135.決闘を申し込まれた
その日の夜、明日木曜日の登校が楽しみで眠れない私は、ベッドの上でぬいぐるみを抱いて体を左右にゴロリゴロリとローリングさせていると、ふと何かをし忘れているような気がして、体を仰向けの状態でピタリと停止させた。
ボーッと天井の一点を見つめて頭の中のTODOリストをめくってみるが、忘れているものが何かを思い出せない。
(宿題はやった。メールは返事した。退院のお祝いの準備? 花束? いや、荷物になるから松葉杖の人には渡さない方がいい。……何だろう?)
頭を掻いたら、生え際の傷が痛かっただけで、何も思い出せない。
(メグ美農園に何か用事があったのかしら? ……メグ美? めぐみ? ん?)
脳裏に一閃が走る。
「ああああああああああっ!」
めぐみから恵美さんの名前が浮かんで思い出した。
すっかり「アール・ドゥ・レペ」にインするのを忘れていた。
時計を見ると22時。だいたいこの時間に仲間が揃っているので、そばにあった流線型のヘッドギアを素速く装着して、ゲームにダイブした。
◆◆◆
(いやー、なんて言おう……)
石畳の道を歩きながら、早くも言い訳を考える。周囲のレンガ造りの街並みを見ているようで見ていない、上の空の状態だ。
長期出張とか適当なことを言うしかないが、社会人の出張の常識がわからないので、それで通るのかは自信が全くない。
戻って来たときの待ち合わせ場所を決めていなかったので、指で画面を表示してから通信コマンドで仲間に『帰還した』と連絡を取る。
すると、さっそく三人四人の喜ぶ返事が次々と返ってきた。
『いつもの酒場で落ち合いたい』
私がそう入力して送信すると、物騒な返事が届いた。
『ノアール氏。決闘を挑まれているので、人目に付かないところへ隠れた方がいいですぞ』
直ぐさま辺りを見渡すと、広場を行き交う人々の視線を妙に感じる。
画面を消してフードを被り、そそくさと広場を去って人気のない路地裏に身を隠した。
冷たいレンガの壁にもたれて、画面を再表示する。そして、薄々、誰からの申し込みかは予想がついているが、一応尋ねてみる。
『誰から?』
『よりによって、イヤな相手に睨まれましたな』
『上位三傑の一人か』
『おや? もうすでに目星が?』
『粗方な。ずばり、ジャンヌだろう?』
『ご明察』
決闘は、相手を見つけてその場で申し込む。
おそらく、ジャンヌ――いや、恵美さんだと知っているからジャンヌさんか――のファンたちが協力して私を捜しだし、ジャンヌさんの所へ引っ張っていくに違いない。
恵美さんが決闘を急いだ本当の理由はわからないが、まさかと思うけど、私をノアールと疑って、早く正体を見破りたいから急いだのか。
面倒なことに巻き込まれたので、しばらくこのゲームから離れるべきか決断が付かないでいると、新たな連絡が来た。
『今さっき、一緒にいるはずのノアールが来ているかと訊かれましたぞ』
ついに、所属しているパーティーにまで目を付けられたようだ。
仲間に迷惑をかけたくない。
『わかった。受けて立つ』
『無理はなさらぬよう』
『心配するな』
私は画面を消して、広場に戻った。