141.失ったものと失われなかったもの
握手を交わしていると、ジャンヌさんがニヤリと薄気味悪い笑いを浮かべた。
私はそれに違和感を覚えて、彼女の心の内を推量した途端、はめられたことに気づいた。
4桁台のランキングにいる話は、高原ホテルで私が恵美さんへ伝えた話。このとき、私はノアールであるとは一言も言っていない。
その話を私に向けられた今、ノアールは「何のことでしょう?」と恍けもしないで「はい」と答えてしまったのだ。
(やられたぁ!)
これで、農園 恵とノアールが結びついてしまった。
手足から血の気が引く。脂汗まで出てきた。
「後でどこかでお会いしましょう」
その言葉を残して、ジャンヌさんが私に背を向けて立ち去った。
行く手を塞ぐ野次馬たちが、彼女のために大きく道を空ける。敗者にねぎらいの言葉をかける者は誰一人としていない。
彼女は、このゲームの世界で名声の絶頂から転落した。失ったものは大きいが、私はそれ以上にいろいろなものを失った気がする。
彼女に背を向けて歩くと、野次馬の中に四人の仲間の姿があった。私は、ばつが悪そうに頭を垂れる。
「みんな。見ての通りだ。本当にすまない」
これが隠し事の謝罪であることは、仲間にもわかってくれたはずだ。
「ノアール氏。顔を上げてくだされ」「見たことがないド派手の魔法、お疲れっす」「剣姫相手によくやるよ」「乙」
仲間の声が胸に突き刺さる私は、顔向けが出来ない。
「昔、噂でしたが、チート能力を使う魔法使いがいると聞いたことがありますが、まさかノアール氏だったとは……」
「今まで隠していてすまなかった」
「ノアール氏。隠す理由もわかりますぞ。今まで相当悩まれたでしょうな」
私は力なく頷いた。
「でも、剣鬼の鼻っ柱をへし折ってくれたのは、爽快でしたぞ」
「言うでない。好きで決闘などやってはおらぬ」
「わかっておりますとも。我らのパーティーに剣鬼の取り巻きどもが近づいてきたので、辛い決断をなさったのでしょうな」
「うむ」
「みなを代表して感謝いたしますぞ」
「その感謝の言葉、痛み入る」
「で、これからどうなさるおつもりで?」
「決まっておる。一緒にクエストだ」
「そうこなくては」
四人の仲間は破顔一笑した。
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