仕事の前のアクシデント
21/10/11 加筆修正
(手持無沙汰な時間が続くのは分かってはいたけれど…まぁ、中々に苦痛だな)
誰何してきた警察官にIDカードを提示して身元を明かしてからおおよそ10分は経過したであろうこの間に、交流と言えるものは取り留めもない世間話を一言二言交わしただけであった。自分が決してずば抜けて陽気な方ではないという自覚は陸人にはあったが、対人交流能力に難がある程ではないとも思っていた。しかし、こちらが話題を振っても素っ気のない相槌しか返ってこないのだからお手上げだ。お互い仕事で来ているだけの身なのは弁えているつもりであったし必要以上の交流は不要な馴れ合いだというのも理解はしていたが、こうも無言の時間が多いと嫌気も差してくるというものだ。
ただただパトカーのハザードランプの規則的な点滅とともに時間が過ぎていく。自分が隣で待機する事は、この警官たちにとって却って余計な心配事を増やしただけであっただろうか。隣で立っている2人にうっすらと冷や汗が浮かんでいるのを陸人は見逃さなかった。それが意味するのは、恐らくは過度の緊張からくる発汗なのだろう。
(世間が抱いている変異者へのイメージは、おおよそ異形のそれと同じだ)
それまでの人間の限界をいとも容易く超えてしまう存在、常識外れの化け物。そんな生き物が平然と隣に立っていて、もう一人の変異者を待っていると抜かす。恐らく隣で立っているこの2人は、異形から襲われそうになっても守ってくれるであろうという安心感というよりも隣の変異者からいつ何をされてもおかしくないという恐怖と戦っているのだろう。
時間が空くとどうしても思案に暮れてしまう。それが陰鬱な空間であればあるほど思考もそちらに引っ張られていく。とりわけ、仕事の日はその傾向が強い。悪癖である事は十分自覚はしていたが、だからと言って簡単に直せないのが癖というものだ。軽く頭を振って思考を強制的に切り上げる。世間からの変異者への評価も、隣で立っている警察官が何を考えているかも、その人間の頭の中を覗いたわけではないのだから考えるだけ無駄だ。
「おーっと、ごめんごめん、待った?」
居心地の悪さと退屈なせいで無限にも感じていた空間を打ち砕いたのはそんな呑気な台詞だった。変声期前の少年のような、少女のような澄んだ声の方を見やれば蘇芳色のキャスケットを目深に被った今日の相棒がひらひらと緩くこちらに手を振って近づいてくる。
「誰が来るかと思えば……今回はお前か、真琴」
陸人の隣まで来たところで屈託のない笑みをこちらに浮かべてくるこの少女と組んで仕事をするのは、これで三回目のはずだ。
小花真琴――外見上変異が認められ、なおかつ異能力を保有する者"甲種変異者"。背丈で言えば陸人の肩に頭が届くか届かないかぐらいであるし、顔つきもそれに見合って幼くはあるが法律上深夜労働が認められている年齢ではあるらしい。らしい、というのは小花真琴という人間に関しての情報で知っているのはそのぐらいだからだ。どれだけ親しくなっても、どれだけの回数を重ねて仕事で組んだとしても、また生きて会えるとは限らない。ただの仕事仲間という関係を超えない限りはプライベートは探らない――それが、異形処理屋同士の暗黙の了解だった。
「そこは『今来たところ』って答えてくれないとさ。相変わらずノリはまだまだみたいだね。これは道すがら僕が叩き込んであげようじゃあないか」
「はいはい、今来たところ今来たところ。奇遇にも合流のタイミングが重なった所でさっさと仕事に行くぞ」
体感時間というのはあてにならないものだ。携帯電話で今現在の時刻を確認すると、陸人が合流地点に到着して待っていたのはおよそ15分。廃棄街区近辺に住んでる陸人が早く着きすぎたぐらいで、真琴の到着自体は決して遅いものではなかった。彼女がどのあたりに住んでいるのかは知らないが、まだ肌寒いこの春先の夜中にわずかに上気する頬を見る限り急いできたのだろう。
「そだねー、じゃあ行こっか。お巡りさんお巡りさん、処理屋2名廃棄街区はいりまーす」
よく言えば張り詰めた空気を緩和してくれる、悪く言えば場違いにも能天気な口調で真琴は警官にゲートの開放を促す。しかし、警察官は頑として動こうとせず、猜疑心に満ちたような眼差しを真琴に向けていた。この目の前にいる子供は本当に処理屋なのだろうかとでも言わんばかりだ。陸人は思わぬ面倒事の気配を感じて嘆息したい気持ちになったが、同時にそれは無理もない事だと納得してしまった。切った張ったの荒事を生業とする処理屋とのイメージと、真琴の外見から抱くそれはあまりにもかけ離れている。
「んー…これは困りましたなー。携行義務のないIDカードなんて、邪魔なだけだから持ってきてないんだけれど」
疑いの眼差しが自分に向けられている事に気づいた真琴は、言外に自分は甲種変異者である事を匂わせる。外見上に変異が認められる甲種変異者および丙種変異者はIDカード自体は発行されるものの、その携行義務自体は免除されている。理由は単純で、変異している部分さえ見れば変異者だと分かるからだ。IDカード自体は発行されているけれど、自分にはその義務がない……それは自分が甲種変異者か丙種変異者である事を意味する。なるほど、上手い言い方だと思わず感心した。
異形処理屋は変異者でなければ就くことが出来ないのかと問われればそれは否であるが、普通の人間が異形処理屋になること自体は極めて稀である。そもそも目の前の少女が変異者でなければ間違いなくこんな時間帯に出歩いてはいけない年齢だろうし、その心配もあるのだろう。
「余計な被害を出さない為、念のため証明をお願いします」
しかし、向こうの対応は依然として頑なだった。ここで押し問答して余計な時間をかけるのは得策ではない。IDカードをすでに提示している自分が口添えすれば証明代わりとはならなくとも、少なくともこの場は切り抜けられるだろうか。陸人が口を開こうとしたその時、真琴は溜息を隠そうともせず深々と吐いて渋々とキャスケット帽を脱いだ。
「しっかたないなぁ…ほら、これで良いでしょ?」
僅かに怒気を孕んだような口ぶりで喋る真琴の頭に生えているのは、ネコ科の耳を連想させるそれだ。以前に見た時よりもやや後ろに反れている。猫の感情は耳の動きでわかる、と以前読んだ本には書かれてあったがたしかこの形は不満がある時であったか。もっとも、真琴のそれがネコ科のそれに準じた動きをするのかは陸人には知りえなかったし、真琴自身も自分の頭のそれが今現在そんな動きをしている事は自覚してはいなかった。
「言っておくけど、これは作り物じゃないよ。正真正銘、四つとも全部本物」
サイドに垂らしていた髪をかき上げ、普通の人間のそれと変わらない耳を見せる。真琴にとって今の状況はあまり気分の良いものではないだろう。ヒトの耳を髪で隠しているのも、帽子を被ってネコ科のそれを隠しているのも、あまり人に見られたくないからなのだろうから。
「ほら、もういいだろう?ご心配は痛み入るけど、こういうのは俺達の気分だって良いもんじゃない」
四つの耳を見せられて呆気に取られている警官たちが、呆然とした眼差しが好奇の眼差しに変わる前に諫めるように陸人が口を開く。その言葉で我に返ったのか「失礼しました。もう結構です」と慌てたような口調で言うと、2人はゲートを開放するためにそれぞれの配置に駆け足で向かった。真琴は帽子を脱いだ際に少し乱れてしまった髪形を直し、またキャスケットを目深に被りなおす。わずかな沈黙の後、それを打ち破ったのは真琴だった。
「まったく、失礼しちゃうよね。純粋無垢な乙女の繊細な心が傷ついちゃったよ」
「へぇ、お前が純粋無垢だってのは知らなかったな。忘れてなければ覚えておくよ。……ま、冗談はさておき、お疲れさん」
真琴の口ぶりを見るに、どうやらある程度調子を取り戻したらしい。傷ついたのは確かなのかもしれないが、冗談を含めた物言いで誤魔化そうとしているのであれば恐らくこちらも笑って流せということだろう。陸人も軽口を多分に含めた口調で応えることにした。そんなやり取りが終わった所で古い鉄製の折り畳み式スライド扉が耳障りな音を立てて開かれる。
「ゲート開放完了しました。お気をつけて」
警察官の一人がゲートのすぐ傍からこちらに声を掛ける。ちょっとしたアクシデント自体はあったものの、あまり時間は取られていない。今回の依頼は異形の処理だけとは言え、急げば救える命があるかもしれない。それどころか、時間を掛ければ掛けるだけ被害を拡大させるかもしれないのだから。逸りそうになる気持ちを抑えるために、陸人は一呼吸おいた。
「さて、行くか」
「おうともよー」
隣から聞こえるやはり能天気な返事を合図に、歩を進める。ハザードランプの規則的な点滅だけが唯一の光源だったその場から離れていく陸人と真琴の2人は、まるで廃棄街区の暗闇に溶け込んでしまったようにやがて姿が見えなくなった。
物語のテンポはここまでかなり遅めだけれど、これから話は進んでいくので何卒ご容赦を…!
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