15.周囲の木々の伐採
二人を追って草むらに足を踏み入れた私は、改めてその広さを実感した。木々に囲まれたほぼ円形の草むらは、直径が50メートル走の距離によく似ている。円周率をおよそ3と習った人には周囲が150メートルとすぐに計算できると思うが、狭いようで割と広い。
ここにみっちりとイネ科らしい雑草が膝の高さで生えているので、リアルの世界で例えれば、全く手入れをしないで放置された草ぼうぼうの空き地にそっくりだ。
ゲームなのに、この情景描写の懲りようは半端ない。感動で背筋がゾクゾクする。
どうせ、開墾してキレイさっぱり刈り取られるのだから、地面に適当なクローバーのテクスチャマッピングでも施していればいいのに、草のオブジェクトを所狭しと並べるのは、恐るべき執念だ。しゃがんで試しに草を手で触れようとするプレーヤーに、このこだわり抜いた精密描写で驚かそうと考えたに違いない。
しかも、この草は踏めば倒れるけど、足をどければゆっくりと起き上がって元に戻ろうとする。そして何事もなかったようにまっすぐになるかと思いきや、少し倒れた状態で止まった。なんとも芸が細かい。
ポリゴンで出来た草の中にザクッと足を入れると、「ほらみろ、足に草が突き抜けているぜ」なんて笑おうと思ったプレーヤーは、この草の動きに感嘆して声も出ないだろう。
試しに草の頭を撫でてみると、柔らかな質感が手のひらに伝わり、つまんでみると指先に草の感触が残る。鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、青草の匂いがする。
たかが雑草でこのクオリティ。これはゲームの序盤で全部刈り取って捨ててしまう物なのに、一切手を抜かないこだわりぶりは、開発者の飽くなき執念を感じさせる。
リアルな雑草の海を掻き分けていくオークさんとクラウディアさんは、一番奥にある太い木の所へたどり着くと、二人で斜めに斧を振るった。
コーン……コーン……コーン……
朝焼けの空に、斧で木を切る音がこだまする。その音に驚いた小鳥が二羽、鳴き声を残して飛び去った。
VRゲームなのに、ここまで芸が細かいなんて感動が心を満たし、肌が粟立つ。ここで鳥肌ものと言ってはいけないらしい。そういう言い方もあって間違いではないが、本来の使い方ではないと、ラノベ作家を目指している友達が言っていたのを思い出す。でも、肌を見ると鳥肌であることには変わりはないから、別にいいんじゃないかと思う。
二人の動きは規則的で実に単調だが、見ていて不思議と飽きない。
コーン……コーン……コーン……
メキッ――
(あっ、木が傾いた)
亀裂が入った音がメキメキメキッと連続し、枝葉がガサガサとぶつかる音がすると、ズシーンという衝撃音が辺りの空気を震わせ、地面が少し揺れた。
この1本の木を切り始めてから倒れるまで30秒もかかっていない。二人は、直ぐさま隣の木に移って斧を振るう。それを切り倒し、また隣に移って切り倒す。これを繰り返す。
この伐採を見ているうちに、だんだん空が明るくなっていった。最後まで残っていた一等星が消え、木々の間から太陽の頭がヌッと現れた。
澄み切った空気に緑の匂いが混じる。清々しい朝がやってきた。
私は思いっきり背伸びをしながら「うーーーーーん」と息の続く限り声を出す。そして、肺の奥まで息を吸って一気に「はーっ!」と吐くと、身も心も洗われたような気分になった。
現実世界ではまだ夜中のはず。でも、このVRゲームの世界では何の違和感も感じずに朝を迎えていて、体がそれに反応している。
(なんでこのゲームを今の今まで放置していたのだろう)
それは、クマが出たと勘違いして逃げたから。
それさえなければ、リアルの世界でイヤなことがあったとき、ここを心のオアシスとして通い詰めたと思う。
ヘッドギアを通じてこれほど巧みに五感に訴える仕組みはわからないけど、自然の中でスローライフを送りたい人には持って来いのVRゲームだと思う。しかも、VRMMOなので、プレーヤーが行き交うのだ。どんな交流があるのか、とても楽しみである。




