祝勝会
最近できたらしいファミリーレストランに入店した頃には既に客はまばらで、注文した料理が運ばれてくる頃には既に陸人と真琴以外に客はいなかった。24時間体制で営業している企業側としては面白くない話なのかもしれないが、あまり人に聞かれたくない話をする分には都合がいい。
お互いに頼んだ注文としては祝勝会と呼べるほど派手な料理でもない軽食のようなものだが、深夜と言う時間帯もあるし……何より、陸人としては自身の重大な秘密をこれから打ち明ける緊張もあったし、真琴としても緊張しているのは同じだった。これから陸人が話す内容は気軽に聞けるものでもないだろうことは想像に難くなかった。
(それでも……『お前の事覚えてない』に対して訳も分からないまま『そうですかわかりました。それじゃあお元気で』ってはなれないんだよねー)
これから陸人が話す事がどんな内容であれ、取り乱さない。いつも通り平常運転でいよう。覚悟は無理やり食事に誘った時点で決めていたが、真琴は改めて自分に言い聞かせる。
お互いの覚悟と緊張が伝播しあって、ぽつりぽつりと時々会話を交わすようなぎこちない祝勝会。それぞれが頼んだ料理を食べ終え、長話を続けるならばせめて、と頼んだフライドポテトがテーブルに配膳された後に意を決して陸人が話し始める。
自分が持つ本来の異能は他者の異能を意識ごと奪うものであること。かつてその異能を使った結果、発火の異能を得たらしいこと。発火の異能を使う度に記憶が失われていくこと。万が一を考え、店員の動向をこまめに窺いながら話したそれはあくまでかいつまんだ物ではあったが、事細やかに話しても冗長なだけだ。
「へぇ、なるほど。つまり、使えば使うだけ……まぁ、その、無くなってくってことだね?」
陸人の話を聞き終えた真琴が返した言葉は、彼女が口に運んでいるポテトと同様に芯のないふにゃふにゃな物ではあった。彼女の名誉のために付け加えておくならば、もしも誰かに聞かれていたらを考慮した結果の発言であって決していい加減に聞いてたわけではない。他愛のない話をしている風に装っているだけだ。
陸人は無言で首を縦に振り肯定を示す。
「なるほどねー。まぁでもさ、一つここでハッキリと言えることは……装備は増やしたほうが良いんじゃない? 今回はぐるぐる巻きになってたから避けようがなかったし、元はと言えば僕の落ち度だけど……銃とか持ってたら選択肢が増えてたかもでしょ?」
「……そうだな」
真琴の真っ当な意見に、今回の仕事の準備をする際に心の中で”装備は最低限の方が最善手を見出しやすい”なんて持論を展開していたのが急に恥ずかしく思えてくる。
「もし良いお店を知らないっていうのであれば僕の行きつけの店だったら紹介できるしさ。申請してから1週間ぐらいで許可は下りるんだし考えてみてよ」
「良いお店にしてもそうだし、そもそも銃の良し悪しについても疎いし……お言葉に甘えるとするかな」
「うむうむ。銃については僕のが先輩だしね。先輩の意見に素直に耳を傾けるのはよいことであるぞー」
胸を張りながら先輩風を吹きすさばせる真琴の偉そうな仕草に、陸人は思わず口元を緩めた。あの廃工場で目を覚ましてから、心から笑みを浮かべたのは初めてだった。
今までも記憶を無くしたことによって日常生活で食い違いを生じた事はあったが、自分の生活と密接に関わる事柄を忘れてしまったのは初めての事だ。異能を使った回数と失う記憶の重要度に因果関係があるのかはわからないが、どちらにせよ|切りたくはないジョーカー《異能》を使わなくてもいい方法が一つでも増えるのであれば頑なに持論を固持する理由もない。
記録と記憶によれば約2年も異形処理屋をやってるというのに、今の今まで自身の装備について意見を言われた事がないのは、例え異能を使ったとしても記憶の忘失については取り繕えてきたからというのも大きいだろう。そもそもあまり他人について首を突っ込まないという暗黙のルールがある、希薄な人間関係になりやすい仕事柄というのも大きいかもしれない。それで言えば異能を使えば何かを忘れていくなんていう身の上話を聞いたうえで、その対策について意見を言ってくる真琴はかなりの世話焼きなのかもしれない。
「それじゃ、連絡先交換しようぜー。僕は基本的に暇してるからさ、好きなタイミングで連絡してよ」
真琴は備え付けの紙ナプキンで手を拭った後、携帯電話をこちらに差し出してくる。画面上に表示されているコードを読み取れば連絡先の交換は完了だ。そう、たったそれだけで完了……ではあるのだが、陸人は真琴と連絡先を交換するべきか決めあぐねていた。
たしかに、相手は自分の重大な秘密を知っている2人目の人間だ。そして、相手の記憶を無くしたうえで信じてみようと思えたのも事実だ。だがしかし、交友を深めることによって、万が一の事が……例えばまた記憶を無くしたり、どちらかが死ぬようなことが起きたら……どちらも辛い思いをするのではないかと考えると二の足を踏んでしまう。
(……まぁ、その時になったら考ればいいか。後ろ向きに考えすぎてたら、何もできやしない)
それは、時間にすれば一瞬の逡巡だった。第一に、万が一を起こさないように銃を取り扱ってる店を紹介してもらう目的で連絡先を交換するのであって、ここで行動を起こさなければ危惧してる事は現実に近づくだろう。万が一を考えてすぎて臆病になるのも馬鹿げている。
厚意で手を差し伸べてくれたのを振り払うほどひねくれてはないし、事実としてその厚意を好意的に捉えている。どうせ後悔は先に立たないのだから。
臆病な思考を一蹴して画面上のコードを読み取る。陸人が登録している異形処理仲介業者の連絡先がずらりと並ぶアドレス帳に、小花真琴の四文字が割り込んだ。
「……へへへ」
「どうした? 変な笑い方して」
自分の口角が自然と上がっていることを自覚しながらも、陸人はそれを素知らぬふりをして真琴があげた笑い声の理由を問う。
「いやさ、この仕事を始めてから友達ができるのって初めてだなって思って」
ーー平然と恥ずかしい事を言ってくれる。記憶があるにしろないにしろ、以前の陸人であれば真琴の言葉にそんな返しをしていただろう。基本的に世話焼きではあるものの、相手との距離をこちらからは詰めたがらない。よく言えば精神的孤高な人間。悪く言えば人間関係に臆病。それが柏崎陸人という人物だ。
だが今は、屈託のない笑顔を浮かべて言いよどむ事無く”友達”と称してくる真琴の真っすぐさに憧れすら感じている。
「そりゃ奇遇だな。俺も初めてだ」
陸人が返した言葉は不器用な、照れ隠しの冗談めかしたものではあったが、真琴にとってはその言葉で十分だった。友達だとは認めたのだから。




