42.悩み事にアドバイスが出来ない
エレナさんがうつむき加減に語り始めた。横一列では話しにくいので、テレーザさんとカレンさんが私たちの向かいに座り直した。
「実は――最近、怒らせてしまった人がいて。私が原因なんだけど……。でも、謝るきっかけがなくて困っていて……」
テレーザさんとカレンさんは顔を見合わせる。私は、鼓動がドキンドキンと強くなるのを胸の上から手で押さえながら、彼女たちの表情を観察する。
時が止まったかのように、全員が動かなくなった。
その時、向かい風が土の匂いを乗せて、私たちの体を撫でて去って行った。
「ご、ごめんなさい! そんなこと言われても困るよね! 今のは、なしなし! 忘れて!」
両手を突き出して手首から先を振るエレナさんは、そうは言いつつも後悔しているようには見えなかった。
とにかく、悩みを聞いて欲しい。
その気持ちに突き動かされて、他人に言っても無駄だという諦めの気持ちを押さえ込んで言葉が出てきたであろうことが容易に想像つく。
それを感じたのか、テレーザさんは「私もあります」と言い、カレンさんは「私も」と続ける。どうも、二人とも聞いて欲しい悩みがあるらしい。
さあ、困った。私の鼓動はますます高鳴る。もし「林間学校」なんて言われたら、ビックリして腰が10センチメートルほど宙に浮きそうだ。
「本当? 楽しいゲームの世界にリアルを持ち込んで、ごめんなさい。思い出させちゃったみたいで……」
そう言うエレナさんだが、二人の方に期待の目を向けている。
「実は今度――」
テレーザさんはそう言って一瞬言いよどむ。
「学校行事があって」
この「学校行事」という単語が、私の頭の中で「林間学校」と勝手に差し替わった。
「キャッ!」
条件反射的に、叫んでしまった。
エレナさんが「どうしたの?」と心配するので「足の所に虫が見えた気がして驚いちゃった」と言い訳し、実際は虫などいもしないので「でも、私の勘違いだったみたい」と言葉を添える。
「農場だから、虫だらけだよ」
そう言って彼女は笑う。どうも、リアルなエレナさんは、こっちの言葉遣いが本人に近いような気がする。つまり、低い声で落ち着いて丁寧言葉でしゃべるエレナさんは、キャラを作っているというわけだ。
苦笑するテレーザさんは「その行事がある前に、謝りたい人がいるんだけど、機会を見つけられないのは同じですね」と言ってうつむいた。カレンさんは「偶然ですね。私も同じです」と言って同じくうつむいた。
こうなると、アドバイスできるのは私だけとばかり、エレナさんはこちらに顔を向けた。
そうは思われても、無理。絶対、無理。
私は目を丸くしながら、さっきの彼女を真似して両手を突き出し手首から先を振った。




