女アマリリス・シュレマーとの婚約を破棄し、フラン・ノーテボーム侯爵令嬢との婚約を結ぶ! フラン。私が心を痛めている時、必ず側にいてくれただろう? これからも私を支えて欲しい」

「……」


 お前が勝手に言い寄って来たんだろうがっ!!!!

 しかもわざわざ人通りの少ない場所に呼び出して。隙あらば肩や腰を触ろうとしてきやがって。キスさせられそうになったこともあるし、胸元を見て溜息をついたこともあったな。その度にコイツの実家宛に抗議の文章を送っていたのに、全く相手にされなかった! ああ、思い出せば出すほど気持ち悪くて腹が立つっ!!

 ……とは顔に出さずに思った。


「浮気者はそちらですぅ~。ローラン様はいつもいつもフラン様とご一緒なさってぇ、リリーは悲しかったんですぅ! クリス様はぁ、そんなリリーを心配してくれたんですぅ~」

「……」


 アマリリス嬢の話し方は残念ながらこういうものだと分かっているのに、この状況でその口調は苛立ってくる。()()()()思い込みが激しくて、()()()()考えが足りない普通の令嬢なんだが、今回はその両方が突き抜けているらしい。格好良いティナに惚れるのは当然とはいえ、ティナに熱い視線を送っているのを見るとローランとは違う苛立ちがする。


「クリス様もぅ、フラン様が良いのですかぁ……? あんなにぃ、あんなにリリーのことぉ、愛してくれたじゃないですかぁ……」

「なんだとっ!? この売女めっ!」

「ひどいのはローラン様じゃないですかぁ」


 罵り合いが過激になっていくのを見ながら、大きく息を吸う。

 軽く手を叩けば、息の荒い二人はいがみ合いながらも口を閉じた。


「お二人の言いたいことは分かりました」

「じゃあ!」

「ですが。私の話も聞いて頂けませんか?」


 一瞬喜びの表情を見せたローランは、嬉しそうな笑みを浮かべながら「もちろん」と微笑む。止めろ気色悪い。対するアマリリス令嬢はムッと口をへの字に曲げたままだ。どうせ私がティナの手を繋いだままなのが気に入らないのだろう。絶対に離してやるものか。


「まず初めに、紹介をさせてください。皆様既にご存知でしょうが、スヒッペル男爵家の()()、クリスティーナ・スヒッペル男爵()()です」


 隣にいるティナが女性であることを強調して話す。多くの人は「知ってる」と言いたげだが、やっぱり一部は驚いている。世間知らずはどこにでもいるよな、と心の中で呟く。

 ちらりと横を見れば、ティナが淑女の礼をしていた。


「そして私、ノーテボーム侯爵家の()()フランシスクス・ノーテボームです」


 一礼をした後、騒ぎを起こした二人を見る。二人とも口を開けていたが、私の視線に気づくと、ローランは顔を真っ赤にし、アマリリス令嬢は血の気を失わせて座り込んだ。


「男……? お、お前っ! 俺を騙したのかっ!?」

「私はいつだってフランシスクスと名乗っていましたよ。そういえばいつの間にかフラン(愛称)がひとり歩きしていきましたけど、まさか名乗った名前を憶えていなかったわけではないでしょう? それに、私は一度たりとも女生徒の証(赤いリボン)を身につけていませんよ」


 ちなみにティナも男生徒の証(青いリボン)を付けていない。いつだって襟を飾るのは赤いリボンだ。アマリリス嬢はそれに気が付いたから、いまにも気を失いそうに座り込んでいるのだと思う。ティナの格好良さに惚れるのは当然だから仕方がないとはいえ、もっとよく見ていれば気が付けただろうにとも思う。


「それと、私たちは正式に婚約を結びましたこと、ここにご報告させていただきます。ですのでゼークト侯爵令息様。婚約の申し込みはお断りさせていただきますね」


 少しだけ申し訳なさそうにしてやろうかと考えたが、にっこりと笑って返すことにした。私は男色ではないし、ティナ一筋だから。

 くすくすと、離れた所から笑い声が聞こえてくる。そりゃそうだ。意中の令嬢と婚約を結ぶために婚約破棄をしたら、その令嬢は男だったうえ婚約者がいる。しかも婚約破棄された令嬢も意中の令息が女だったうえ、その女の婚約者は婚約破棄した男の想い人ときた。これほどまでに滑稽な話はない。

 とはいえ、せっかくのティナの卒業パーティー。初めて婚約者として一緒に参加するパーティーであり、私としては心行くまで楽しむ予定なのだ。こんな茶番で台無しにされてはたまらない。


 ふふっと軽く笑いながら、ローランの持っていたグラスを取り上げる。近づいた際にそっと「ティナを恨んだら許さない」と添える。表情は笑顔のまま、最大限低い声で。


「ゼークト侯爵令息様。卒業パーティーで心躍る気持ちは分かりますが、お酒の飲みすぎはいけませんよ。シュレマー子爵令嬢様も、いきなりのことで驚いてしまったのは分かりますが、売り言葉に買い言葉ではいけませんね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 にっこりと微笑みながら、「()()()()外の空気を吸っていらしたらどうでしょう?」と付け加える。要は「誤魔化してやるからさっさと逃げ帰りな」ということだ。

 アマリリス嬢の表情が、少しだけ明るくなる。


「は、はいぃ。お気遣いぃ、ありがとうございますぅ……」


 アマリリス嬢は、ブツブツと何かを呟いて全く動こうとしないローランを引きずるようにして去ろうとする。


「皆様、お騒がせしいたしました。改めて、卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます。これからのご活躍を心よりお祈り申し上げます。ですが、お酒にはご注意くださいね」


 少し御茶目っ気にしながら言った最後の言葉に、何人かが「そうだな(ですね)」と乗ってくれた。あとでお礼を言いに行こうと心に決める。

 私が話している間に、ティナはアマリリス嬢を手伝っていた。動く気配のないローランを引きずっているアマリリス嬢を見ていられなかったのだろう。あぁ、なんて優しいんだ。私たちの中を切り裂こうとした奴らにも手を差し伸べるなんて、彼女はやはり天使に違いない。

 だというのに、ローランから視線を感じる。じろじろと、質の悪い視線がまるで体中を舐め回すように――。


「……」


 不意に、その視線が止んだ。私とローランの間にティナが入ってくれたからだと気づく。ティナはローランに何か言っていたようにも見えたが、聞こえなかった。それにしても、なんて紳士。なんてイケメン。あぁ、格好良い。

 扉の向こうへ二人が消えたのを確認して、ほっと息を吐く。外にいた警備に託したのか、ティナは会場から出ることはなかった。




 しばらくして、会場入りした時とは違う、和やかな雰囲気のパーティーになった。

 互いの友人に婚約を報告すると、「むしろしてなかったの?」と呆れ気味に驚かれて、逆に照れ臭くなってしまった。友人たちからの質問攻めから逃げるように、ティナをダンスに誘う。


「ティナ、――」


 愛してる、と小声で伝える。「好き」と伝えたことはあっても、「愛してる」は言ったことがなく、また恥ずかしさが勝って小さな声になってしまった。

 ティナは驚いたように一瞬だけ目を開き、そして特別深い笑みを浮かべた。あぁ、なんて愛らしいのだろう。


「愛してるよ、フランツ」


 かっっっこいいぃッ!!!

 サラっと言ってのけるティナに、改めて恋をする。なんて格好いいんだッ!


「あと、その、……さっき、とても格好良かったよ」


 くぁわぁいぃいぃッ!!!

 照れくさそうに微笑むティナは最高にかわいい。あぁ、なんて素敵なんだッ!


「ティナの方が、格好いいです……」 


 絞り出すようにそう呟けば、ティナはまた照れたように「ありがとう」と微笑んだ。


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