121.憧れだった女魔法使いノアール
「あなたは持ってきてないの?」
そんな発想は、端からなかった。林間学校のしおりに「ゲーム機など活動の妨げになる物は持ってこないこと」と明記されているからだ。
椎さんがキャンプファイアの歌合戦でヘッドホンを首に掛けて歌っていたのは、今思えば大胆な行動だが、活動の妨げが「持ってきたけど使わない」ならギリギリセーフか。でも、彼女が活動をしていない部屋の中で音漏れするほど鳴らしていたのは、アウトか微妙である。
「本当に持ってきていないの? 先生じゃないから、こっそり教えてくれてもいわよ」
「持ってきていません」
「ゲーム愛、ちょっぴり足りないかな?」
いや、全然必要ないです、そこまでの愛は。
ゲームにのめり込むと、ここまで行ってしまうのか。上位三傑のプライドとか仲間に対する責任感が後押しするからか。
彼女のパーティーの「シャ・エラン」は、おそらく忙しい社会人はいない。勤務の休憩中にリフレッシュコーナーでヘッドギアを被っていたら、誰だって引いてしまうだろう。
学生だって、学校では出来ないから――まさか、部室に隠れてヘッドギアを被ってこっそりプレイしていないだろうから――これだけの時間とエネルギーを使うのは、私には想像が付かない。
やはり、彼女とは距離を置いた方が良い。スキルアップして誘われたら、他にやりたいことが出来なくなる。
――農場ゲームとかも。
私は、実に久しぶりに、オークさんとクラウディアさんの姿を思い浮かべた。コニーリアさん、元気かな。カプラさん、振り回されていないかな。
「あっ、そろそろ行かないと」
ボーッとメグ美農園のことを思い出していたら、恵美さんの方から話を切り上げにかかった。これにはホッとしたので、ここで挨拶を交わしたら、以後は近づいてきても避けるようにしようと考えていると、彼女が言い忘れたことを思い出した。
「そうそう。あのゲームで女魔法使いノアールを知らない?」
その問いかけに、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「ん? なんか知ってそうな顔をしているけど」
います、目の前に……。
でも、彼女がジャンヌ・ド・ポワティエであることを認めた代わりに差し出す情報としては、今は危険すぎる。
(知ってどうするのだろう??)
顎も膝までも震えてくるが、ここは踏ん張って耐える。
「名前なら聞いたことがあります」
「その程度かぁ……。まだソロで活動しているっていう噂、聞かないし、どこのフィールドにいるんだろう?」
彼女の活動範囲がわからないのでなんとも言えないが、おそらく、上位三傑がとっくの昔に卒業したイージーモードのフィールドなので会うことはないのだと推測される。
「お知り合いなのですか?」
「いや、始めたばかりの時、憧れていたの。あんな尖った生き方に」
「…………」
「見ていて格好良くて、ド派手な魔法を繰り出して。あんな風になりたいなぁと。でも、職業が剣士だったから諦めて、パーティーに誘われたから独り立ちするまでの練習と思って参加して」
「もし……もしノアールを見かけたらどうします?」
「見かけたら? それはもう――」
恵美さんが獲物を見つけた獣のような目をした。
「決闘を挑んで、ぶちのめすまで闘うわ。どちらがゲームの中で強いか、知らしめるために」