137.チートスキル
ジャンヌさんが男たちと私との中間付近で立ち止まった。
「ノアールさん。わたくしは決闘を申し込みます」
「なぜ?」
「どちらがこのゲームで一番強いかを決めるためです」
野次馬が続々と集まってきた。これからゲームでは珍しい決闘が始まるのだから、見逃すまいと目をこらしてこちらを見ている。
「一番強いとうぬぼれたこともない。ましてや、みんなからもそう言われたこともない。そんな相手に勝ったところで一番になるわけがないではないか?」
「嘘おっしゃい。偽装の魔法で、スキルを低く見せていることくらい知っています。このわたくしの目をごまかせるとでも?」
心臓に痛みが走り、背筋が凍った。
バレている。
昔、孤独を愛して放浪していた時、散々このゲームで何かに取り憑かれたようにスキル上げばかりやっていた。きっと、現実世界の鬱憤を晴らしていたんだと思う。
そんなストレス発散目的でスキルを上げていたら、遥か上にまで到達してしまった。
私の魔法の尋常ではない破壊力を見たプレーヤーたちから「チートだ」「何かパラメータを操作している」と疑いの目を向けられたので、会得したばかりの偽装の魔法で、相手から見て私のスキルが半分の値に見えるようにしたのだ。
その後、パーティーに所属した後、半分のスキルに見せるように手抜きで魔法を繰り出していた。
それがいやで、本当はゼロからやり直したかった。でも、スキルはリセット出来ない。
手抜きだったことは仲間には大変申し訳ないが、ゲームがつまらなくなるほどのチート的スキルはチームプレイには不要である。
多くのプレーヤーは、日常の仕事や勉学の疲れを癒やすために、ストレスをゲームで発散させる。頑張ってやっとドラゴンを倒せて目的が達せられれば清々しい気分になって疲れもストレスも消し飛んでしまうと思う。
それが小手先の芸みたいな魔法でドラゴンが吹き飛んだら、見ている方が馬鹿馬鹿しくなる。やっている方も、そこまでになったら、もう上がないので面白くもないのだ。
そんな私が封印したチートスキルを、ジャンヌさんは引きずりだそうとしている。
私は、ジャンヌさんに『ですます調』の言葉を使うようにした。相手が恵美さんであることは知っているし、後々ノアールの正体が私だとバレたとき、「ゲームの中ではずいぶんな口の利き方ね」と言われるのもイヤだからだ。
「決闘は無益で馬鹿馬鹿しい行為です。やめましょう」
ですます調に切り替えたからか、ジャンヌさんがちょっと吹き出した。
「逃がしはしませんよ」
ジャンヌさんは、どこからか手袋を取り出して貴族のように私の胸に投げつけた。足下に落ちる手袋を一瞥した私は、ジャンヌさんを睨む。
「お互い、失うものは大きいですよ」
「構いません」
「条件は?」
「そちらが決めてくださって結構です」
「では――」
私は手袋を拾った。決闘を受諾したのだ。
「私が勝ったら、あなたはこのゲームのアカウントを削除してもらいます」
ジャンヌさんが明らかに動揺した。
「そして、私が負けたら、私のアカウントを削除します」
広場にいた野次馬が一斉にどよめいた。