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そして日々は続いていく

2022.2.19 投稿

「いやー、真夜中に食べるってなんかそれだけで背徳の味がして美味しく感じるよねー。……あ、そういえばさっきは聞きそびれてたんだけどさ、無くしちゃった記憶はどうやっても取り戻せない感じなの? や、ほら……物忘れだったらよくあるじゃん? ふとした時に『そういえばそうだった!』みたいなのってさ」


 ささやかな祝勝会を終え、それぞれの住処へと戻る帰り道で不意に真琴(まこと)から聞かれた質問は、いつもより声量こそは落としていたものの店内にいた時よりは率直な物言いだった。


「あー……少なくとも、今の所思い出せた事は無いな。忘れるっていうよりかは、文字通り無くなるっていうのが正しいんだと思う」


 先程は従業員がいた手前、ストレートに聞くのもはばかったのだろう。そう合点した陸人(りくと)もまた、率直に答える。互いに、廃工場を出た直後のぎこちなさは既になかった。


「そっかー……。あ、じゃあついで……っていうわけではないけれど、最後にもう一つだけ。無くした記憶ってどうやってカバーしてる感じ? 一日の振り返り日記とか?」


 一日の振り返り日記というなんだか気の抜ける語感に陸人は脱力しかけるが、自分が日常のルーティンに組み込んでいるものは言い換えてしまえばそういうものだ。


「そ。何分()()()()()んでね。備忘録は俺には欠かせないわけ。いざって時の為にケータイにもバックアップはとってるし」


 尤も、日記のように寝る前にまとめて書いている訳でもないけれど、と短く付け足して陸人は真琴の質問に答える。

 異能を使ったタイミング以外で重篤な記憶の欠落が起きたことはないが、何時どこで異能を使わなければならない緊急事態が発生するか分かったものではない。だから空き時間があれば記録を残すようにはしているがーー。


「でもさ、リアルタイムで書けてない以上はメモしきれてないのを忘れちゃうこともあるわけだよね?……ほら、今回みたいにさ」


 真琴の言葉に対し、陸人は返す言葉がなかった。記憶の空白期間――バックアップを取れていない記憶の部分は少なくないのは事実だ。それこそ異形処理屋として活動する以前の記憶は一切ないし、その他にも細々(こまごま)とした空白部分は多々ある。何一つ間違ったことは言われていない。

 それでも明確にそうだ、と口に出して肯定できなかったのは目の前の彼女について一度完全に忘れているという罪悪感からだった。結局のところ、陸人は無言で頷いて肯定の意を伝える事しかできなかった。暫く、二人の間に沈黙が続く。


「……僕と陸人は今回で会うのが丁度1000回。実は陸人は僕に2億円ぐらい借金してる。実は兄妹」


 沈黙を破ったのは、真琴の突飛にも聞こえる言動だった。見え透いた嘘に対して陸人が茶々を入れずに、真琴が続けて紡ぐであろう言葉を待ったのは、気まずさからではなかった。と言うのも、この小花真琴という人物がふざけた言動をする裏には意図がある気がしていたからだ。場を和ます意図なのか、昼行燈を演じたいのかは測りかねてはいたが、彼女の言動は突飛そうに見えて必ず理由がある。

 これは記録に基づくものではなかったが、彼女に関する記憶を無くしてから対話する中で、確信めいたものとして感じていた。記憶をなくしてしまった末に、固定観念と言う先入観で人を見ずに済んだのは数少ない利点だったかもしれない。


「知っての通り、ぜーんぶ嘘だけどね?でもさ、このぐらい分かりやすい嘘だったら一蹴される虚言だけど、わかりにくい嘘だったら?例えば……そうだなぁ。僕と陸人は今回で会うのが大体10回目ぐらい、とか。……ま、これも嘘だけど」


「……あぁ、そりゃあさっきのよりかは幾らか信じる気になるな」


 軽薄な口調で返したものの、彼女の言葉は実は真実なのではないかと信じそうになった自分がいることに陸人は気付いていた。嘘、と念を押されれば押されるほど、まるで”嘘という事にしていい”と言われているかのように感じていた。暗闇の中に生まれた鬼を振りほどくように、これは嘘だという前置きに甘えるように、捻くれた返事をすることが精いっぱいだった。そうでないと自身の心の拠り所としていた手記の内容すら信じられなくなってしまうからだ。


「そーいうこと。おっきな嘘は見透かせても、案外ちっちゃな嘘はすり抜けちゃうかもよ? あ、でも……僕が言いたかったのは誰も信用するなって事じゃなくて……んー、回りくどく伝えようとすると話が不時着しそう……というか既に不時着気味だから、結論だけストレートに言うね?――」




―※ー※ー※ー※ー※ー※ー※ー※ー



 自宅の玄関前で携帯の時刻に目を落としてみれば、時刻は深夜3時を回っていた。あれから二人の会話が終わるのにそう時間は掛からなかったが、それまでに大分話し込んでいたのだろう。体感としてはそれほど喋っていたつもりもなかったのだが、楽しい時間はあっという間に過ぎるということなのだろうと陸人は合点する。


「楽しい、ねぇ……」


 慣れない感覚を、声に出して反芻する。と、同時に今まで仕事の帰り道で楽しかった事などあっただろうか、と自問する。生きて帰る事が出来た安堵感や、早く横になりたい疲れは今まで何度もあった。そして今も確かに疲れは感じてはいるものの、それすらも心地よい疲れだと感じている自分がいる。


「なんとも、変な感じだな」


 吐き出した言葉とは裏腹に、自身の口角が上がっている事は陸人も理解していた。それでも変と言う表現でしか言葉にできなかったのはきっと性分なのだろう。ともあれ、無事に帰ってきた。後はシャワーでも浴びてから、手記に今までの出来事のまだ書けていない部分を記録して横になるだけだ。

 自分の根城でもある古びれたアパートのドアを開けて、ただいまと小さく呼び掛ける。返事は当然ないものだと思っていた。このこじんまりとした2DKのアパートの借主である佐伯要(さえきかなめ)は、仕事でもない限りはこの時間帯に起きている事は滅多にない。


「おう、おかえり」


 だから、暗がりの向こうから返事があるとは露程にも思っていなかった。ライターの火打石とやすりが擦れる音ともに散る火花が二、三度繰り返されてからリビングがぼぅ、とライターの火で照らされる。玄関から見えたのは、リビングのソファにどっかりと腰を下ろしその先にある小さめのテーブルに足を投げ出す男ーー要の姿だ。要はすっかりくしゃくしゃになった煙草を咥えて息を吸い込むと、天井を見上げて紫煙を吐き出す。

 外見上に変異が認められ、異能力を保有する変異者ーー甲種変異者である要の左腕は、190㎝はあるだろうその身長ですらやや不釣り合いに感じるほど巨腕だ。ただ巨腕なだけであればまだしも、赤黒く変色しているその腕から伸びている爪は獣のそれより鋭く、まるで御伽噺に出てきそうな怪物の腕だ。顔つきは美丈夫や精悍と言えば聞こえは良いが、目つきの悪さを鑑みれば端的に言えば裏稼業で生活している人間に見える。


「なんだ、起きてたのか。おはよう。……あとさ、タバコ吸うなら換気扇の前で吸ってくれって前から頼んでるんだけど」


 返ってくることはないだろうと踏んでいた挨拶に返答があった事に陸人は驚きはしたが、とは言えそれだけだった。同居人が起きていて不都合があるようなやましい事は何もしていないのだから。今の陸人にとっては、そんな些細な予想外に対する感情よりも煙草の匂いの不快さ加減に文句を言うことの方が重要だ。

 陸人は煙草の匂いがあまり好きではない。世界が変貌する以前から値上がりを続けていたらしい煙草は、現在となってはその人類の生存圏の減少に伴う供給量の減少も相まって誰もが高級嗜好品だと認めるような高価なものであることは知識として知ってはいたが、だからと言って有難がるような物とは思えなかった。

 わずかに諦観の念が混じった声で抗議の声を上げる。それこそ回数を記録するのが無意味なほど口酸っぱく言ってはいるが、聞き入れられた事は覚えている範囲では一度もない。


「オジサンの楽しみにケチつけるなよ。繊細なハートを持つ俺ちゃん泣いちゃうぜ?」


 まるで気にも留めていないかのようにカラカラと笑いながら要は答える。こういう風におどけて流そうとするのは毎度の事だ。陸人がわざとらしく溜息を吐きながらリビングの照明をつけた時、要の足元に大量の空き缶が転がっているのを認めた。中身がなんだったのかについては確認するまでもない。全てアルコール飲料だ。要がそれ以外の物を飲んでいる所を見たことがないと言っても過言ではないほど、彼は浴びるほどの酒を飲む。


「そうだな。お酒も煙草も嗜んだら嗜みっぱなしのダメなオッサンの楽しみを奪ったら可哀そうだもんな。……まぁ、もう今日はいいけどさ」


 だから、もはやこの程度の光景は見慣れた物だ。口では文句を言うものの、言えば不満はある程度解消されるし、これはこれで安心感を覚えている事に気付く。事実として、陸人の口振りは文字面とは裏腹に柔和なものだった。


「お。お小言がそれだけとは随分と今日は上機嫌だな?……陸人、お前今日は随分と帰りが遅かったし……もしかして()()か?」


 要はニッと笑って小指を立ててくる。以前その動作を見かけて意味が分からず聞いた事はあったが、確か恋愛関係にある女性の事を示す古いジェスチャーだったかと記憶を探る。


「違うよ、酔っぱらいの馬鹿要」


 自分の身に良い出来事があって機嫌を悪くするほど天邪鬼な性格はしていない。だから、機嫌が良いか悪いかで言えばそれは間違いなく良い。だが、いま陸人の機嫌を上向きにさせている出来事というのは友達が出来たという事であって、相手が女性だからではない。そして要が普段言っている下世話な言動からすると、恐らく今のも()()()()質問なのだろう。


「友達が出来た」


 恐らくは冗談の類なのだろう。そもそも要が人をおちょくるような言動をするのはいつもの事だ。だけど、今ばかりは純粋に嬉しい出来事に水を差されたようでとてもではないが愉快とは言えない冗談だった。陸人は否定の言葉を口にした後に、要が邪推できないようにまるで宣言をするかのようにはっきりと上機嫌の理由を告げる。


「なるほどねぇ、友達。友達……。……は?」


 一方の要からすれば、陸人こそ冗談を言っているように聞こえていた。相手が酸いも甘いも知らぬ子供相応の外見をしていたなら、それは良かったと微笑みを浮かべてあげる事も出来ただろう。だが要の目の前にいるのは推定20代前半のいい歳をした成人男性だ。もっと言ってしまえば、陸人と言う人物は普段は口を開けば捻くれた言葉か皮肉かしか言わないような人間である。

 目の前の彼を上機嫌たらしめている理由が、友達が出来たというのは、外見から抱くイメージとはあまりにも乖離していた。記憶喪失者だというのは出会った時から知っているが、それを差し引いても似つかわしくない言葉だった。


「陸人、お前ーー」


 純粋無垢なガキじゃあるまいし、という言葉が要の口からつい出かかったが、すんでの所でそれを声に出すのを止めた。言えば陸人の機嫌を損ねるのは火を見るよりも明らかだし、それにーー


「……なんだよ?」


「……いや、なんでもねぇ。またお小言は貰いたくねぇからな」


 ――それに、外見はどうあれ目の前の男はおおよそ5年ほどしか、しかもその大半が社会とは隔絶された環境でしか生きていない事を要は知っている。そして、その事実を思い出させることは今の人類社会にとってあまり良くない結末を引き起こしかねないであろうことも。そんな自覚のない爆弾と一緒に約1年の時を過ごしているが、普段は外見相応の素振りしか見せないものだからつい油断してしまっていた。


「なんだそりゃ……ま、いいや。俺はもうシャワー浴びて寝るけど、要は寝る前にせめてゴミはまとめとけよ?ゴミ出しぐらいは起きたらやっとくから」


 いつもの茶化すような口調はそのままに、なんとかはぐらかそうとした要の目論見は成功した。この程度の応酬であればいつもの光景であったから、陸人は何の違和感も覚えず要の軽口を流す。あるいは、要がそのまま思ったことを口にしていたとしても多少面白くない思いをするだけでその場は終わっていただろう。


「そりゃどーも。ありがたいね、俺ちゃん感動して涙出そうだ。……っと、そうだ。近いうちにちょっとハード目の仕事入るから、風邪ひかないように温かくして寝とけよ?」


 浴室へと向かう陸人の背中に要が呼び掛ける。異形の接近/出没を予想する技術などというものは開発されてはいない。それなのに異形処理屋の自分に仕事が入ると言い切れるのかを疑問に思うほど要の言う()()()()()()()を経験していないわけではなかったのと、その仕事が入ったらやらなければならないことを想像すると気が重くなるのを感じる。陸人は一瞬立ち止まると、振り返ることなく片手を軽く挙げて返事の代わりとした。



 ごく一部の異形処理屋にだけ入る仕事の予定。それは、異形を相手にするものではなく変異者(にんげん)を相手にするものだ。




「最後の最後にケチが付いたな。……まぁ、寝る、か」


 ベッドに座り陸人が小さく独り言ちる。春の夜風で冷えた体はシャワーで少しは温まった。せっかく心地よく眠れそうな日に嫌な予定を聞いて何か消化不良な物を感じるが、寝不足で体調を崩すのも馬鹿らしい。エンドテーブルに置いていた手記を手に取り、ここまでの出来事の中で記録を残せていなかった部分を書き始める。仕事の電話が入って、現場へ向かって、切った張ったを繰り広げて生き残る。ここまでは何一つ変わらない日常だ。だが、今日は自分の中で大きく変化のあった一日だ。


「記録より記憶に残りたい。俺が忘れたって何度だって記憶に焼き付けてやる……か」


 今日は、記憶をなくしてから初めて友人と呼べる存在ができた。その友人が別れ際に言った言葉を噛み締めるように声に出す。それを忘れないように手記に書き残そうとしてーー、ゆるく頭を振って手記をエンドテーブルに置く。きっとこの言葉は、記録に残すより記憶に残っているからこそ価値があるものだし、何より自分自身がそうしておきたかった。友達の言葉に甘えていると言えばそれまでではあるが、甘えたり甘えられたりするのも度が過ぎなければいいのだろう。

 ベッドに体重を預け、目を閉じる。肉体の疲労からか、それとも友人の言葉の安心感からか、眠りに落ちたのはすぐの事だった。


―※ー※ー※ー※ー※ー※ー※ー※ー


 何処とも分からぬ場所。周囲に設置されている何かの機械の、何事かを告げるインジケータのランプが時折明滅するのみの薄暗い部屋の中、男は何をするわけでもなく退屈そうに頬杖をついて座っていた。機械のファンの静かな駆動音のみが支配していたこの部屋の静寂を切り裂いたのは、入室の許可を求める控えめなノック音だった。


「入れ」


 男は短く、そして機械的に許可を告げる。程なくして入ってきた白衣を着た男もまた、この男と同じ顔をしていた。


「2点報告があります。先日面会をお断りした例の人物が、再度面会を求めています。進捗状況について直接会って話がしたい、と。如何いたしましょうか」


 社交辞令程度の挨拶すらなく、白衣の男は淡々と報告事項を伝える。一方の男も視線すら向けることなくそれを聞いていた。


「捨ておけ。死にぞこないが安息を求めて喚いてるだけだ」


 男は悩む素振りすら見せず一片の興味もなさそうに淡々と告げる。白衣の男も事務的に承知した旨を短く口にした。


「次に、2点目についてですが、1年前に逃走した旧型を廃棄街区内のカメラが捉えました。当該個体の内部にR-09が居るかは不明ですが、捕獲は比較的容易だと考えられます。こちらは如何いたしましょうか」


 頬杖こそそのままではあったが、男は初めて白衣の男を見る。白衣の男はそれだけで意図を察し、少しお待ちくださいと言って手元に持っていた機械を操作する。壁に監視カメラの粗い映像が投影される。映し出されたの風景は廃工場の一角、そして拡大されて映っていたのはこの部屋にいる二人の男と同じ顔の人間ーー陸人だった。


「……いや、やはり放っておけばいい。あれは勝手に自壊するだろうし、我々は大願を成就するまで目立つ真似は出来ん」


「えぇ、人類を恒久的に守るために……我々は元の肉体も捨てたのですから」


 初めて、白衣の男が個人的感情を述べる。しかしそれは、この空間にいるものの総意でもあった。

なんか終わりっぽいタイトルだけど、細々とまだ続くんじゃ。

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