31.収支のV字回復
コニーリアさんが身振り手振りを交えて、楽しそうに解説する。
「ニンジンなんてね、ホントにちっちゃい粒みたいな種が袋にいっぱい入って売っているの。一袋1万粒とかもあるのよ。その種がこんなに大きなニンジンになるの。凄いでしょう」
私はしゃがんでニンジンの葉を触ってみた。細くてシュッと伸びた緑の葉が四方八方に広がり、柔らかい感触が指先に伝わる。
地中に伸びた太い根っこが途中でつかえるからか、上の部分が地面から顔を出している。
「地面から出た根の肩の部分は、放っておくと緑色に変色するので、土をかぶせるのよ。これを土寄せって言うの」
なるほど。種をまいて水をやって、後は放って置くというわけにはいかないんだ。土寄せって、寝相の悪い子供の布団を直して行くみたいに手間がかかるのね。私は、土から出たニンジンを「お行儀良くしてね」と指で軽くトントンと叩いてみた。
「種を植える前に、土の種類を変えたり肥料を混ぜたり、地面を高くして畝を作ったり、水やり、種まき、覆い土をかけたり、手間暇がかかるのよ」
コニーリアさんの解説を聞きながら、そのような作業を頭の中で描いていくと、見ていなくても本当に大変な作業であることが想像できる。
ゲームのプレーヤーは栽培につきっきりではないので、途中経過の作業を管理人や従業員に任せてしまうのだが、なんだか申し訳ない気がしてきた。
「ちょうど今が収穫の時間になるように合わせたのよ。だから、ここまで育っているの。試しに、抜いてみる?」
私は喜んでニンジンを引き抜いてみた。葉っぱの部分を根元からつかんでグイッと引き抜くと、泥だらけのニンジンが現れる。このままかじりつくと、ピーター・ラビットみたい。
「今度はサツマイモを掘ってみる?」
昔、幼稚園でサツマイモ掘りをやった記憶があるが、もう忘れかけているので二つ返事で場所を移動した。
芋掘りなのだから、中腰になって、つるを力一杯グイッと引っ張ればいいと思った。子供たちが楽しく芋掘りしている場面を見た記憶があるから。
それで、中腰になって張り切ってつるを握ったら、クラウディアさんとコニーリアさんに止められた。
「あらあら。つるを切って、スコップで芋を傷つけないように掘るのよ」「駄目駄目。そんな乱暴に扱わないの」
つるを斜め上に引っ張る記憶は、どこで差し込まれたのだろう。ボコボコとたくさんの芋を一度に収穫するのに手っ取り早い方法はこの方法だと信じていた自分が恥ずかしい。確かに、優しく扱わないと傷つくというのは納得できる。
つるをハサミで切って、スコップで芋を掘り出すと、土から出てきた泥だらけのサツマイモは、あの赤紫のような色をしていた。
このVRゲームのリアリティには舌を巻く。本当に土から出てきたかのように見えるのだ。振れば泥が落ちる演出まで、一切の手抜きがない。
ここで、オークさんに概算でいいから収支を見せてもらった。ナスはすでに売ったので実績値だが、まだ土の中のニンジンとサツマイモの本数は推定である。なお、ニンジンの種の仕入れ数は袋の数である。
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<出金>
ニンジンの種 仕入れ数:10、単価: 200PT
サツマイモの種イモ 仕入れ数:50、単価: 100PT
合計:7,000PT
<入金>
ナス 売却数:500、単価: 50PT
ニンジン 売却数:500、単価: 50PT
サツマイモ 売却数:500、単価: 100PT
合計: 100,000PT
残高:983,500PT
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たくさんの種から実が採れるので、単価が安くても収入は確実に増える。
V字回復が始まった。
この調子でゲームを進めていけば、すぐにでも元手を超えると思う。どんどん売ると、市場の買い取り価格が下がるかどうかは、もう少しゲームを進めてから調べてみよう。
自然とのふれあいが目的で始めたこのVRゲームも、こういう経営の要素が増えると面白みが出てくる。
なんだか、夢中になってしまいそうだ。
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