98.誰も来なかった
眠れない夜にぬいぐるみを抱くと、見えない毛布が天井からゆっくりと降りてきて、肩から足の先まで優しく包まれて眠りにつける。
小さいときからそんな気がして、おまじないのように実践してきたおかげで、今はもう、ぬいぐるみの匂いだけでも夢路に誘われるほどになっている。
それでも駄目なら、枕を軽くトントン叩いて心の中で安眠を願うか、お守りを握りしめる。
しかし、今夜はそれらのおまじないが全て効かない。魔法が無効化された役立たずの品々がシーツの上に転がり、目が冴える私の前で敗北宣言をしている。
結局、待てど暮らせどエレナさんたち三人は来なかった。
もしかして「ごめん、遅くなった!」「遅くなりました」「ごめんなさい」と彼女たちがゲームの世界にインして来るかも知れないと思って、表示させた終了画面をすぐ閉じるという行為を何度も繰り返してしまったほど。
最後はテーブルに突っ伏してさめざめと泣いていたところをクラウディアさんとコニーリアさんに慰めてもらった。コニーリアさんは、「こういうときは男どもは気が利かない」とお冠だったが。
事情を察したクラウディアさんは「きっと離れられない用事があったのよ」と優しく言ってくれた。ゲームのキャラクターが、悲嘆するプレイヤーに慰めの言葉をかけてくれるなんて、夢にも思わなかった。ますます、このゲームに依存してしまいそうだ。
離れられない用事があったからというクラウディアさんの言葉を信じたいが――、
(駄目だ。ますます目が冴える)
その言葉だけでは、この体に安息がもたらされなかった。
流線型のヘッドギアは、それを握る右手が温めている。今にも被り直したい衝動が寄せる波のように襲ってくる。
結局、誰もインしなかったのはなぜだろうと考えるも、あらゆる可能性が浮かび上がり、それらが乱立して森となった中を手探りで彷徨い歩くだけで答えが出ない。
窓の外から、新聞配達のバイクの音が近づいて止まり、エンジンを吹かして遠ざかる。散歩中らしい足音と犬の唸る声がする。車の近づく音が家の前で膨らむように聞こえて通り過ぎる。
ベッドから降りて窓辺に立ち、両側のカーテンを引き寄せて肩から下を隠すと、頭だけ月明かりに照らされる。その煌々とした月光と争う星の光はことごとく敗れ、星座を構成する有名な星か惑星くらいに淘汰されていた。
しばらくして、もう一度窓辺に立った時には、周囲の家々や木々が青みを帯びて闇に浮かび上がり、やがて昇る太陽の光を受けて明るく輝き出す。
(もう一度あそこに行ってみると、誰かいるかしら……)
だが、農園には誰もいるはずがないと冷たく言い放つもう一人の自分が、襟首をつかんで離さない。全身に痺れるような感覚が走る徹夜明けの私は、腰が抜けたようにベッドに座り込み、そのまま目を開けた状態で横向きに倒れ込んだ。
今日は林間学校の初日なのに、この状態では今日一日が思いやられる。