52.ノートに描かれた似顔絵
昼休憩が終わる頃、急に教室がザワついた。なんと、体調不良で休みのはずの美さんと椎さんが同時に登校したのである。
普段からほとんど誰とも話さないので、教室のみんなも気遣いの声をかけない。二人は、呆気にとられる生徒たちに目もくれず、自席を目指す。
少しの休憩時間も惜しんで、ノートを広げて鉛筆を走らせる美さん。ずっとヘッドフォンを外さず口パクのように声を出さずに歌う椎さん。ぶれない二人のオーラが壁となって立ちはだかるので、いったん吹き飛んだ声かけプランを拾い集めた私は、呆然と立ち尽くすしかなかった。
だが、彼女たちがチラチラと私の方に視線を送るのが、せめてもの救いだった。
(当たって砕けろ)
そんな私の決意は、無情にもチャイムによって打ち砕かれた。
放課後、また職員室で担任の先生に班の件で説教され、顔を真っ赤にして教室に向かうと、ユウとアケミが教室前の廊下で待っていてくれた。
「ごめん、待たせて」
「いいって。それより、あいつが話があるって」
ユウが、立てた右手の親指を教室の扉へ向ける。扉は数センチ開かれていて、私が隙間から覗くと、教室の奥で美さんがいつものごとくノートに鉛筆を走らせている。
私は、その意味がわかった。すると、背後でアケミが囁いた。
「もう一人、屋上で音楽聴いて待ってるって。うちら、消えるから、頑張れ」
急に、心の中の雲が晴れていく。二人とも、向こうから私に接触してきたのだ。
私は、一度深呼吸をしたがブルッと震えてしまったので、拳を握りしめて教室の扉を開いた。
ガラガラという音と同時に美さんが顔を上げ、目の焦点を合わせているような細目でこちらを見る。そして、私であることを確認したらしく、鉛筆を置いて両手を机の下に隠し、うなだれた。
彼女の前の座席にある椅子を引き、「ごめんなさい、待たせて」と向かいの頭に声をかけながらゆっくり座る。すると、彼女の頭が軽く左右に2回揺れて、ポツリと「こっちこそ」と聞こえてきた。
ここは声をかけず、彼女の言葉を待ってみた。すると、少しの沈黙の後、彼女は「わたし……」と言ってゆっくり顔を上げた。彼女の双眸が何かを訴えかけている。
「わたし、ことばが、うまく、いえなくて。あのきょうしに、わたしのことで、おこられたんでしょ?」
「気にしないで。大丈夫だから」
「ごめんなさい」
「平気よ」
「あなたの、やさしさ、まぶしすぎる」
彼女はそう言ってノートをめくり、白紙のページを開いて手のひらで平らにする。それから鉛筆を取り、私の顔とページとの間で目を行き来させながら、恐ろしい速さで絵を描き始めた。
描かれていくのは、私の似顔絵だった。ちょっとアニメのキャラクターの雰囲気が入っているが、誰が見ても私だとわかる。
仕上がった絵を私の方に向けた彼女は、初めて笑顔を見せた。
「これからも、よろしく、おねがいします」
似顔絵のページはノートから離され、そこに作家のような美麗なサインが入れられた後、私に渡された。
「すごーい! 私にそっくり! いいの? いただいて?」
彼女はうんうんと頷き、急いで鞄へノートをしまった後、一礼して逃げるように去って行った。
美さんなりの謝罪に、私は胸が熱くなった。