12.VRの大自然に誘われて
プレイ中に、ノアールの魔法による支援がワンテンポ遅れて、仲間が魔物の攻撃をまともに食らうことが何度かあった。
失策を挽回するため、脳裏に浮かんで足を引っ張る三人の顔を忘れようと努めるも、顔が大写しになるので怒りに任せてがむしゃらに魔法を繰り出す。冷静沈着なノアールらしからぬ振る舞いに、さすがの仲間たちも眉根を寄せて私の方へ振り返った。
「ノアール氏。今日は腹の虫が治まらないって感じですな」「お仲間と喧嘩したっすか?」「マジで熱いけど」「怖」
みんなの痛い視線を全身に浴びて、いたたまれない気持ちになる。
「悪いけど、ちょっと体調不良で落ちる」
ちょうどクエストもなんとか完了したタイミングだったので、私は肩の高さまで手を上げて、彼らの見送りの言葉も確認せずにゲームを抜け出た。
◆◆◆
ヘッドギアを外して現実世界に戻り、天井の一点を見つめながら、自分の規則的だが時々深くなる呼吸音に耳を傾ける。そうして、一つは自分で決めるべきこと、もう一つは自分で決められないことに思い悩む。
ふと目だけ動かして時計を見る。もう30分も仰向けになったままだ。どうりで体が痛いわけだ。
原因は、決められない自分。いや、決めようとしない自分だ。
焦りから緊張しているのか、手足がこわばっている。なので、力を抜いてみる。手足をダランとしてみる。深呼吸を繰り返してみる。
と、その時――、
「……また、あの自然に触れたい」
頭をもたげては押さえ込んできた心の願いの一つがポッと浮き上がり、言葉となって唇から漏れた。
「そうよ。自分に素直になればいいじゃない。あのスーパーリアルな大自然に囲まれるだけでも価値があるわよ」
私はヘッドギアを被り直した。
◆◆◆
農場経営ゲームが開始されると、クラウディアさんの言葉通り、コテージの前に立っていた。
空を仰ぎ見ると、前回と同じく星が瞬く夜だった。これは、現実の時刻通り。ということは、現実世界の時刻とここの世界の時刻とは、リンクしているようだ。
VRゲームとは思えないリアルな自然に心を奪われ、息を飲む。
と、その時、ギーッと音がしたので正面を見ると、コテージのドアが開かれてオークさんとクラウディアさんが、口元が少し微笑んだ表情で姿を現した。
私がここに現れるのをずっと心待ちにしてくれたみたいに思えたので、「すみません」と声をかけようとしたところ、クラウディアさんが両手を広げた。
「まあまあ。『後でまた来ます』って言ってくれたでしょう? だから、来てくれるのを楽しみに首を長くして待っていたのよ。ホント、嬉しいわ」
「今度こそ決心が付いたかのう?」
目を細めて口元がほころぶ二人が、優しく言葉をかけてくれる。
とても、これらがシナリオに書かれた固定の会話文とは思えない。過去のオーナーとのやりとりを記憶して、それと今の状況とを組み合わせて言葉を換えてきているようだ。もしかして、私の会話の癖も分析し記録して参考にしているのではないだろうか。
スマホに問いかけて答えを引き出す会話型アシスタント機能とは桁違いの動きに、感動すら覚えた。