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電車を乗り過ごしてしまった時の話。

作者: 丁不

海の底からゆっくりと水面に上がるようにゆっくりと、意識が浮上している感覚があった。

真っ暗闇に少しずつ日が差すように明るくなっていき、うっすらと目を開くと赤橙色に染まる世界の眩しさに思わず、強く目をつむり、それから再び目を開く。

窓越しに見えるのは、夕日に照らされた田園と、誰もいない駅。

ぼんやりとした意識のまま呆けたように窓の外を眺めているうちに、駅のホームに立てられた看板に目をやったところで、ようやく自分の置かれた立場に気づいて、思わずマジかと呟いていた。

看板に書かれていた駅は降りる予定だった駅のずっと先の駅だったようだし、しかも終点のようだった。

今日の予定があったからしっかりと準備をして、早めに寝たというのに終点につくまで眠りこけていたってどんだけだよとため息をつきつつ、荷物を持って電車を降りようと席を立った時にふと気づく。

どうして駅員は自分を呼びに来なかったのだろうと。

終点で止まる電車の中で一人眠りこけた乗客がいたらそれはもう迷惑な客以外の何者でもないだろうから無人駅だから駅員はいないとしても、車掌が来ないというのはどういうことだ?

そのことに気づいたのと同時に、電車特有の音がしない事にも気づく。

終点で停車している電車は、その後折り返すか車庫に入るかのどちらかのはずだろうし完全に停止させる事は無いはず……いや、もしかしたら田舎の電車はこういうものなのかもしれない。

だとしたら、それはすごくまずい事なのではないのか? 車掌は乗客が一人残っていることに気づかずに戸締りをしてしまって、閉じ込められたという状況であれば、それはとてもまずい。

慌てて扉が開いているかどうかを確認してみると、電車の乗車扉は開いていて、閉じる様子はなかったため、ほっと息を吐くが更なる問題が発生する。

自分で言うのも何なのだが、自分はくそがつくほど真面目である。

あたりを見渡したところ、電車を降りたらすぐにホームで、改札は無いし、それどころかICカードを使ってでの清算ができないことに気づいて、これはあたりを探ろうとこのまま電車から降りてしまったらホームから出てしまったら捕まるのではないか。

そんな誤解を受けてしまうのはまっぴらだし、かといってここで何もしないわけにもいかない。

落ち着くようにゆっくり息を吸い、吐き出してそれを何度か繰り返した後に、冷静さを取り戻して鞄に入れたスマホを取り出す。

こうなれば電話をかけて迎えに来てもらうしかない。

電車賃については書置きでもして駅員さんの目につくように置いておけばいいだろう。

そんなことを考えてスマホを取り出して画面を付けた途端にまたも問題が発生して、どうしてこうも次から次へと問題が発生するんだと愕然としてしまう。

もしかしたら今夏一番の不運に見舞われているのかもしれないし、神社でお祓いに行った方が良いのかもしれないなどとも思った。

圏外の二文字が浮かぶスマホの電源を落とし、鞄にしまい先ほどまで座っていた席に戻り腰かける。

どうしたものか……電話はできない、車掌はこちらへ来る様子もないのでこのままじっとしていても何も変わりはしないだろう。

そういえば、本当にこの電車は自分しか乗っていないのだろうかという疑問がわいてくる。

車掌が来ないならこちらから出向けばいいのではないかと、どうしてこんな単純なことに気づかなかったのかと、頭の回転が亀よりのろまなことを何よりも恨んだ。

そんな自虐をしながらまずは運転席へ向かうと、運転席はカーテンが閉められていたので中の様子をうかがうことがでいなかったのでノックをすると……返事はなかった。

すみません、と声をかけたが返事は無かったので、今度は一番後ろの車両まで行き、誰もいないかを確認した。

行きも帰りも、自分以外の乗客は誰もおらず、また、車掌らしき人物もやっぱりいなかった。


やはり一度電車を降りて電波の立つ所まで移動するしかないかと荷物を持って電車を降りようとしたその時、夕日の色いっぱいに染まっていた車両の中が一気に冷え切ったような気がして、背筋が凍るような、そんな感覚を覚えた。

ここに居てはいけないと、全力で逃げろと脳内が警報を鳴らす。

踏み出す一歩が重たく、まるで何かに抑えつけられているかのように、自分の足を前に進めることが出来なくて、慌てているうちに両腕も動かなくなってしまう。

金縛りとはこういう感じなのかと冷静に分析する半面、このままではまずいとも思い、何とか必死に見えない束縛から逃れようとしたが、叶わずに床へと叩きつけられ、そのまま上から何かがのしかかるように圧力をかけてきたのが分かる。

呼吸はかろうじてできるが、出来なくなるのも時間の問題だろう。

嫌だ、嫌だ。こんなわけの分からない状況で、こんなわけの分からない場所ですべてが終わるだなんて。

動けないなりに、必死に動いて、自分でも何を言っていたか分からなくなっていたが喚き散らしていたが、それでもかけられる圧力は止まらず、ミシミシ、と何か軋むような音を耳にして嫌な気持ちになる中で、ゴキン、という音を耳にしたのと同時に意識を手放していた。



耳の奥で、セミの鳴き声と駅名を告げる車内のアナウンスが聞こえる。

強い日差しに目を開くと、窓越しに見えるのは青空の広がる田園だった。

それがなぜだかとても嬉しくて、電車が止まるのと同時に座席から飛び降りて誰かの手を引く。

早く行こう。お婆ちゃんたちが待っているよと言いながら。



とある村の資料館に残された書物によると、その駅は、あるはずのない駅だったという。

しかし、無意識のうちにあの頃に戻りたいと強く願うとたどり着くらしい。

願ったことは必ず叶うらしいのだが、そのかわりに代償を支払わなけらばならないのだとか。

それは残った寿命と引き換えに、叶えられ、そして繰り返す。

何度も何度も繰り返し、最後には消えてなくなってしまうという。

そのような言い伝えを信じている村人は、弔いのために年に一度、地元の駅を中心地にして祭を執り行うという。


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