9.レッサーパンダさんたちは管理人夫妻
「わしは、オーク・マシューズ。で、こっちは家内のクラウディア・マシューズ」
オークさんがそう言って、私から見て左横に立っている妻を指差して紹介した。私の名前は知っているはずだから、私からは名乗らない。だって、「もう一度やる決心が付いたかのう?」って言っていたし。
「オークさんとお呼びしていいですか?」
「かまわんとも」
「いろいろ訊きたいことがあります。まず――」
「先に、わしの方から説明させてくれんかのう。
こちらの農園の名前はメグ美農園。わしは、その管理人をオーナーから依頼されておる。
オーナーがここに来ない間は、わしの判断で農園の経営を進める。
もしオーナーが来たら、指示に従う。
この家は、わしらを含めて、最大で二十人が寝泊まりに使える」
目の前のコテージが、そんな大人数の寝泊まりに使える広さとは到底思えないが、ゲームの仕様上の話と理解しておこう。外から見る建物の広さに比べて、中の広さが異様に広いという非現実的事象は、ゲームはおろか、アニメでも時々見かける。まるでドアをくぐった先が異なる空間であるかのように。
「このゲームって、最初からこの建物があったのですか?」
「もちろん。それを説明する前に、お前さんが出て行ったから知らんじゃろうが」
この言葉で、私がゲームを中断した場面が判明した。
(そうか! クマが出たと思って、きっと、慌ててゲームから抜け出したんだ)
私は苦笑いをして頭を下げた。そして、はっきりとは覚えていないけど、建物を見ないで逃げたことを謝罪する。
「あの時は、ごめんなさい」
「気にしてはおらんよ」
オークさんは目を細める。すると、クラウディアさんが手招きをした。
「さ、さっ、中にお入り。お茶を入れるから。ゆっくり休んで、明日の朝、私たちに指示しておくれ」
つまり、泊まっていけということだ。でも、朝までここで寝ていては学校に行くことを忘れて遅刻しかねない。私は二人に向かって両手を振った。
「ごめんなさい。今日は遠慮しておきます」
すると二人とも悲しそうな顔になった。そこに、一陣の風が吹き、二人の体の毛がなびいた。そのリアリティが実に見事で、思わず目を見張った。同時に、申し訳ないという気持ちが襲ってきて心が痛んだ。
「また、わしらを置いていくのかのう」
「困ったわねぇ。まだ開墾もしていない段階でオーナーがここから出て行くと、指示がないので農園の管理人は何も出来ないの。冬眠と同じ状態になるの」
私は罪悪感が募った。本当はプレイを進めさせようとする演出だろうが、それを忘れてしまうほど、言葉が真に迫っている。
「いや、その、あの、ここで寝ると寝過ごす可能性があるので……」
オークさんとクラウディアさんは、黙って私を見つめている。意味がわからないというより、ならばどうする?という無言の問いへの答えを待っているようだ。
この状況を打開したい私は、ある提案を思いついた。