91.落ち着きを取り戻す
テーブルのお誕生日席に座った私の前に、クラウディアさんがスッとカップを出してくれた。温かい飲み物の湯気が立つところまで手を抜かないゲームの演出に、再び感動した。
それだけではない。両手でソッとカップを包み込むと、握るにはちょっと熱い、それでも心地よい温度が手のひらに伝わる。
この温かみが今は欲しい。
心の中に吹く氷のように冷たい風が体が震わせるので、熱いのを我慢してでも体の芯まで温まりたい。
カップの熱が手のひら、腕、胸に伝わると、心の中の風が徐々に収まり、冷気で凍り付いた箇所がみるみる溶けていくような気がして、震えが収まった。
医学的には、絶望などで血管が収縮していたのが膨張して血流が良くなっただけなのかも知れないけど、200CCが入る程度のカップの熱が体重ウンkgのこの私を救ってくれた事実は、物理現象も生理現象もどうでも良くて、奇跡と思いたい。
「また考え事?」
斜め左側の席から聞こえてきたエレナさんの声にハッとして、ココア色の液体を背景に揺れる湯気から視線を剥がす。彼女はココアをすすって口からカップを離し、濡れた唇を舐めていた。
「あっ、……このゲームの演出ってリアルだなぁって、湯気を見ていて――」
「冷めるよ。飲んだら?」
「うん」
私は両手でカップを持ち上げ、熱い一口を唇、舌、喉に感じながら流し込む。
前もそうだったが、胃の中に入った感じはしないけれども、体の芯まで温まる気持ちになる。
いつしかゲームがもっと高度に進化して、このように脳に錯覚を起こさせるのではなく、ゲームの世界で本物の食事が胃の中に入る実験を行うのであれば、被験者を志願したい。
「落ち着いた?」
「うん」
ホッとした様子のエレナさんを見て、私も微笑む。それから周囲を見渡したが、他には誰もいなかった。
「みんな、どこへ行ったのかしら」
「みんなって?」
「オークさんたち」
「ああ。調理場に入っていったよ」
「あの四人が?」
「そう」
食事をしているところを見られたくないのかしら。それとも、オーナーの会話を聞くことに遠慮したのかしら。なんか、動物さんたちが調理場でつまみ食いしているように思えてきて、笑いそうになり、口元が緩む。
「あ、元気になった。良かったね」
「ありがとう」