36.エレナさんの事情
「エレナ農園では、いろいろやってみましたが、失敗続きで諦めました。それで、農園の経営がうまく行っているところで勉強しようかと思いまして。前にこちらに来たとき、大きなカボチャとかサツマイモとか収穫しているのを見たので、ここなら参考になるかなと思いました」
エレナさんの爽やかな笑顔に、私は頬が緩む。
「ありがとうございます。前からこちらに来てもらっていたんですね」
「他の農園は、ほとんどがクイックモードばかりでいけません。あのモードの場合、時間が何百倍も早く進むので、こういう会話が出来ないようになっているのです」
「そうみたいですね」
本当は他の農園に行ったことがないので、そのような場面に遭遇しておらず、こんな言い方しか出来ない。ちなみに、クイックモードの時間は450倍速だ。
「ええ。現実世界と時間の流れが同じという初期設定の人とだけ、こういう会話が出来るのです。実際は、そういう設定の農園ってほとんどないですよ」
話を聞いていると、なんとなくこのVRゲームに詳しそうだ。そんな人でも、経営に失敗するのだろうか。
「うちで従業員として働くとなると、耕したり、種をまいたり、水をやったり、収穫したりと、力仕事ばかりですよ」
「そういうのが好きなんです。苦になりません」
「食事もお給料もありませんが」
「知っています。勉強ですから構いません」
悪い人ではなさそうだ。まあ、最初から怪しい電波をまき散らす人はいないと思うが、話している感じでは大丈夫だと思う。
「いいですよ。採用します。あっ、ごめんなさい、偉そうに言って。こちらで働いていただけませんか?」
「ありがとうございます! 一生懸命頑張ります!」
エレナさんは、満面に笑みを浮かべて何度もお辞儀をした。
「ところでメグ美さん」
「はい?」
「まさか実名じゃないですよね?」
「え、ええ……」
実名ではないが、すれすれ危ない。だって、農園 恵だし。
「よかったぁ。知り合いに、似たような名前の人がいて」
「そうなんですか?」
「ええ。ちょっと最近、私が原因で怒らせてしまったみたいで。謝るきっかけがなくて困っていたので、まさかと思って。――あっ、気にしないでください。こっちのリアルな話ですから」
(えっ? なにそれ……?)
私は内心ドキッとした。似た名前の人とそういう出来事があったとしても、それが実は私だったなんて出来すぎた話だから、思い過ごしだろう。
「早く仲直りできるといいですね」
「ええ。ゲームの世界ではこうやって話が出来るのですが、私ってリアルな世界では自分の気持ちがストレートに言えなくて……。すみません、またつまらない話を」
彼女はそう言って、頭を掻きながら何度も頭を下げた。
「いいですよ。お気になさらず」
「ありがとうございます! 本当にここに来て良かった! これからもよろしくお願いいたします!」
彼女は深々と頭を下げた。