94.ほろ苦い思い出
うつむきながら頭の中で記憶のページを躊躇いがちにめくっていくと、セピア色に変色しかけた映像が脳裏に投影され、テーブルの上にオーバーレイしてくる。
(これだ、あの時の苦い思い出……)
探していた記憶が見つかった。
相手の顔の表情がもうぼやけて薄れている映像だが、音声だけは、印象的だったのでほぼ残っている。私は、ちょっと眉間に皺を寄せるようにして顔を上げた。
「エレナさんと同じような経験じゃないけど、いい?」
「うん、全然」
「だいぶ昔の話で――」
「うんうん」
「私って、実は、少し前まですごく人見知りだったの」
「へー、見えないけど――ってアバターだから仕方ないけど」
私をしげしげと眺めるエレナさんが苦笑する。
危うく『中学の時』と言いそうになったが、時間が特定できない『昔の話』に設定を変えた。
「昔の話だけど、文化祭の出し物であるものを作ることになって、その当番に指名されたのが私を入れて四人なの」
「四人?」
眉を吊り上げて驚くエレナさんを見て『しまった』と思ったが後の祭り。実際に四人だったので嘘ではないが、これは林間学校の班分けを連想させる数字だ。ちょっとまずかった。五人とかにすべきだった。
「そ……そう。その四人が、お互い誰とも一度も口を利いたことがない人同士だったの。
話し合いで集まっても、隠し持っていたスマホでSNSか何かをやっているし、天井を見ているし、缶ジュースやペットボトルの注意書きとか成分表とかの文字を何度もじーっと読んでいるし」
「いるよねー、そうゆーの。わかるわかる」
「みんな、早くその場から逃げ出したいって雰囲気をそこはかとなく醸し出していて。それを見ていたら、そう思っている人たちに囲まれて我慢している自分がイヤになって――」
「逃げ出した?」
「立ち上がったの」
「一席ぶちまけた?」
「いや、一席ぶちまけたって、言いたくなる気持ちはわかるけど。ホントは一席ぶったんだけど」
「アハハッ、そっか」
「こう言ったの。『この当番、他のみんながやりたくないからって押しつけられたんだから、イヤでしょう? イヤなら、やめて帰らない? こうしている時間が無駄でしょう? みんな、他にやりたいこと、あるでしょう?』って」
「それは大胆……」
「そうしたら、『うちらじゃ言えないから言ってきてよ』って初めて口を利いてくれて」
「で、言いに行った?」
「そう。クラス委員に直談判したの。『今のメンバーでは出来ないことを押しつけられていて、困って誰も何も手が付きません』って。そうしたら、『じゃあ、担当を替えるから、何なら出来るかを聞いてきて』って言われて」
「そう言われても、口利かない相手じゃなぁ……。で、どうしたの?」
「とにかく持ち帰って、『出来ることと替えてくれることになったから、何なら出来るか、希望を出そうよ』って話をしたら、ポツリポツリと希望が出てきて」
「なるほど。それで全員と話が出来たとか?」
「ううん。一人だけ最後の最後まで誰とも口を利かなかったの。結局は、これなら責任持ってできるって作業を伝えたら交換してもらって」
「へー。良かったじゃない。で、それからどうなった?」
「ちゃんと最後までできたわよ。だって、自分たちが『出来る』と言った作業だから。
途中、作業中にアニメとか携帯小説とかの話をしたら、相手もそれが好きとわかって話が出来るようになった、ってこともあって」
「なるほど、なるほど。あるあるネタだね。でも、最後まで口を利かなかった相手が気になるなぁ。どうしたの、そいつ?」
「その人、一番仕事が出来た人なの。早朝から一人で黙々と作業をして、昼休みも食事を惜しんでやってくれて、放課後みんなが道具を散らかして帰ると、その人がキチンと片付けてくれて、使いやすいように配置までしてくれて」
「なるほどねぇ……。たぶん、職人気質だね」
「その人のおかげで最後まで出来たんだけど、みんなで感謝の意を伝えても一言もしゃべらず、ああ、このままで終わるのかと思っていたら最後に笑ってくれたの。それが凄く嬉しかった」