18.自分の農地
翌日、学校で一緒の班の三人がいつものように登校して下校時まで学校にいたのだが、そんな当たり前のことに安堵しつつ相手に声をかけられない自分が嘆かわしかった。
夜は、「アール・ドゥ・レペ」で仲間に迷惑をかけることもなくクエストをこなすことが出来た。
「ノアール氏。今日は打って変わって見事なサポート。完全復活ですな」「絶好調っす」「吹っ切れた感じ」「祝」
仲間に声をかけられて嬉しいところに、レベルアップで前々から欲しかったアイテムも手に入れたので、うっかりゲーム内でノアールのキャラが崩壊して、はしゃいでしまうところだった。
RPGを落ちて時計を見ると、午前0時。向こうの世界――メグ美農園は今5時だ。
学校では落ち込んでVRゲームでははしゃいでいるという気分の落差が大きい今日の自分。ヘッドギアを装着し直した私は、少し興奮状態にあったので、深呼吸で心を落ち着かせた。
今から、オークさんとクラウディアさんに会いに行く。
開墾作業はどうなったのだろう。期待に胸を膨らませて農場ゲームの世界にダイブする。
◆◆◆
ゲームを開始すると、私はコテージの中にいた。木の温もりを感じる部屋の真ん中に八人掛けのテーブルが置かれていて、吊り下げられたランプの明るい光が誰もいないテーブルを照らしている。オークさんたちはいなかったが、きっと外にいるのだろうと思って、すぐに近くのドアを開けてみる。
空が夜明けを告げ、少しひんやりした空気が体を包む。
「わぁ! すごーい!」
コテージの前に、一辺の長さがおよそ50メートルの正方形の整地された土地が広がっていた。まだ何も植えていないので一面が土色だったが、綺麗に均された真新しい土地だ。
昨日までは手前にあった木々が邪魔をして空き地が見えていなかったのに、今日は視界を遮るものが何もなくなって、遠くまで木々が後退したかのようだ。
コテージ前方の三辺は柵を巡らし、横木として横向きに打ち付けられた枝が自然のままの姿で独特の味わいを出している。
何より嬉しかったのは、オークさんが私との約束を守ってくれていて、一本の小さめの木とその周辺の雑草を残しておいてくれたことだ。
ゲームに登場するキャラクターが、プレイヤーの希望を聞いてくれている。私はそこにいたく感動した。
早速、コテージから飛び出す。
これから作物を植えていく自分の農地を踏みしめ、両手を広げてクルクルとコマのように回り、スキップしながら柵に沿って出来映えを見て回った。
柵に鼻を近づけると、本当に木の匂いがする。荒削りの柵を撫でると、ザラザラゴツゴツした手触りだ。
ざっと見渡すとオークさんたちがいない。寝ているのだろうか。
でも、起こしにコテージへ戻るよりも簡単な手がある。
「時間を進めよっと」
私は空中に指を回して設定画面を表示させ、さらに4時間進めて午前9時にした。これは現実世界より9時間進めたことになる。
こうすれば、例えば現実世界で22時にインすればこちらの世界では朝の7時になる。
すると、オークさんとクラウディアさんがコテージのドアを開けて外へ出てきて、私に向かって手を振った。私もそれに応えた。
「すごいですね! こんなにキレイに仕上がって!」
「なあに、特別なことは何もしてはおらん。それより、お前さんの希望通り、木と雑草を少し残しておいたからのう」
「ありがとうございます!」
「お前さんの仕事が終わったら、ここを全部耕すから」
「わかりました!」
「それと、向こうの柵に扉があったじゃろう? そろそろ、扉の前に町までの道が出来るはずじゃから。
……おっと、噂をすれば、もう来よった」
オークさんが指さす方向を見ると、柵の右端に人が一人通れるような扉があった。ちょうど、その右側から作業着を着てスコップを持った三匹のチンパンジーがやってきて、扉の向こうに道を作り始めた。三匹が私に向かって手を振っている。私も振り返す。
今はデフォルトの「現実世界と時間の流れが同じ」設定。つまり、あちらの1秒はこちらの1秒。
(自然と触れ合うなら、この設定の方が絶対いいわね。儲けるならクイックモードだけど)
私は、自分の作業が終わるまで、クイックモードではなく初期設定で進めることにした。