122.勇気が出ない
自分がノアールであると言わないで正解だった。
ゲームの中の決闘で負けたら、江戸の敵を長崎で討つとばかり、筋違いな理由を付けて現実の争いごとに持ち込むほど危ない恵美さんとは思えないが、万一やられたらどうしようという不安が拭えない。
私に背を向けて立ち去った恵美さんに回れ右をして背を向けると、右耳に英さんの声が飛び込んだ。
「あっ、いたいた」
声の方へ振り向くと、急に右横から英さんの手が伸びて、ポンと肩を叩かれた。彼女の両肩の後ろに右が美さんと左が椎さんという具合に立っている。
私は息を飲んで跳び上がった。三人とも私の驚き方がよほどおかしかったのか、失笑する。
「なに、幽霊でも見たって顔して」
「ご、ご、ごめんなさい」
「顔が青いけど、なんかあった?」
「いや、別に……」
もちろん、嘘です。「ぶちのめす」なんて言われて、平常心を保てる人は皆無のはず。
「今朝から、ってか昨日の寝るときからおかしいよなぁ。心配事があるなら、相談してくれよ。……あっ、ゲームの中なら相談できるか」
三人が一斉にニコッと笑った。私はその笑顔で卒倒しそうになった。
(これはもう、メグ美農園のオーナーは私って白状しよう。その方が気が楽になる)
恵美さんがゲームの中で使っている名前を告白したように、「私はメグ美です」と伝える方がいい。同じゲームをプレイする仲間なら、より関係を深めるためにもいい。
だが、弱気の自分が『それはやめたほうがいい』と首筋を引っ張るので、言葉が出なかった。
「さ、もうそろそろ体育館へ行こう」
英さんが私の背中を押した。揺れる心が、さらに揺れる。どこで勇気を忘れてしまったのだろう。
うつむく私は、彼女に背中を押されながら考え直した。
いつかは言うことになるだろうけど、今はまだ時期が早いと。
なぜなら、三人と仲良くなったのは、つい昨日から。
リアルでもゲームの中でも、もう少し信頼関係を築き上げたい。些細なことでそれを壊したくない。
三人だってリアルの自分の名前を言っていないのだから、私だって言わなくていい。
いつかお互いが名乗りあえる頃まで待ってもいいではないかと。
(そうだ。その時はオフ会を企画しよう。オフ会で互いの姿がわかって、『なーんだ』ってみんなで笑うことが出来るかも知れないし)
私はそう決心したのだった。