56.止まない嵐はない
クラウディアさんが調理場から、ココアが入ったカップをお盆に載せて持ってきてくれた。出金にココアの項目がないので、あのレモネードと同じく、どこから出てくるのか不思議だが、気にしないでおこう。一度、某ロボット猫のポケットみたいな調理場を見せてもらいたいけど、入れてくれるかしら。
ココアは全員に振る舞われた。レモネードの時に、このゲームのリアリティに驚いたが、ココアでも期待を裏切らなかった。
カップを持ち上げると、液体の表面が揺れて傾く。フーッと息を吹きかけると、中心に波紋が出来る。口に含むとちゃんとココアのほろ苦くて甘い味がして、温かさが唇と舌に伝わる。
ただ、液体が喉を通る感覚はあるが、胃の中に入ったという感じはしない。思い出したのだが、レモネードの時もそうだった。このように途中から感覚が欠落していても、それでも飲んでいる気分になるのは、脳が錯覚を起こして感覚を補っているからなのだろうか。
あの「アール・ドゥ・レペ」の酒場も、チキンもブラッドオレンジジュースも喉を通る感覚までで、胃の中に流れ込む感覚はない。しかし、なぜか満腹感はある。実に不思議である。
ココアを飲んでいると、エレナさんとテレーザさんとカレンさんが、このゲームのあるあるネタで盛り上がった。私は初心者なのでもっぱら聞き手に回っていて、笑い転げたり、驚いたりと、とても楽しい時間が過ぎていった。
私は、いつしか、目の前にいる三人の姿に学校での三人の姿を重ね合わせていた。もちろん、アバターなので本人との共通点はないのだけど、仕草や言葉遣いから類似点を見つけ出そうとしていた。
すると、私の好奇心がムクムクと頭をもたげてきた。
(今日のことを遠回しに訊いてみたら、反応から本人かどうかがわかるかしら?)
しかし、もう一人の自分が、それに対して即座に反発する。
(駄目駄目。人違いだったら、どうするの?)
(いいじゃない、訊いたって。はっきりさせた方が、精神的にもいいわよ)
(ゲームの世界に、リアルは持ち込まない)
(あら。リアルで話が出来たんでしょう? ゲームってかバーチャルでもリアルの延長で話が出来ると両方で楽しいじゃない)
(必要ない)
(あら。あの担任をぼろくそに言えて、発散できるわよ)
「メグ美さん、どうしました?」
私はカレンさんの一言で我に返り、心の中で囁く天使と悪魔が煙のように消えていった。
「ごめんなさい。ちょっとボーッとして」
すると、エレナさんがナイスフォローをしてくれた。
「嵐で残念なことになったからね」
「え、ええ。ホント、残念です。でも、止まない嵐はないです」
「いいこと言うね」
エレナさんは微笑んで右手の親指を立てた。