忘失と決意
「あちら側の言い分も分かるけどさ、死体に銃創はないし、陸人のナイフからも何も検出されなかったんだから直ぐに解放してくれたっていいのにね?」
廃棄街区を抜けてすぐの人気のない道路にて、縁石の上を歩く真琴が欠伸を噛み殺した後に陸人に同意を求める。対して陸人は、どう返事したものかと決めあぐねていた。確かに、当然人を殺してはいないし、疑われるような物証もない。感情論で言えば自分としても早々に解放して欲しかった。しかし警察からすれば変異者であれば、よくわからない力で証拠を残さず犯行は可能だ、とも考えるのかもしれない。自分で蒔いた種ではあるが、件の異形がいた痕跡は部分的に酷く焼け焦げた床ぐらいなものであったのだから尚の事疑われても仕方ない。
もしくは、未確認の異形や脛に傷持つような者たちがいるかもしれない廃棄街区内で、いざとなれば対処できる人間を留めておきたかったという前向きな見方もできる。取り調べ自体は形式的な物のように感じもしたし、個人的にはその線で信じたい。……勿論、そうであったとしたら疑いの身として拘束せずに協力を頼まれれば幾らか心情もましだったという物だが。
「あぁ、そうかもな」
そんな風にも考えていたから素直に同意できなかったのと、小花真琴と名乗る目の前の少女に対しての記憶がすっかり抜け落ちている罪悪感から、曖昧な笑みと共にやはり曖昧な返事をする事しかできなかった。
隣を歩く少女に関する記憶は、廃棄街区内で警察の足止めを食らっている間に情報として取り入れ直した。いつか、身近な人物に関する記憶をなくす事を考えて毎日書き残している手記の内容を携帯電話のメモにも残しておいた甲斐があった。隙間時間を見つけて読み返した手記の複製メモによると仕事仲間なのは確かであるし、当時の主観に基づく記述をそのまま抜粋するならば”信頼は得ているように感じているし、俺も小花真琴という人物を信頼している”らしい。
そんな相手の会話に素っ気ない態度を取る事に心は痛むが、あの廃工場で意識を取り戻した後に真琴と会った時の……彼女の事を覚えていないことを告げた時の、悲痛な表情が脳裏に焼き付いて先ほどから上手く言葉が出てこないのも事実だ。
「……そ、そういえばさ。最近近くに24時間営業のファミレスが出来たの知ってた? 色々あったけど祝勝会って事でさ、この後ご飯でもどう?」
こちらの反応が薄いのを見てか、真琴は話題を変える。不意に訪れた食事の話題に、朝から何も食べていない事に気付く。自分自身の体も空腹を訴えてもおかしくはないはずだが、気まずさが上回ってとてもじゃないが食べる気にはならず、魅力的な提案には思えなかった。
「……悪い。今の俺は小花といつも通りに喋れないと思う。次があったらよろしくって事で、今回はパス」
気を遣ってくれているのは分かっている。しかし今は早く帰って手記を読み返して、失った記憶を補完しておきたい。隙間時間に読み返した程度では完全には読み込めていない。それで食い違いを発生させて相手を傷つけたくないし、相手を傷つけた事で傷つきたくもない。なくした記憶については取り戻しようがないのかもしれないが、知識として完全に再吸収さえすれば少なくともそんな食い違いはなくなるはずだ。
「ふーん……いつも通りの調子で僕と喋る自信がないから断ってるだけで、体調が悪いわけではないんだね?」
断りの言葉に対して真琴から返ってきたのは、予想外の質問だった。
「そう、だな」
真琴の質問の意図は読めなかったが、正直に答えるのが得策だと思った。記憶を失っていなければ間違いなく誘いにはのっていただろうし、彼女についての記憶を失った今でも普段通りを装えるのであればそうしただろう。平たく言ってしまえば、良好な関係を崩すのが怖いから逃げているだけだ。突き詰めていけば利己的な感情しか出てこない事に、心の中で自嘲する。
「それなら良かった。じゃあ、ご飯食べに行こう」
「……は?」
二度目の予想外に、素っ頓狂な声を上げていた。我が意を得たりと言わんばかりに満足そうな表情を浮かべる真琴に、自分の事を棚に上げて話を聞いていたか問いたくなった。
「まず大前提。僕は陸人がいつも通り接してくれなくても気にしない。で、もうちょっと言えば僕は陸人と祝勝会がしたいし、まだ言いたい事も聞きたい事も消化不良。つまり、僕とご飯に行くのは決定事項なのだよ。おわかりかな?」
綱渡りのように乗り上げていた縁石から軽快にジャンプして、陸人の前に躍り出る。おどけた様子の彼女の口調とは裏腹に、街灯に照らされる彼女からはこちらがイエスと言うまで食い下がってやると言わんばかりの強い決意を感じた。
「……オーケイ、俺の負けだ。こうも真っ向勝負を挑まれると、逃げの一手を決め込もうとしてた自分が情けない」
異能を使うと何かしらの記憶を失う事は、陸人自身を除いて要しか知らない。誰彼構わず口外するような内容でもないし、弱点にもなり得るその情報が出回ったとして良い結果をもたらすとは到底思えなかったからだ。
このまま祝勝会と称した食事に付き合えば、恐らく記憶を無くした事への言及は避けられないだろう。しかし、それでもーー
逡巡した末に絞り出した敗北宣言も本音ではあったが、いつも通りでなくても構わない、と……記憶を無くした状態で構わないと言ってくれた真琴の言葉を、信じてみようと思った。
毎日投稿とまではいかずとも、自己基準で早めにお届けできて少し安堵している私です。
さて、ここまで閲覧ありがとうございました。
まだまだ四苦八苦しながら自作品に向き合っておりますので、ご意見、ご感想、その他叱咤激励いただけると幸いです。
朝晩の冷え込みが激しい日々が続きますので、お体ご自愛下さい。




