116.何を話していたかを探る
誰かの歩く音が聞こえてきたので、顔をソッと出して廊下の向こうを見ると、恵美さんが急ぎ足でこちらに向かってやって来る。一方、英さんたち三人は彼女に背を向けて反対側に歩いて行き、突き当たりを左に曲がろうとしているところだった。
(あれ? 向こうに行ったんじゃないの? なんでこっちに来るのかしら?)
私は急いで顔を引っ込めて立ち上がったが、この場から逃げるか、彼女と話すチャンスはそうそうはないので何を話していたのかを今聞き出すかで迷いが生じた。
(どうしよう、どうしよう!)
決断出来ず、体が動かない。心臓が早鐘のように鳴り、胸が痛くなる。
でも、いきなり初対面の人に「何を話していたのですか?」とは訊けない。ましてや、「農場経営Tファーム物語をプレイしていることを聞かれましたか?」なんてストレートに切り出すのも、どうかと思う。
(やっぱり、やめよう)
そう決断したとき、足音が迫り、服がすれる音がしてきた。その音から背を向けて一歩踏み出した瞬間――、
「そこに隠れているのは誰?」
アルトの声が私の首筋をつかんだ。
足音は聞こえない。すぐ近くで立ち止まっているのだろう。
「出てきなさい。さっきから覗いているの、見えてたわよ」
忍び足で立ち去ろうとしたが、向こうの角に姿を隠すまで距離がありすぎる。もっと早くここからの離脱を決断すべきだった。だが、もう遅い。
存在を気づかれた私は、観念してうつむきながら彼女の前に姿を見せた。
「顔を上げて」
おどおどしながら顔を上げる。
「…………ああ、誰かと思えば、農園さん」
少し間を置いて放たれた彼女の言葉の矢に、私の破裂しそうな心臓は射貫かれ、後ろ向きに倒れるのを踏ん張って堪えた。
「…………」
「無視しようかと思って向こうへ行ったけど、どうしても気になるから来てみれば、あなただったとは」
「私の……名前を……ご存じなのですか?」
冷たい表情を保つ彼女は、申し訳程度の笑みを浮かべる。
「それはもう、学年一、友達が多いって有名ですから」
その「学年一」の言葉に相手の羨望を感じた。
「で、あなたは何の用?」
(あなたは? ……ああ、英さんたちが質問したからか)
頭の中で問いかけの言葉の候補が浮かんでは消える。そんな私を見て、彼女の微笑は消え去った。
それが怖くて、何か言わなくてはとの強迫観念から、心頭をかすめて一閃した言葉を吟味せずに口にした。
「VRゲームって……お好きですか?」
「VRゲーム? めちゃめちゃやるけど、それが何か?」