50.雨は必ず上がる
翌朝、黒雲から間断なく落ちる大粒の雨が大地を叩いていた。二階の窓辺に立つ私は、パジャマ姿が外から見えないように左右のカーテンを引き寄せ、それに両側から挟まれた顔をのぞかせて意地悪な雨を恨む。
まだ農場ゲームからの転移ボケが残る私は、ゲームから落ちる前にあちらの世界で降り出した雨を憂い、作物の収穫が雨で出来なくなるのでは、実が落ちるのではと心配する。
そんな私を目覚ましのアラームが驚かせ、現実の世界へと引き戻した。
(そうだ。あの二人と会話していない)
エレナさんが昨日、謝りたい人になんとか謝ったことを報告したが、あれからテレーザさんとカレンさんは「いいなぁ」と羨ましがっていて、それぞれ思うところがあったらしく、野菜を見ながらずっと考え事をしていた。
テレーザさんとカレンさんが、それぞれ美さんと椎さんである保証は全くない。でも、万が一そうだったとしたら、今日、向こうから接してくるはずだ。
(待ってみよう。それで向こうから来なかったら、こちらから声をかけよう)
そう思って一度は納得したが、それって消極的な行動ではないだろうかと、心の中の女魔法使いノアールがつぶやく。
(訂正。私から積極的に声をかけよう)
「うん、それがいい」
思わず、心の声が独白となる。
しかし、登校直後、私の声かけプランは脆くも吹き飛んだ。美さんと椎さんが体調不良で休みだと担任の先生から聞かされたのだ。
こちらまで体調不良になりそうになった。あらゆる状況を想定して用意した声かけ用の言葉が、行き場を失って頭の中で繰り返される。
きっとそれが原因だと思うが、授業中にお腹が痛くなったので一人でトイレへ向かうと、誰かが後ろを付いてきている気配がした。振り返ると、なんとそれは英さんだったので跳び上がるほど驚いた。
彼女は小声で「あのさぁ」と声をかけて、間近に迫ってきた。近いとさすがに怖い。昨日の謝罪があっても、慣れていないのでビクビクする。
「一人で悩むことねえよ。あいつらに、うちからガツンと言ってやっか?」
「ううん。私から言うので大丈夫。ありがとう」
「それって、ありがとうじゃねえし。こっちは何もしてねえし」
彼女は苦笑いして、辺りを窺う。私の直感は、彼女の行動の意図を読み取った。誰もいないことを確認した彼女は、私の目を見て素速く頭を下げた。
「昨日は、ちゃんと言えなかった。ごめん」
言い終わった彼女は頭を上げる。初めて見る満面の笑み。これが本当の彼女の姿なのだろう。