92.ゲームの世界だから打ち明けられる
ここで会話が途切れた。私は一口、また一口とココアを口に含みながら、話す機会を窺う。でも、エレナさんはこちらを見ないで、唇にカップの縁をくっつけたり、半眼になったり、何やら物思いにふけっている様子だった。
割り込むと悪いと思って黙っていると、彼女は「あのさぁ」と言いながらこちらに真顔を向けた。
(まただ。これで三人目だ……)
私は、うっかりコップを落としそうになったので、動揺を悟られないようテーブルの上にソッとコップを戻す。しかし、手の震えは止まらなかった。
「こんなことを言われても……って思うかも知れないけど」
彼女の視線が私の胸元辺りに移動する。
「……やっぱさぁ」
そして、テーブルに目を落とす。ため息が、ふっと漏れる。
「ゲームの世界だから言えることって、……あるよね」
彼女のつぶやきに、私は無言で頷いた。
「バイト先でさぁ。この人なら何でも打ち明けられるって友達がいたんだけど」
「…………」
「その友達、うちと喧嘩して一言も口を利かない奴と休憩室で話してるのをこっそりドア越しに聞いちゃってさ。そしたら、うちが友達にだけ打ち明けたこと、奴に話してんだよねぇ……。どう思う?」
「それは……」
私は言いよどみ、彼女が期待している見解を避けた。
「ま、誰でも、裏切られたって思うよね」
それにも首肯しなかった。
「すぐその場に乗り込んで、てめー何話してんだよ、って喧嘩になって。
あーあ……、バイト先変えるの、あいつのせいだぜ。あ、今日遅れたのも、そいつのせいなんだけど」
エレナさんが、アバターを脱ぎ捨てたかのように、完全に英さんになっている。
「それとさぁ」
再び顔を上げた彼女に、私は『まだあるの?』と泣きそうになり、直ぐさま終了画面を表示する衝動に駆られた。
「なんか、キャラ崩壊して、ゴメン」
「ううん、平気」
「月曜日から忙しいって言ったけど、あれって、行事なんだけど」
ついにその言葉がエレナさんの口から出た。
現実世界で彼女を取り巻く現状が、ほころんだフィルターから垣間見えて、徐々に漏れ出てくる。
(間違いない。この話し方。そして、バイトをしていることと、月曜からの行事の件)
私は、緊張しながら推理の結論に達する。
(エレナさんは、英さんだ)