38.新しい従業員希望者が増えた
しばらくして腕がパンパンになり、腰がふらついてきた。こういうときは、きっと、明日になると腕も足も筋肉痛になりそうだ。
でも、これはVRゲーム。こんな感覚まで再現しなくていい。本当は筋肉痛になるはずがないのだが、そうなるかのように感じる。ヘッドギアを通じてどうやってそういう感覚にさせるのかが不思議である。
かなり疲れたので、真っ先にリタイアした。柵にもたれていると、次にエレナさんが「フーッ」とため息をつきながら休憩に入り、私の右横に腰を下ろした。あとは残りの四人に作業を任せる。
ここで心地よい風が体を撫でた。火照った身体の熱を運び去ってくれるので、ありがたい。私はエレナさんと顔を見合わせて笑った。
オークさんたち四人が手際よく耕しているのをボーッと眺めていると、エレナさんが「誰か来たみたい」と言って私の肩をポンと叩いた。彼女の指さす方向へ視線を向けると、柵の扉付近にデニム素材のジャケットにジーパン姿で、スカーレットのロングヘアの女の子が立っていた。少し面長で目がぱっちりした可愛い子だ。
「また従業員希望かしらね」
そう言いながら私は立ち上がり、お尻を叩いた。話を聞きに行くと、やはり従業員希望だった。明るい声の子で、名前はテレーザと名乗った。
私はエレナさんに尋ねた内容をそのまま繰り返したが、テレーザさんも同じ答えを返した。やはり、自分の農園の経営を諦めて従業員を志願してきたのだという。
感じの良さそうな人なので、断る理由もないから採用を伝えようとすると、「実は……」と彼女の方から切り出した。
「どうしました?」
「もう一人いるみたいなの。さっきから、向こうでモジモジしている人が。もしかして私と同じ希望者かも」
彼女が後ろを振り向いて道の向こうを指さすと、10メートルくらい離れたところに、カーキのブルゾンにパンツ姿、レイニーブルーのショートヘアで丸顔の女の子がいる。彼女は、しゃがみ込んだり立ち上がったり、行きつ戻りつを繰り返している。
「従業員希望ですかぁ?」
私が大声で呼びかけると、彼女はうんうんと頷いて恐る恐る近づいてきた。眉をハの字にして、ずいぶんと心配な様子だ。
「どうしました?」
「あのぉ……、もう定員いっぱいで駄目かと思いまして」
「募集がですか?」
そういえば、オークさんから何人募集したのか聞いていなかった。テレーザさんまでは採用してもよいと思っていたけど、もう一人は多い気がする。そう思ったが、何の気なしに自己紹介をして名前を聞いてしまった。
「私はメグ美です。お名前は?」
「カ、カレンです」
何やっているんだろう、私。名前を聞いておいて、「あなたは駄目です」なんて言えないじゃない。
さらにやって来たら困るので、私はオークさんのところへ行って、もう募集を中止するように伝えた。
(さあ、どうしよう……)
私は二人に背を向けて、オークさんと相談しているかのように振る舞った。実は、単に採用を悩んでいただけなのだけど。
結局、私は二人のところへ戻って採用を伝え、仕事の内容や食事も給料もないことを念のため伝えた。
採用を伝えると、二人は安堵の表情を浮かべた。なぜか、私までホッとする。
それから少しゲームに関する話題で会話を交わしたが、テレーザさんもカレンさんもこのVRゲームに詳しくて、とても優しそうな人だ。
これって、農場経営を諦めた人の救済に満足しているのだろうか。もし心の奥底でそうだとしたら、イヤだなぁ。自己嫌悪に陥る。
ただで労働力を確保できたことに満足しているのだろうか。そんなの、もっとイヤ。
同じゲームを楽しむ仲間と一緒に農場経営をしたい。それがたまたまメグ美農園という場所なだけ。
農産物をみんなで育て、自然の力に驚き、すくすくと生長する姿に感動し、収穫を楽しむ。
ここをそういう場にしていきたい。それが今の私の願いなのだ。