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不死/不滅

「お世辞にも綺麗な場所じゃねぇが……ま、てきとーな所に座ってくれ」


 ナインを連れて(かなめ)は自宅へと戻り、散乱している酒瓶やら空き缶やらをどかして人が座れるスペースを確保する。促されるままに座るナインに先程までのような全てに飽いたような雰囲気は既になかった。それどころか、今は好奇心旺盛な小動物か何かのように物珍しそうに辺りを見回している。諦観の念を抱いた老人のような雰囲気だったり、無垢な子供のような雰囲気であったり、しかしそのどちらもナインという青年の外見にはそぐわない。

 全てがちぐはぐで、やはり異常だ。そんな印象を要が改めて認識したのと、自分を棚に上げて随分と悪し様に人を判断していると気付いたのはほぼ同時だった。暗に殺害予告をされて、喜んで家にまで連れ込む自分もやはり異常だ、人の事をとやかく言えた身ではない。思わず自嘲気味に笑いたくなる衝動をこらえるために、要は買ってきた缶ビールを一息で飲み干してからナインの対面上に位置するソファに乱暴に体を預ける。


「さて、それじゃあどこから話そうかな……順を追って話さないと釈然としないかもだけど、結論から言えば僕のお願いしたい事は大きく分けて三つ……。まず一つ目は、人間らしい呼称と、この社会を生きるのに不便がないように戸籍を用意して欲しいかな」


「初っ端から随分と難しい要求だなぁ。まず第一、戸籍を用意しろって簡単に言ってはくれるが、その場限りの誤魔化しの利く偽造身分証を用意しろとかならまだしも、戸籍となると話は別だろうさ。電子的に管理されてるそれを改ざんするってのは当然俺ちゃんには出来ないし、そもそもーー」


 戸籍が存在しないような生まれなんて、ある訳がないと否定する気はなかった。人間が人間らしい生活を取り戻した今現在でも、決して表舞台に立つことがない存在と言うのはあるものだ。目の前の彼は自身の正体こそ明かしはしないが、9(ナイン)という数列じみた呼称と、只者ではない雰囲気がそれを雄弁に物語っている。

 ただ、気にかかったのはそんな生き方をしている人間が、言い方を変えれば自分自身で選択の余地がある年頃であろう男が今更になってそれを必要とするのかが腑に落ちない。


「――そもそも、それを用意して何の意味があるかどうか、だね?たしかに、戸籍が必要となるような手続きをしなければ案外使わないらしいしね。……だけど、普通のヒトはそれを当たり前に持っているんでしょう?唯一の証明……それが欲しいんだ。理由としてはそれだけ、だよ」


 要が言い終わらない内に、ナインは言葉を紡ぐ。彼の返す言葉は今までのどこか達観しているように見えたそれとは違って熱っぽい、感情のこもったものに聞こえたからだろうか。得体の知れない人型の何かと話しているという奇妙な感覚からようやく脱却できた。もっとも、目の前の彼が意志を持たない人外の存在だとしても見返りが確かなものであるならば断わるつもりはなかったが、文字通り命を懸けて動くのだから人並みの感性を持っている事は要にとって素直に喜ばしい出来事だ。


「……話を続けるね。残る要求は二つ。この体の持ち主が人間らしい生活を送れるようにして欲しいという事。それまでの間この体を守ってあげて欲しいという事。以上だよ」


 軽い咳払いの後に続けられたナインの話に、要はやはり引っかかる物があった。思い返せば最初からそうではあったが、彼は自分と体とを明確に区別して表現している。心を守るために人格を何個かに分けた人間は今までにも何人か見かけた事はあるが、これまでのそれとは何かが違う気がした。ナインの口振りだと、自分の体は別にあるかのような物言いなのだから。


「厄介ごとを引き受けるついでに、も少し厄介ごとに首突っ込んでいいか?」


 そう口にしたのは、世話焼きの性分ゆえか僅かな好奇心からか、あるいはそのどちらでもないのか。本意はそれを口にした要本人にも分からなかったが、確かに言える事としては口を衝いて出てきた言葉はナインの想像の範疇を越えるものだったらしいという事だ。彼は僅かに目を丸くした後に訝むように、もしくは要の言葉の真意を確かめるかのように彼は目を細めて要を見据える。


「あー、なに、そう警戒してくれんな。お前が何を抱えてんのかが知りたい、それだけの話だよ。……好奇心は猫をも、って言うだろ?それを実践しただけ」


 他意がない、という主張は嘘だ。相手の素性を一から十まで知らなければ提案を引き受けない、とまでは主張する気はないが、いざ蓋を開けてみれば犯罪組織の片棒を担いでいたとなれば気分が悪い。死を望んでいながらもーー否、死を望んでいるからこそすっきりとした形で全てを終わらせたい。本心としてはその部分が大きいが、それを説明する気にはならなかった。目の前の男が理解を示すかどうかに限らず、要は心情を吐露するのは得意ではないし、その手の後ろ暗い話であるならば誰にも語るべきではないとすら思っている。


「本当に見当もつかないのか、それとも、そんなことは有り得ないって思っているのか。……まぁ、いいや。僕は、……いや、正確に言えばこの体を含めて"僕たち"は君の後輩みたいなものだよ。人類の存続のために道徳心とか倫理観とかその他の物を捨てた、控えめに言っても正常じゃない人たちの産物」


 語られるそれは遠回しな表現ではあったが、要にとってはナインの正体を知るには十分すぎるほどの情報だった。忘れようにも忘れられない、自分が不死になった理由の存在でもあるし、自分が死を望むようになった原因でもある。


「……おいおい、そんなことは有り得ないだろ?だって、あれはーー」


「人類が生存圏を再び確立するまで、という条件付きの組織だったから有り得ない?それとも、人類が平穏を取り戻した直後に職員のほぼ全員が死んでいて、機材は完全に破壊されたはずだから有り得ない?」


 要の否定する理由としては、ナインの言葉通りだった。技術や文化が著しく衰退してしまった今でこそ絵空事のフィクションでしかない遺伝子操作技術は、倫理観の観点から秘密裏でこそあるが50年前に確かに存在していた。そして、それを扱う秘密機関があったのも事実だ。本来は乙種変異種である要が化け物じみた左腕(こんな見た目)をしているのも、死ぬに死ねない不死の体なのも、全てその技術の被験者となった所為なのだから。発足がいつなのかこそ知らないが、機関の職員の死亡を確認までした身だからこそ断言できる。間違いなく、あの技術は過去の遺物となったのだ。自分の後釜になるような存在がいるはずがない、と。


「僕が言うまでもなく、貴方も知っているはずだ。彼らは"人類の為"という善意だけで道徳心とか倫理観とかその他の物なんて簡単に捨てられる事を。……そう、彼らは捨てたんだ。今までの体も戸籍も簡単に、ね」


 淡々とナインは語り続ける。彼の目は憂いに満ちた目をしているようにも見えたし、諦観の念に満ちているようにも見える。


「人類が不滅であるために作られた記憶装置の改良9号(Recorder-9)、それが僕の呼称。そして、それが僕の全てだよ」

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